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 サーバー管理システム内部。

 ムスビが侵入した、などと知るよしもない社員たちは通常業務に従事していた。自分たちで開発していないために中身もよく分かっていないものをひたすらモニタリングし、異変を探していく。変異なんてものは滅多に起こるものではない以上、退屈な仕事であった。

 そんな中でも管理職たる――タカナシは熱心に仕事に従事していた。

 タカナシの隣でモニターを注視していた一人の男が目頭を揉みながら、背もたれに寄り掛かった。

「あー、暇」

「結構なことじゃないか」

 頬杖を突き、対面で仕事中にも関わらず携帯端末でゲームを遊んでいた同僚が顔を上げた。

「基本的には機械任せ。その様子を見てるだけでいいんだ。最高の職場じゃないか。お前さんは仕事にやりがいを感じるタイプか?」

「そんな向上心は昔になくしちまいましたよ。俺ができることなんて大半を機械ができますしねー。機械がサボらないかどうか監視するぐらいしか職につけませんでした」

 後頭部に腕を回したまま椅子をぎいぎいと若者は漕ぐ。機械に職を奪われた。それは半分正解で半分不正解。人間に得意不得意があるように機械とて万能ではない。要は責任を機械に押し付けているだけなのだ。

 俺は仕事の意味も理解していないこいつらとは違う。現に会社の開発に関わり、その開発部署の代表としてここにいるのだ。そう思いながら、二人の様子を黙認する。職場には到底相応しくない言動の二人だったが、争いを起こす必要もない。ただ自分の仕事をこなせばいいだけだと、モニターを睨みつける。

 そんな彼をよそに若者たちの会話は続いていく。

「自衛機能があるんだったか?」

「学習して進化してるらしいなー」

「学習ねえ、俺らなんかよりよっぽど真面目だ」

 部屋には他にもオペレータがいたが、全員気だるげである。達成感らしい達成もできず、ガラクタを押し入れに詰め込むように詰め込まれた空間。こんなメンバーの一員と思われるのもなかなか癪な話だった。

 そうして淀んだ空気と緊張感に欠けたサーバー管理施設。それは突然起こった。

 あるいは終わったと言うべきか。

 ――――caution.

 モニターに赤文字が広がる。警告。アラート。エマージェンシー。危機を告げる不協和音が管理室の身を引き締めた。画面に不意打ちに慌ただしくなり、思い出したかのようにコンピュータに向かっていく。しかし、最小限のモニタリング以上の技術を持たないメンバーは圧倒的な経験不足から各々対処方法が分からず右往左往する。

「アンチプログラム、起動を確認!」

「侵入された……? しかも最終防衛ライン……。他の防衛プログラムは突破されたのか。そんな知らせ受けてないぞ」

 オペレータの言葉に一瞬防衛プログラムの暴走を考えるが、それにしても何か原因があるはずだ。本当に侵入者がいるとすれば決して逃がしてはいけない。

「何がトリガーになった?」

「不明です!」

「探せ! 誤報の可能性は?」

「現在確認中!」

「早くしろ!」

 混乱しているメンバーにそれぞれ指示を飛ばしながら自身も原因究明に急ぐ。一刻を争う。もし企業スパイの場合は何としても正体を特定し早急な対処をしなければならない。情報を外に漏らしてはならない。

 知られてはいけない情報だって、ここにはあるのだから。

「なんだ……これ」

 今まさに侵入されていると思われる場所をモニターに移す。ウイルス侵入がされたせいでモニターは人との手を離れ、常時書き換わっていく。

 管理する人間は怠惰であったとはいえ、こちらのファイアーウォールとて一流であったはずだ。それにも関わらず軽々突破され最終防衛ラインである“ケルベロス”まで起動してしまった。

 男はそのクラッカーの有能さに感心しながらも言葉を失っていた。

 作り変えられていたのだ。

 外部からのシステムそのものにこれだけの速さで干渉することなんてありえない。

 普通クラッキングはこんなにも大きな動きをするものではない。情報を抜き取るが、迷惑なプログラムを仕込んでいくも程度のはずなのに。

 わずかなプログラムの改竄で最大限の変化をもたらしている。

 全ての構造を把握していなければ決してできないことだ。

 相対するこちらの反撃プログラムも修理する気はない。目の前の異物を排除するためだけに動いている。

 餌を前にした獣のように。

 それはまるで生きているかのようだった。

 侵入者も、アンチプログラムも。

 このサーバーを支配しているのはアンチプログラムなのか侵入者なのか分からなくなる。どちらも手に負えないという点では同じ。すでに置いてかれているのを実感する。

 全てが遠い。

 そうして置いて行かれた人間たちを茫然とした静けさが支配する。

 責任者たる男ははっとなり怒鳴りつける。

「全体の被害はどのぐらいだッ?」

「不明!」

「どうでもいい。絶対に逃すな! 侵入経路の確認を急げ!」

 逃走したプログラムのログを眺める。トラップを綺麗に回避した痕跡を順々に辿っていく。「見つけた」ウイルスはまだサーバー内にいた。「なんだ……これは……」既存のいかなるアルゴリズムにも従っていないそのプログラムを警戒すると同時に強く興味を惹きつけられていた。

 電脳世界の侵略者と守護者は、彼らの世界で踊り続ける。

「まるで意思を持っているみたいだ……」

 楽しんでいるようにも見えたその二人は。

 自分達と、大して変わらないように思えた。

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