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「おーっす」
「おはー。あー、ねみぃ」
「昨日も遅くまでレコーディングか?」
「いや、なかなか詞が出なくてあれこれ調べてたら遅くなっちまった」
「頑張るなぁ。それより昨日の聞いたか?」
「あぁ、マジすげぇよな」
「今回も鳥肌立った。俺の曲も歌ってみて欲しいと思うもんな」
孝昭と昨日の『色の世界』でアップされた曲の話をする。
色は赤だ。赤の圧倒的No.1視聴者支持率を誇る二人組、ミナツキ。
低音から高音まで伸びやかな歌声のミナと独特なウィスパーボイスの持ち主ツキの二人組の唄い手だ。
俺の推しはツキだ。一人でやっていた時は中性的な声音にドキリとしたのを覚えている。今のウィスパーボイスもなかなかに痺れるが。
ミナは何というか、上手い。その一言に尽きる。歌手デビューのオファーも来ているのではないだろうか。それくらい上手いのだ。
「相変わらずアイドル並みな人気だよな」
「そうだな。どんな人達なんだろうな」
詮索をしてはいけないと思いつつも、やはり想像してしまうのは人の性だろう。
ミナツキは声からすると、おそらく女性の二人組だ。妄想は膨らむ。
「そういえば、あの新しいCMはお前だろう?」
「よく分かったな。あれ、名前とか出てないCMだっただろう?雰囲気をいつもとは変えてみたんだけどなぁ」
「付き合い長ぇから分かるんだよ。お前の好きな音の組み合わせしてたじゃねぇかよ」
バレてた。おかしいなぁ…名前が出ないと言われたから、今までにない雰囲気の曲を作ったつもりだったが…ダメだったか。またいろいろと試してみよう。
そうこうしているうちに教授がやって来て、今日の講義が始まる。眠い一日の始まりだ。
◇◇◇
「ねみぃ…」
「お前、講義中も寝てただろう。詞が出ないって珍しいな。作り方変えたのか?」
「ぁ?はわわぁぁ…。あー、そうそう。いつもはテーマを決めて作ってっけど、今回は何となく曲が浮かんだからさ。そっから作ったんだよ…ふぁ」
何度もあくびをしながら孝昭が話す。
俺は依頼の時は孝昭と同じようにテーマを決めて作るが、基本は好きなように思い浮かんだまま作る。だから、時間も気にしないし唄い手のことなど気にすることもない。ただ、曲を作るだけなのだ。
孝昭は歌うところまでが一連なので、作詞作曲は連動だ。
「俺ん家で録らないか?」
「ん?いいけど…アンプとか持っていくの面倒くせぇな」
「お前がそんな作り方するの始めてだろ?気になるから俺も手伝う」
ドンッ
そんないつもの音楽バカな会話を二人でこそこそとしていたら、小柄な女性に気付かずぶつかってしまった。
「あっ、す、すみません。大丈夫ですか?」
俺は思わず倒れた女性に手を差し伸べる。余所見をしていて申し訳ない。
「大丈夫…ありがとう」
女性はぼそりとそう言って、俺の手をぐっと掴んで立ち上がった。
その後はぺこりと会釈をしてスタスタと立ち去っていった。
俺は呆然とその姿を見送る。
「おい?大丈夫かー?」
ぼーっとしている俺の顔の前に手をにらひらとさせる孝昭。
しばらく耳に残っている声に、頭の中は支配されていた。
そう。俺は彼女の声に、魅せられてしまっていた。
何だあの声?少しハスキー?いや、でも感謝の言葉は普通の声だった。
「歌ってもらいたい…」
「あ?悠斗がそんなこと言うの珍しすぎ。ミナツキ以外で初めてじゃね?目が覚めたわ」
びっくりした顔で孝昭がそんなことを言う。たしかに、歌ってもらいたいと思って曲を作ったことはない。
歌うことを前提にしていない曲を唄い手に提供するのは嫌だ。
どんなに歌手の作曲依頼が来ても断っているのはそんな理由からだ。アマチュアなりのプライドってやつなのかな。
「何?タイプの子だった?」
「いや…声が…」
「ま、いいや。目が覚めたから今日準備してお前ん家行くわ」
「ああ、分かった。こっちも準備しとく。人手いるなら連絡してくれ」
「おうよー」
ひらひらと手を振って孝昭は先に帰って行く。俺も自分の部屋に孝昭が歌えるスペースを作っておかなれば。
ちなみに基本的に唄い手向けの曲を作っていない俺だが、録音用の機材はある。
録音ブースを作って自分の声をサンプリングしようと思っていたけど、何だか面白くなくてやめた。それ以来、機材はタンスの肥やしだ。ごくごくたまに孝昭が使ってくれるくらいだ。機材は使わないとかわいそうだしな。
その時の俺は孝昭の新しい音楽に興味がそそられて、さっきの彼女のことはすっかり頭から抜けていた。