甘えて良いんだよ3
俺は噓告の件を、包み隠さず鹿野さんに全て話した。
鹿野さんはずっと俺の手を握ってくれていて、静かに俺の言葉に耳を傾けてくれていた。噓告の件を思い出して語るのは、正直辛かった。
だけど、ある程度の事情を知った鹿野さんには、聞いて欲しかった。
なぜそう思ったのかはわからない。
ただ聞いて欲しいだけかもしれない。弱音を吐きたかっただけかもしれない。
こんな聞かされても困るようなこと、本来は話すべきではない。普段の俺なら、絶対に話さなかっただろう。
俺を慰めて欲しいって、言ってるようなものだから。
「―――――――それからは、恋愛に対して凄く悲観的になってな。俺のことを好きになる女子なんていないって思うようになった。どんなに励まされても、それを否定し続けるようになった」
全て話し終えて、鹿野さんを見る。彼女は顔を俯けたまま、微動だにしない。
やはり困らせてしまったか…。そうだよな。こんな話聞かされたところで、鹿野さんにはどうすることも出来ない。
鹿野さんだって、慰めることはただの同情にしかならないことをわかっているのだろう。だから無責任に、大丈夫だと言うことも出来ない。
「……ごめん。こんな話されて、困ったよな?別に慰めて欲しい訳じゃないんだ。ただ、事情を知って心配してくれる鹿野さんには、話しておきたかったんだ。話したら幾分か楽になったよ。ありがとう。日も沈んで来たし、暗くなる前に帰りなよ」
そう言って手を離そうとすると、俺の手を握る鹿野さんの力が強くなった。
そのまま彼女は、静かに、優しく俺を抱き寄せた。
急なことに抵抗することも出来ず、俺は彼女の胸に抱き寄せられた。
突然襲われた、決して小さくない柔らかい感触に戸惑いを覚えて、鹿野さんを見上げる。
鹿野さんは、泣いていた。だけどそこには、心配や同情などといった感情は含まれていなかった。
どちらかというと……それは“悔しい”という感情に染められているように見えた。
「ごめんね…」
鹿野さんが抱きしめている俺の頭に、ぎゅっと力を込めながら謝る。
なぜ鹿野さんが謝る?なぜ鹿野さんが悔しがる?なぜ鹿野さんが泣いている?
俺には鹿野さんの行動が、全く理解出来なかった。
「ごめんね、桐ヶ谷君…。私がして来たこと、全部嫌だったよね?」
「えっ?」
「桐ヶ谷君と友達になりたいからって、距離感を見誤って近付き過ぎて…。私の行動は全部、桐ヶ谷君に酷いことした女の子と、ほとんど一緒だったよね…?」
彼女の涙が、俺の頬に落ちて来る。
違う。鹿野さんは今、怒っているんだ。今まで無神経に近付き過ぎた、自分自身の行動に。
確かに彼女が俺と仲良くしようとして取った行動は、俺に噓告して来た女子と同じ物だった。
ずっと俺に優しい笑顔を振りまき、物理的距離感が近く、次第に俺を色々な意味で落としていった、あいつと…。
鹿野さんが謝っているのは、あいつと同じことをしてしまって、俺に本当に嫌な思いをさせて傷付けたと思ったからだった。
「ごめんね……本当にごめんね、桐ヶ谷君…。私まで桐ヶ谷君に辛い思いをさせて…」
……ああ…。彼女は本当に、俺のことを想ってくれているんだな…。
俺の為に怒って、俺の為に泣いてくれて……なんだかそれが、無性に嬉しかった。
「……………違うよ…」
だけど俺は、そんな鹿野さんの泣き顔なんて見たくなかった。
「俺は鹿野さんに近付かれても、嫌じゃないよ…」
「ぐすっ……そう、なの?」
「ああ。そりゃ、最初は戸惑ったし、ウザいとは思ってたけど……今こうして、鹿野さんに触れられるのは、嫌じゃない…」
俺は力を抜いて、鹿野さんに身体を預ける。
「むしろなんか……凄く、安心する…。たぶん弱ってるからだろうけど」
「桐ヶ谷君…」
「ごめん…。気持ち悪いよな?女の子の胸に抱かれて、こんなこと言うの」
俺の言葉に、鹿野さんは首を横に振り、優しく微笑んで否定する。
「全然気持ち悪くなんてないよ?桐ヶ谷君に甘えてもらえてるみたいで、凄く嬉しい」
「……甘える…」
その言葉を聞いて、いつかお姉が言っていた言葉を思い出す。
『好きな人が出来たら、こんな風に甘えられると良いわね?』
そして改めて、鹿野さんの顔を見る。
好きな人、かどうかはわからない。でも、少なくとも今は、彼女に甘えたいと思った。
たぶん後で後悔するだろう。体調が治ったら、顔を抑えて身悶えると思う。自己嫌悪に陥ると思う。
付き合ってもない女の子に対して甘えたことを、全力で後悔する。
それに、そんなことをして彼女に嫌われるのが……怖かった。
「……良いのかな?俺なんかが甘えても?」
だから聞いてしまう。後戻り出来ない気がして、保険をかけるように。
「うん……桐ヶ谷君は、もっと人に甘えて良いんだよ?」
そう言って、俺の頭を撫でてくれる鹿野さん。
それがとても気持ち良くて、さっきまであった怖いという感情が薄れていくのがわかった。
ああ……彼女は本当に――――――
「だって、凄く辛い目にあったのに、ここまで頑張って来たんだもん。辛い時に甘えたって、罰は当たらないよ?だから今は、遠慮なんてしないで――――私に甘えて」
囁くようにして言われた最後の言葉で、俺の中で何かが切れた音がした。
その後一瞬、彼女の息遣いも、俺の頭を撫でる音も、全て消えた気がした。
そして、また音が聞こえ始めた頃には、俺の頬に涙が流れていた。
「俺さ……たぶん初恋だったんだよ…」
「……うん…」
気付けば俺は、家族にすら漏らさなかった想いを吐いていた。
顔をくしゃりと歪め、涙声で掠れさせながら。
「あんなに優しく接してもらえたの、初めてでさぁ…。俺がどれだけ邪険に扱っても、ずっと笑顔で話しかけてくるしさぁ……」
「うん」
「そんなの三ヶ月も続けられたら、勘違いして当然じゃんかよぉ…。だから告白された時、めっちゃ嬉しかったんだ…!俺のことを一途に、こんなにも好きでいてくれる女の子なら、俺も好きになれるって思ったんだ…!楽しく過ごせるって思えたんだ…!なのに……」
俺はだんだん声を荒げていき、鹿野さんの背中に手を回して、強く抱きしめながら言った。
「なんで噓だったんだよーっ!」
子どものように泣きじゃくる俺に、鹿野さんはぎゅうっと、さらに強く抱きしめてくれる。
苦しくならないように、俺を強く想うように…。
「……頑張ったね、桐ヶ谷君…。これからはもっと……甘えて良いからね…」
彼女もまた、涙を流しながらそう言った。
鹿野さんとの仲良し度:50%→70%
甘えたい時に甘えられる仲。何の意味もなく、ただ触れ合いたい時に「甘えて」と誘惑してくることもある。
シリアス終了。新章はまだ続きますが、もう入れない予定です。
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ブラックコーヒーの用意しといてください。(ボソッ




