鹿野さんと触れ合えるのは……
くっ!国語力が欲しい!
「そんじゃお姉。先行ってるから」
「ええ。いってらっしゃい。これ片付けたら、私もすぐに追い付くわ」
「え。死ぬの?」
いきなり死亡フラグを建てて来るんじゃないよ…。
何やら今日のお姉はテンションが高い。俺の体調が治ったことが相当嬉しかったらしい。今も皿洗いしながら鼻歌を歌っている。
お姉が急に抱き付こうとして来た時は恐怖を覚えたが…。
「行ってきまーす……え?」
誰に言うでもなく言って外に出ると、家の前に鹿野さんがいた。
「お、おはよう…。どうした鹿野さん?」
思わぬ人物がいて少し動揺してしまったが、なんとか平静を装いながら挨拶する。
「お、おおおはよう!桐ヶ谷君!今日も良い天気だね!え、ええっとね。こんなに良い天気だし、どうせなら桐ヶ谷君と一緒に学校に行きたいなーって、思ってね…」
顔を赤くしながら早口にそう捲し立てる。
昨日の今日で、鹿野さんも少し恥ずかしさが残ってるようだ。
「そう。いつもながら、急だな」
「えっと……ダメ、かな?」
少し落ち込んだ様子を見せながら、上目遣いで見て来る。いつもなら問答無用で「いいじゃん!どうせ学校で会うんだし」と言って俺を無理矢理引っ張って行くと思うのだが、今日はやけにしおらしいな?
「いや、ダメってことは無い。一緒に行こうか」
俺がそう言うと、先ほどのしおらしさが消えて、鹿野さんはパァっといつもの眩しい笑顔に戻った。いや、いつもより眩しいかも…。サングラス買うか?
「うん!えへへ~」
「なに気持ち悪い笑みを浮かべてんだよ。ほら行くぞ」
「ひどっ!?ぶー!昨日の桐ヶ谷君は可愛かったのに、なんだか今日は全然可愛くない…」
一緒になって歩き始めた鹿野さんが、頬を膨らませて昨日のことを持ち出す。
「昨日のことは忘れろ。俺はもう二度とあんな醜態は晒さんぞ」
「えー。これからはもっと甘えてくれるんじゃなかったのー?」
「甘えるなんて言ってねぇよ」
「ぶーーーー。私は甘えられる準備は出来てるのにー…」
さらに頬を膨らませる鹿野さん。なぜ俺に甘えられたいのかわからないが、アイドルなんだからそこは自嘲して欲しい。
それに甘えるとか恥ずかしいわ。これでも思春期なんだから察してくれ。
と、鹿野さんはハッと何か思い付いた様子を見せる。嫌な予感しかしない…。
「ねぇねぇ、桐ヶ谷君?だったら、私が君に甘えても良いかな?」
「は?なんで?」
「だって、桐ヶ谷君甘えてくれないんだもん。だったら、私が甘えるしかなくない?」
「ごめん。そのとんでも理論に全く賛同出来ないんだけど…」
「良いじゃ~ん。私に触れられるのは嫌いじゃないって言ってたしー」
嫌な顔をしながら言う俺に、鹿野さんは俺の腕に抱き付きながら反論してくる。
確かに嫌じゃないけど、限度というものがある。俺だって男だ。それなりにある胸をこうも押し付けられたら、多少なりとも意識してしまう。
「離れろ。こんな状況を誰かに見られたら、アイドル活動に支障が出るぞ」
「大丈夫だって。今だけだから。ね?」
「ダメだ。俺のせいで鹿野さんの人生が滅茶苦茶になるのはごめんだ」
ぺいっと鹿野さんの腕を振りほどく。鹿野さんは不満そうに顔をして、俺の肩を叩いて来る。地味に痛い…。
だけどすぐに、今度は俺の背中に抱き付いて、腕を俺の身体に巻き付けて来る。……もう抵抗するのも疲れるから、諦めて放っておこうかな…。凄い歩き辛いけど。
……………なんか、結局は鹿野さんに流されて終わってるな~…。俺。
「えへへ~。桐ヶ谷君の背中、あったか~い」
「俺は暑い…。まだ本番じゃないけど、もう十分夏の陽気だぞ?暑くないの?」
「うん。私、体温低いからね。丁度いいくらい」
「ふーん」
「それに……」
鹿野さんは俺を抱きしめる力を強めながら言う。
「私。桐ヶ谷君にしか、こんなことしないよ?」
「……さいですか…」
鹿野さんの言葉に、少し間を置いて答えた。
「あ。今ドキッとしたでしょう?」
「……してない…」
「噓。だって、さっきから凄い心臓の音がうるさいよ?」
「……………ほっとけ…」
図星だった。こんなに胸を押し付けられるようなことされて、それを俺にしかしないと言われれば、そりゃ意識するっての。
特段大きくないが、しっかりとした弾力があるんだから、勘弁してほしい…。
それに昨日の今日だ。この胸に俺は抱き付いたまま眠ってしまったと思うと、恥ずかしくて仕方がない。
「うふふ。桐ヶ谷く~ん」
「なに?」
「呼んだだけー。スリスリィ…」
「?」
鹿野さんは俺がもう抵抗しないというのがわかると、それからずっと上機嫌のままであった。
俺の背中に頬をスリスリさせているのは、宣言通り甘えているのだろう。
「えへへ。桐ヶ谷君、桐ヶ谷君」
「……また呼んだだけ?」
「ううん。あのね、さっきはありがとね」
「何の話?」
「腕に抱き付いた時、私のアイドル人生を心配してくれたでしょ?すっごく嬉しかった!」
「さいですか」
「うん!スリスリィ…」
鹿野さんのお礼に素っ気なく返すが、鹿野さんはより強く抱きしめて来て、頬をスリスリさせて来た。
結局、鹿野さんは人通りがある場所までくっ付いたままだった。
本音を言うと人がいなくても自嘲して欲しいけど、鹿野さんとこうやって触れ合えるのは……俺も嬉しかった。
本人には気恥ずかしくて言えないけど…。
まだまだ甘くさせます。
感想でも言われてもますが、鹿野さんのファンからいつ刺されるかわかったもんじゃない。
誠はそこまで自覚してないようですが。
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