誠、ファンを悲しませる
昨日はサボってAP○Xやっていたので二話分投稿します。
まだシルバー1ですわ。
「あのー!すみません」
俺が天野さんの楽屋から、自分の楽屋に戻る最中のこと。
後ろから声をかけながら、一人の女性がこちらに駆け寄ってきていた。その女性は大きめの鞄を背負っており、鞄からは花束が覗いているのが目に付いた。
俺は周りに自分以外に人がいないのか見渡し、誰もいないことを確認する。勘違いだったら恥ずかしいし。
だが杞憂だったようだ。周りには俺以外いなかった。
ということで、明らかに会ったことのない相手から声をかけられたことに困惑しながら、話を聞くことにする。
女性はなんとも可愛らしい顔をしており、アイドルや女優をやっていても不思議ではない感じに見える。
……鹿野さんの方が可愛いな。
「突然すみません。桐ヶ谷誠さんですよね?」
「はい。そうですけど」
「やっぱり!あ。私、ここのスタッフなんです。実は貴方のファンでして、良かったらサインを頂けませんか?」
「はぁ……サイン?」
満面の笑みで、誠のファンだと言う女性スタッフ。名札も付けてるから、スタッフであることは確かだな。
しかし俺は、そんな女性の言葉に、いや雰囲気か?そこに違和感を覚えた。
俺も今や有名人。立派な俳優だ。今までだってサインを求められたこともあるし、ファンレターだって貰ったこともある。
なので他にもサインを求めて来るファンは存在するだろう。
だけど……なんだろう。なんか気持ち悪いんだよな、この人の笑顔…。最近だと鹿野さんと行ったファミレス店員の小鳥遊さんに近い気がするけど、あの人は気持ち悪いとかではなく、なんか俺に罪悪感を持ってるように見えたんだよな。
「えっと……ダメ、でしょうか?」
「……いや、いいですよ。何に書けばいいですか?」
「良かった~。では、これにお願いします!」
女性は鞄からサインペンと色紙を取り出して、俺に渡してくる。
「?」
しかしサインを書こうとした瞬間、ビリビリとした感触がサインペンから伝わってくる。
特に痛みもないし、なんならただマッサージされてるだけな感じがする。
最新のマッサージ器具か?字も書けて指の電気マッサージも出来る。なんだその意味わからん便利グッズ…。
随分と変わったもんが作られるようになったな~。
ビリビリとした感触に不思議に思いつつも、特に問題なくサインを書き終えた。
「あ、あれ?」
「はい、どうぞ。これからも応援よろしくお願いします」
普段ファンには頑張って笑顔を作る俺だが、この女性に対しては気持ち悪い感覚は拭えない為、母さん譲りの真顔のままサイン色紙とペンを返す。
女性は何か信じられないような顔をしつつも、嬉しそうな表情で受け取った。
もちろん俺は、その顔を見逃さなかった。
「わ、わー!ありがとうございます。家宝にします!」
「重いなー……まぁいいですけど」
「あ。そうそう、今日桐ヶ谷さんが来られると聞いて、こちらもご用意したんです」
女性はそう言って、先ほどから覗いていた白い小さな花の束を取り出して、こちらに差し出してくる。
……横向きではなく、縦向きで。
「おー。立派な花ですねー。なんか申し訳ないです」
「いえいえ、どうぞお構いなく。受け取ってください。これからも応援していますので」
「そうですか?……ありがとうございます。俺なんかの為に―――」
そう言って、花束を受け取ろうと手を差し出した瞬間―――花束から、水鉄砲が勢いよく噴射された。
しかし警戒していた俺は、横に身体をずらすことで回避する。たぶん普通じゃ有り得ない反応速度だったと思う。
鹿野さんに感謝だな。あの人のアドリブに合わせたり、バレーの練習に付き合ってくれたおかげで、反射神経が上がって避けることが出来た。
「えっ?」
俺は女性が持っている花束を弾くように、手の甲で逆平手打ちをする。
すると彼女の手から花束が空中に投げ出され、幾つかの花弁が舞い散る。ちょっと綺麗な光景だ。
しかしそれを見ることなく、俺は先ほどから感じていた嫌悪感を隠すことなく、女性を睨み付ける。
「おい」
「ひっ!?」
自分でも驚くほど低い声が出て、女性は思わず床に尻餅を付く。
さっきの今で、いきなり嫌がらせを受けることになるとは思わなかったな。
天野さんが言っていた、他の俳優からの嫌がらせ。なるほど、これはムカつくねぇ。
どれくらいムカつくかっていうと、鹿野さんの遠慮の無い絡みよりムカつく。そして何より陰湿だ。スタッフっていうのも嘘だろう。名札は誰かからパクったか?
ビリビリは電気マッサージ機能搭載のサインペンかと思ったけど、たぶん痛みに強くなった俺にはあまり効かなかっただけで、他の人が受けるとビックリして手放すんじゃないかと思う。
なんで痛みに強くなったのかって?鹿野さんのスパイクを受けてみろ。あれ以上の痛みを俺は知らない…。あー、思い出しただけで痛みが蘇る。
「ちょっと出るとこ出てもらおうか?先越された腹いせにこんなことしやがって……これは立派な犯罪だぞ」
「ち、違うんです!これは……」
「言い訳なんて聞かねぇよ。ほら、さっさとマネージャーを呼べ」
「ひぃー!違うんです!本当に違うんですーっ!」
俺の言葉に怯え切った彼女は、涙をボロボロと零して必死に弁明する。
「はぁ?何が違うってんだ。てか、可愛い顔で泣けば許されるとでも思ってんのか?」
「う、うえぇ~…」
うわー。ガチ泣きかよ……そんなに怖いか?今の俺。
泣くだけで全くマネージャーを呼ぶ気配がない女性に、どうしようか悩んでいると……
「ま、待って待って!ストップストップ!それドッキリ、ドッキリですからー!?」
遠くからそう叫びながら駆け寄って来る、新たな人影があった。
――――――――――――――――――――――――
「申し訳ございません!これ、ドッキリなんです…」
「いや、それさっき聞きました」
ドッキリの仕掛け人を演じて泣く羽目になった女優さんの横で、番組のプロデューサーからその趣旨を聞いていた。
まぁさっきも言った通り、これはドッキリ番組だ。人気の芸能人にいたずらを仕掛けて、その反応を楽しむ世界共通と言っても良いであろう伝統企画。
俺はその番組のターゲットだった訳だ。逆に凄い申し訳なくなってくるんだけど…。
「彼女は桐ヶ谷さんがおっしゃったように、まだ売り出し中の女優なんですが……」
先を越された云々の話か、それ…。少しイライラが酷かったせいで、ちょっと恥ずかしいことを言ってしまったと思う。
俺の方が凄いんだぞ発言に聞こえるし…。うん、恥ずい。
「しかしそれと同時に、桐ヶ谷さんのファンでもあるんです。これは本当ですよ?彼女、このドッキリを凄く楽しみにしていたんですから」
「あー……そう、ですか…」
彼女から感じた気持ち悪い感覚は、ドッキリ面でのことだけか…。
確かに今の彼女には、特に嫌悪感みたいなのは抱いていない。
……俺って、危機察知能力が異様に高くなってね?これも鹿野さんのせいだな。
「あ~~~……やってしまった感が凄いなぁ…」
「そうですね…。好きな俳優と出会える切っ掛けが出来たのに、最悪の結果になってしまった訳ですから」
「そんな企画を考えたのは誰でしょうね?」
「すみません私です反省します…。まさかあんなにキレるとは思わず…」
いや~。まぁこれが天野さんから忠告を受ける前だったら違ったと思うよ?
あの忠告の後に、いきなり可愛い子から声をかけられたら警戒するって…。
しかしマジでどうしようか…。彼女にトラウマを植え付けてしまったのだよ…。
こういう時、鹿野さんだったらどうすんだろ?
『ごめんね~!最近こういうこと多くてピリピリしてたんだーっ!今度一緒に食事に行かない?お詫びに奢るから。焼肉でも回らないお寿司でもなんでも奢るよ!貴女の好きな物食べに行こ!』
ちょっと大袈裟かもしれないが、イマジナリー鹿野さんはこう言っている。いや、言いそう…。
あの人も他人によく迷惑かけてる分、責任感は強めだし。
……ん?そういえば床に散らばってしまった花は、番組が用意したのか?やけに気合が入っているような…。
「すみません。この花って、番組が用意したんですか?」
「え?はい。それはこちらで用意した物です。ですが、花は日谷さんが選んだ物ですね」
日谷さんというのはドッキリを仕掛けてきた女優さんの名前だ。
なるほど…?つまり、花束自体は水鉄砲を隠す為に気合入れて作ったけど、花は日谷さんが選んだのね。
……えっと。『夏 白い花 贈り物』と…。
スマホで検索した結果、花の特徴と一致してそうなのは『かすみ草』という花。
そして花言葉は……『感謝・幸福・親切』…。
つまりこれは、俺に会えて光栄ですとか、そういうことだよな…。自惚れじゃなきゃ。
たかがドッキリでこんな目に遭うなんて思ってもなかったろうし、ドッキリが終わった後に色々と話そうと思ってくれていたのかもしれない。
「日谷さん」
大分落ち着いてきた彼女に声をかける。
彼女はもう怯えた表情こそしていないが、凄く申し訳なさそうにこちらを見ている。
泣くほど怖かっただろうに、それでも俺にそんな目を向けてくれる事に非常に胸が痛む…。
「今度、お詫びになんか奢ります。だから、連絡先を交換して頂いてもよろしいですか?」
イマジナリー鹿野さんをマネて、何か奢ることにした。他に何を言えばいいのかわからないし…。
それを聞いた日谷さんは、しばらく驚いたような顔で固まり、なぜかその顔のまま連絡先を交換した。
そろそろ休憩時間が終わる頃なので、日谷さんには申し訳ないがその場を後にすることになった。しかししばらくして、後ろから歓喜の声が聞こえて来て、俺はさらに胸が痛くなった。
ファンを悲しませるって、こういうことか…。※たぶん違う。
日谷恵。
女優業が上手くいかなくて苦しんでいたところ、桐ヶ谷誠の演技を見て感銘を受けた。それを気により一層頑張るようになり、最近はちょくちょくテレビで見掛けるようになった。
推し(誠)と連絡先が交換出来て、また泣いた。
適当にドッキリ仕掛けられる話でも書くかーってなったら、なぜかこんな話に。
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次は『俺が銀髪美少女に幸せにされるまで』を投稿します。
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