扱いやすくなったらしい
夏休み特番の撮影から一週間。俺は今、北海道の祖父母の家に行く為の最終確認を行っていた。
あのジェスチャーゲームでどのチームが優勝したのか。それは放送日までのお楽しみだ。
ちょうど向こうで滞在中に放送されるから、ジジとババを交えて一緒に観る予定だ。
その間は鹿野さんと会えないのは寂しいけど、まぁ一週間ほどで帰ってこれるから言ってもそこまでって感じだな。
鹿野さんはめっちゃ悲しそうな顔してたけど。
夏休みの間は元々アイドル活動やドラマの撮影で会える機会などそうそう無いのはわかってたんだし、今更な気がするが。
ていうか、そんなことよりも面倒なことが俺の部屋で起きてるから、鹿野さんのことを考えてる余裕があまりない…。
「総ちゃんとしばらく会えないのは嫌」
「それもう何度目だよ?ずーっと言ってるな、本当に」
「だって好きな人と会えなくなるのよ?誠は嫌じゃないの?」
「言っても一週間ほどで帰って来れるし、俺はお姉ほど拗らせてないからその感覚はよくわからん」
お姉がここんとこ、ずっとこの調子なのだ。俺の部屋に来てまで総司に会えなくなるのが嫌だと言っている。
いつものように表情を変えずに言うからちょっとシュールな我儘の言い方。
「誠の不感症、E○、ホモサピエンス」
「人より枯れてるとはいえ、その貶し方は酷いと思います。あとホモサピエンスは悪口ではない」
弟に向かって酷い言葉を浴びせる姉は流石に嫌いだよ。でも子どもみたいに嫌々言いまくる姿は嫌いじゃない。
普段は見せない我儘なお姉を見ているのは面白いからな。
「ていうかお姉は準備済ませたのか?あと十分くらいで出るぞ」
「そこは大丈夫よ。夏休みに入る前から荷造りは済ませてるから」
「なんだかんだジジんち行くの楽しみにしてんじゃねぇか」
「ババの作るご飯は勉強になるからね。それで総ちゃんを落とすわ」
キラーンと目を光らせるお姉。
こんなに真剣なお姉の気持ちに気付けない総司はどうかしてるんじゃないか?いやしているな。
鈍感過ぎて引くレベルだ。
「じゃあもう嫌々言うなよ」
「それとこれとは別よ」
そんなおバカさんな会話をしていると、ベッドの上に置いてあるスマホから相○のメインテーマが流れた。
「あら?随分懐かしい曲をアラームにセットしてるのね。でもなんで今?」
「それはアラームじゃない。着信だ」
そう言って、俺はスマホを手に取った。
画面には『二条院凛華』と出ていた。
――――――――――――――――――――――――
「ハイ!ハイ!ハイ!そこでくるっとターンでニッコリスマイル!……ちっがーう!オリオンちゃん、もっとこうキラッとした笑顔よっ!ただのニコニコで終わらない!」
私たちシリウスは、次のライブイベントに向けて新曲の振り付け練習を行っていた。
だけど今日は調子が悪く、私は今日何度目かの注意を鎌田先生から受けてしまった。
鎌田先生はガタイの良いオカマの先生で、普段は優しいけど歌とダンスに関してはとても厳しい先生だ。
「どうしたのオリオンちゃん?同じ箇所を四回もミスするなんて、貴女らしくない。それに笑顔パフォーマンスはオリオンちゃんの得意分野でしょ?」
うわぁ。四回とか不吉~…。今の私には縁起でもない言葉と事柄はなんでもダイレクトアタックなのに。
「すみません…。ちょっと頭冷やしてきます」
「えっ?ゆ、結衣さん?」
「……はぁ~。かなり重傷ね…」
一言断って、ドリンクを持ってスタジオから出る。
どうすればいいの?本当に…。本当に―――
「キラッとした笑顔って、今までどうやってたっけー!?」
周りに人がいないところで、叫ぶようにして言う。
そう。私は今、スランプに陥っているの!もうどうしようもないくらいにっ!
理由はわからない。最近の私のことだから桐ヶ谷君のことかと思ったけど、全然違う気がしてならない…。
キラッとした笑顔。こう、微笑んだら星が飛んで、ファンのハートを打ち抜くような笑顔って認識しているアレは今までどうやって…。
「……ニコ~…。うん、違うな。えっと……ニカー!」
窓に映った自分を見て、改めて笑顔の練習。
……まるで元気少年のような微笑ましい笑顔です、はい…。
これはこれでありだと思うけど、新曲はラブストーリーをテーマにした曲だから、もっと心打たれるような笑顔じゃないとファンは納得しないと思う。
もしこの笑顔を披露しようものなら「やっぱオリオンちゃんは快活としたこの笑顔だよなー!」程度で終わってしまう…。
キラッとした笑顔なんて本番ではアドリブばっかりでやったことないから、新曲で披露したらファンはまた新しいオリオンの一面を見た心境になって、さらにシリウスにハマってくれると思っている。
それくらいアイドルの笑顔、もっと言うと表情は重要なのだ。
「ふぐぅ…。なんで出来ないの~…。練習では出来てたのに、それを本番でやってこなかったツケが回ったのかな?」
窓に向かってエモーショナルな笑顔をしたり、凛華ちゃんみたいにクールな笑顔を決めたり、純ちゃんみたいに可愛さ全振りのあざとい笑顔を作るけど……ダメだ。全然キラッとした笑顔に見えない…。
今までしてこなかった笑顔ではあるから、ちょっとしたギャップは狙えるけど、やっぱりこうハートを打ち抜くような笑顔がしたい!桐ヶ谷君の!(ついに本音が出た)
それから十分ほど窓に向かって笑顔の練習をしていると、後ろから声がかかった。
「結衣。取り込み中のところ悪いんだけど…」
「ん?凛華ちゃん。どうしたの?」
声をかけてきたのは、苦笑いしている凛華ちゃんだった。
心配して来てくれたのかな?……あれ。凛華ちゃんが持ってるのって私のスマホ――
「桐ヶ谷君から電話よ」
「桐ヶ谷君!?」
ばっ!と奪うようにして凛華ちゃんからスマホを受け取って、「も、もしもし?」と言う。
電話の向こうは凛華ちゃんの言った通り、私が片想い中の桐ヶ谷君だった。
『もしもし?ごめんな、急に電話して』
「ううん!今ちょっと休憩してたし、全然大丈夫!そ、それで……ど、どどどうしたの?」
あまりに突然の電話だったから、どもってしまう。だけど桐ヶ谷君はそんなことは気にせずに話してくれる。
『いや、別に用って訳じゃない。ただ―――』
「? ただ?」
桐ヶ谷君が何かを言いかけて、言葉に詰まらせる。
それから少しの間があって、桐ヶ谷君は詰まらせた言葉を紡ぐ。
『練習頑張れよってことが言いたかっただけ。それと―――声が聞きたくなった』
「……………」
その瞬間、私の頭は真っ白になった。
声が聞きたくなった……声が、聞きたくなった……つまり私に会いたくなった?(違う)
『誠ー!そろそろ行くわよー!』
『おー。……それじゃ鹿野さん。暇な時にでも電話くれや』
「す、すりゅうっ!毎晩すりゅう!」
『お、おう……そうかい』
噛みながらそう返事して、桐ヶ谷君が電話を切るのを待つ。
そして電話が切れると同時に、言葉に出来ない『何か』が込み上げてきて―――
「結衣?大丈夫?」
たった二言三言くらいしか言葉を交わしてなかったはずなのに、凄い得も言われぬ嬉しい感情が私に襲い掛かってきて―――
「結衣ー?おーい!」
「ふ、ふおーーーッ!」
「きゃっ!ビックリした…。なに急に?」
「ふおー!やるぞー!」
「ちょっ、結衣!?本当にどうしたの急に!」
私は桐ヶ谷君から貰った元気とモチベを発揮すべく、ダッシュでスタジオに戻った。
―――ちなみに、何があったかわからない風に装っているけど、桐ヶ谷君の電話の件は全て凛華ちゃんの目論見でした(丸)
「桐ヶ谷君のおかげで、結衣の扱いが楽になった気がするわ」
『わざわざかけ直してきて言うことか?めっちゃ恥ずかしかったんだけど』
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次は『俺が銀髪美少女に幸せにされるまで』を投稿します。
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