甘えて良いんだよ1
この作品には胸糞は無いと言ったな?あれは噓だ。
いや、本当にすみません…。でもその分、シリアスが終わったら糖分過多になるような話にしますので!
夢を見た。ベッドに座ったまま電気も点けずに、真っ暗な部屋に閉じこもっている夢。それには身に覚えがあった。
確かこれは……そう。中三の頃に、一度不登校になった時の夢だ。
別に自分から不登校になった訳ではない。むしろ季節は秋でゴリゴリの受験生なんだから、ちゃんと学校に通って職員室で仕事中の先生に、問答無用で勉強を教えてもらいに行きたいくらいだった。
学校に行くことを止めたのは家族だ。
父さんは見るからに激怒して学校と掛け合い、母さんは仕事を休んで付きっ切りで俺を看病?いやあれは介護だな…。トイレ行く時もずっと傍にいたし。
姉さんも学校が終わると、毎回息を切らしながら家に帰って来ていた。俺の目を真っ直ぐ見つめて、「大丈夫。私が保証する。ちゃんと誠を見てくれる女の子はいるわよ」と。何度も励ますように声をかけて来ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
なぜそんなことになったのか。それは俺が受けた噓告白が原因だった。
ただの噓告白ではない。俺に告白してきた女子は、告白する前にしつこいくらいアプローチをして来たのだ。
始まりは六月の中頃。特に接点も無かった俺に急に話しかけて、ずっと笑いかけて来る女子は、クラスのマドンナ的存在だった。
話しかけて来るだけでなく、急に胸を押し付けるように抱き付いて来たり、顔を近付けて来たりと、色々なアプローチを仕掛けて来る。
果てには隆二や総司と一緒に、家に遊びに来ることもあった。
小さい頃から他人に興味が無かった俺からすれば、ウザい以外の何物でもなかった。
隆二や総司、父さんたち家族三人も、微笑ましそうに見ているのにも少しイラッとしたのを覚えてる。
それが三ヶ月も続いた。
人というのは様々な環境に、比較的慣れやすい生き物だ。例に漏れず、俺はクラスのマドンナからのアプローチに慣れて、いつの間にか「俺のことが好きな女友達」として見ていた。
隆二と総司も同じ認識だった。口には出していなかったが、俺がいつ絆されてマドンナと付き合うか楽しみにしていたと思う。
それに俺だって一人の人間だし、何より男だ。三ヶ月もアプローチされれば、多少なりとも彼女を意識する。
もし告白されたら、頷いてしまうくらいには。
そしてその日がやって来た。夕焼けが差し込む放課後の教室で、彼女は遂に告白して来たのだ。
「桐ヶ谷君……私、貴方のことが好きなの…。付き合って、くれませんか?」
頬を赤く染め、告白する彼女を可愛いと思った。正直、彼女のことが好きなのかよくわからなかった。
ただ、一緒にいて楽しいと感じることはあった。彼女のことなら、好きになれると思った。
だから、俺は……
「いいよ。好きとかそういうの、よくわからないけど……君となら、上手くやっていけると思う」
正直に好きになれると言うのは気恥ずかしかった為、少しぼかして言う。
すると彼女は、急に笑い出した。
「はは……あっはははははははっ!ひぃ、ダメ!もうダメ!これ以上は堪えられないわ!」
「え?」
明らかに様子が可笑しかった。本来なら、OKをもらえたことに喜ぶ場面のはずだ。
なぜこんなに笑っているのか困惑していると、教室に何人かのクラスメイトが入って来た。
「あちゃー!ダメだったかー。私、てっきりもう好きになってるもんだと思ってたわ」
「まぁ十分だろ?告白をOKした時点で、少なからず勘違いしてくれてたってことだろ?」
「確かにそうだな。このスカした陰キャ野郎をここまで落とすのは、相当苦労したんじゃないか?」
意味のわからないことを言ってる男子に対して、笑いが収まって来た彼女が答える。
「ははは……ふぅ…。そうね。ほんっとーーーーーーーーーーに、苦労させられたわ。いくらアプローチ仕掛けても、『ウザい』とか『うるさい』とか嫌な顔して言うんだから。何度も心が折れかけたけど、まぁここまでやれたんだし、成功で良いわよね?」
「もちろん。バッチリよ!」
楽しそうに話す彼ら彼女らに対して、俺は一体何が起きてるのか状況が全く掴めずにいた。
「……おい。一体、何の話をしてるんだ?勘違いって?成功ってなんだよ!?」
声を荒げる俺に、彼女は今までとは違って、見下すようにして視線を送る。
「まだわかんないの?これはね、噓告よ」
「うそ……こく…?」
「そう。噓告白。要は遊びよ。私があんたを落とすっていう、あ・そ・び♪きゃ!言っちゃった」
あまりの彼女の豹変ぶりに、言葉を失った。ただ、混乱している頭でも、一つだけ理解出来たことはあった。
―――――――彼女は最初から、俺のことなんか好きでも何でもなかったということだ。
ほぼ放心状態の俺に、彼女は続けた。
「そもそもー?あんたのことなんて、今まで気にも留めてなかったというかー?まぁ、正直陰キャと一緒にいるのは苦痛だったわねぇ。何しても無愛想に返されて、つまんなかったし。そんな奴をクラスのマドンナって呼ばれてる私が好きになる訳ないじゃん」
彼女の言葉が、容赦なく俺に突き刺さる。
俺は言葉を発することも出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
「ていうか、もっと言うとさ―――――――」
もうほぼ限界状態だった俺に、彼女は不敵な笑みを浮かべながらとどめを刺した。
「―――――――あんたみたいな陰キャ野郎を好きになる女子なんて、いる訳ないじゃん」
その言葉は、今までで一番、俺の心に鋭利な刃物となって突き立てられた。
そこにさらに死体撃ちするようにして、クラスメイトたちが追撃してくる。
「せーろーん。君みたいにつまんな過ぎる男子を好きになる女の子はー……ほら。何だっけ?二次元、だっけ?その世界の女の子でもないと、この世にいないだろうしー?」
「アニメキャラに愛されるかすら怪しいけどな。たまに意味のわからない方言を使ってて、気持ち悪かったし」
「確かに!」
「「「あははははははっ!」」」
そこからの記憶は曖昧だ。最後の笑い声を最後に、自分から教室を後にしたかもしれないし、陽キャ連中から追い出されたのかもしれない。
気付けば俺は、家の前にいた。
「……………俺、いつの間に帰ってたんだ?」
妙に冷静になった頭で考えるが、よくわからなかった。
どうでもいいか、そんなこと…。今はただ、部屋でゆっくりしたい気分だ…。
「ただいまー」
「おかえ…り……」
努めて平静を保ち、家に入る。
いつもより帰りが遅かった俺を心配していたのか、お姉が出迎えてくれる。だが、お姉の様子が変だ。
無表情のお姉が、目を見開いて俺を見ていた。
「誠!どうしたの!?顔色悪いわよ!」
「は?いつもこんなもんだろ?」
「そんな訳ないじゃない。声も元気ないし、それにまるで死んだ魚のような目をしているわよ?」
「いやいや。別になんも無いって」
とそこで、インターホンが鳴る。
扉を開けると、息を切らした隆二と総司がいた。
「誠!大丈夫か!?」
「ぜぇ……ひゅー……は、早まって、ないでござるか…?」
「なんのことか知らんけど、お前が一番早まりそうだぞ?」
「とりあえず二人共、上がって。水を出すわ」
リビングで話を聞くと、二人が急いでうちまで来た理由は、先程の噓告白の件だった。
教室に残って俺を嘲笑っていた連中をたまたま見かけて、問い詰めたらしい。
そのことはもちろん、お姉だけでなく仕事から帰って来た父さんと母さんにも話された。
――――――――――――――――――――――――――――――
そこから今見てる夢のような流れになった。
俺が何度も大丈夫と言っても聞いてくれず、過保護に俺を家から出してくれない。母さん曰く……
「今の誠を外に出したら、どこかに消えてしまいそう」
そう言われても納得は出来なかったが、人から見た当時の俺は相当やばかったらしい。
まぁ、人とは思えない程に青白い顔色と、まるで生きてる意味を見失ったかのように死んでる目をしているとも言われたら、母さんたちの気持ちもわからなくもなかった。
夢なので、急に場面が切り替わることもある。夕焼けが差しているリビングのソファで、お姉と隣り合って座っていた。
お姉が両手で俺の手を握って、語りかけて来る。
「誠?どうかあんな女の言うことを鵜吞みにしないで。閉じ込めてしまっているようで、大変申し訳ないけど、貴方のことを想ってのことなの。今は全部忘れて、私たちに甘えて頂戴」
「ヤンデレ味を感じる言い方で言われても、素直に甘えたくないんだけど…?」
「うっ……ごめんなさい…」
眉を少し下げて、シュンとした様子を見せるお姉。
まぁ過保護な気がするけど、あの噓告で結構精神が参っているのは本当だし、肩を借りるくらいには甘えておこう。
お姉の肩に頭を乗せると、お姉は俺の頭を撫でて来る。
「好きな人が出来たら、こんな風に甘えられると良いわね?」
「……甘えられる訳ないだろ?だって……」
―――――――俺を好きになる女子なんて、いないんだから…。
「―――――――いるよ」
お姉の声ではない、別の声が聞こえた。
そこで夢は終わり、意識が浮上して行った。
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