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「おい、聞いたか!?」
「聞いた聞いた!早速歌ってくれてたな!」
二人で小さくハイタッチをする。
今日の講義は終わり、構内の広場にあるベンチに座ってスマホ片手に話をしていた。
赤に俺たちユタカ名義の曲をアップしてから三日後にミナツキがその曲を歌ってくれたのだ。早い!嬉しい!
「すげぇな!やっぱりあの音域はミナだなぁ」
「俺たちの曲とはいえ、鳥肌立ったなぁ」
二人でイヤホンをしながらミナツキが歌った俺たちの曲を聞く。
ミナの広い音域で行ったり来たりする合間にツキの呟くようなボイスが入っていく。俺たちが想像していたよりも、あまりにもピッタリすぎる歌声が鳴り響く。
「これは…ちょっとハマりそうだな」
「悠斗も思うか?思った以上に楽しすぎだよな。近いうちに何曲か作ろうぜ」
「ああ。…ん?」
夢中になっていた俺たちの前に小さな人影がひとつ。ふと顔を上げると…谷口先輩だった。
「どうしたんですか、谷口先輩?」
「音…漏れてる」
「えっ?!」
やっべ、マジか…。外だからと調子に乗って大きすぎるボリュームで聞いていたらしい。
「すみません。ありがとうございます」
「ううん、別にいいのだけど。…それ『色の世界』?」
その言葉に俺は思わず固まってしまった。隣を見ると孝昭も目を見開いて驚いた顔をしている。
そりゃそうだろう。『色の世界』はそんなに有名ではない。俺たちの中ではメインなだけで、一般的には…どうだろうか?100人に聞いて半分いるかいないかといったところか。ん?割と多いかな?そう考えれば別に問題ないのか。
「先輩も知ってます?」
「…先輩ってやめて。さん付けでいい。そうね、割と…聞いてるわよ」
へぇ、意外だ。でもよく考えれば女性だって曲は作るし、歌うし。どの色に女性がいても変ではない。
それに俺たちは中の住人だけど、谷口さんもそうだとは限らないのだ。
「谷口せ…さんのオススメとかあります?」
「そうね、青かな。人気があるYuの曲はよく聞く」
「っ!」
まさかの俺!うわーうわー…リアルでこんなこと聞くのは初めてで嬉しいけれど妙に恥ずかしい。
「あ、オレも好きなんすよ!Yuの楽曲。あとは赤のミナツキおすすめですよ」
それまで一言もしゃべっていなかった孝昭が、俺が挙動不審になったのをフォローしてくれたのか、谷口さんに話しかけてくれた。
「あなたは?」
「オレは悠斗の同級生で下ノ井孝昭って言います」
「…よろしく」
あれ?何だか谷口さんの顔が赤くなっているような?どうしたんだろう。
人の顔色を見れる程度にまで復活した俺は、孝昭の話の続きをする。
「こいつが言ってましたけど、本当にミナツキおすすめですよ」
「…そう…今度聞いてみるわ。音は注意して聞いてね。じゃ」
あまり表情が変わらない人だが、嬉しそうに見えた気がした。そして耳の後ろまで真っ赤になっていた。
「孝昭、今日暑いか?」
「は?いや、過ごしやすい?感じかな…」
「だよな」
谷口さんのその態度が分かるのはしばらく経ってから。今はちょっと不思議だなと思うくらいだった。そんな後ろ姿を見送っていたら、孝昭にぽそりと話しかけられる。
「てか、悠斗…言わなくて良かったのか?」
「何を?」
「歌ってもらいたいんじゃなかったのかよ」
「っわー…忘れてたわ…」
「ははは!ま、次の機会だな」
なかなか言えないままだった。次こそは。
さて、それからの俺たちはというと、自分が配信する曲はそっちのけでミナツキ用の曲ばかり作っていた。
二人とも妙にアイデアが出まくってかなり没頭してしまったのだ。
その間に俺は谷口さんに歌ってもらう歌も作っていた。
そうそう、谷口さんとはあれ以来たまに話をする仲になった。『色の世界』の話はあれからしていないが、それとは別に音楽の話で盛り上がっている。
孝昭と三人だったり、俺と二人だったり。音楽バカが三人になった感じだ。
たまにふとした仕草にドキリとしたりして、あぁ女性だなと思ったりするが、決して疚しい気持ちはない。居心地の良さは感じているが。
これが好きか嫌いかと問われると迷わず好きと答えるが恋か愛かと問われると、ちょっと違うかなと思う。ただ、もう少し一緒に過ごす時間が長いといいなと思うことは増えた。
せっかく仲良くなったことなので、ずっと言えていなかったことを今更ながらに言おうと思ったのは、ミナツキの曲を作りながらふと、谷口さんが歌ったらどうなるのか?と疑問に思ったからだった。
その話をすることが出来たのは出会った初夏から季節が変わり、色付いた葉が散り秋が終わろうとした頃だった。
孝昭と違う講座の日で、午後から俺の家で曲作りをしようと約束していた日。たまたま谷口さんと出会ったので、話を持ちかけたのだった。
「え?」
「俺が作った曲を歌ってもらえませんか?」
「…曲、作れるの?」
「あ、そっか…。あー、でも…うーん…」
色の世界の掟を思い出し、かなり悩む。
「色の世界?」
「…そうです」
「じゃ、詳しくは聞かない。曲は作ってあるの?」
「はい!」
「聞ける?」
「いや、普段は落としてなくて…俺の家でなら…」
「………家?」
「いやいやいやいや!家って言っても実家暮らしなんで!親も姉もいますし!」
「…なら、行く」
「え?」
「だから、OKって言ったの。いつが良いの?」
「す、すぐとか?」
「…いいわよ。今日はもう終わりだし」
「!!!」
マジか!?神様仏様女神様!今まで信じてなかったけど、今日から毎日祈ります。覚えてたらだけど。
思わず谷口さんの手を取って立ち上がっていたらしく
「何、構内でハレンチなことしてんだよ」
と、バシッと背中を思いきり叩かれて気付き、パッと手を離す。叩いたのは孝昭だ。
「いってぇ」
「すんません、谷口さん」
「あ、つい…すみません」
さっきの自らの行動を振り返り、すぐさま頭を下げて謝る。
「…許す。で、今から行くの?聞いてもすぐには歌えないと思うけど良い?櫟木くんの曲に興味があるの」
孝昭ははてな?という顔になっていたので、先ほどの会話を簡単に話す。すると孝昭はニヤニヤしながら「オレはお邪魔虫か?」と言ってきたので「バカッ」と、さっきとは逆に俺が孝昭をバシッと叩いてやった。
そんな俺たちのやりとりをくすくすと笑いながら見ている谷口さんを見て、俺は何だか胸が騒ついた。普段では見られない表情だったからだろうか。
今までにない感情の揺らぎに俺は一瞬戸惑ったが、それよりも今からのご褒美が楽しみでたまらなかったので、その感情の名前が分かる前にさらっと流したのだった。