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1-2

 BC学園。それが生徒たるムスビの目的地だった。

 開発都市西部に位置するその学校は自宅から徒歩三十分ほどの所にある。

 遅刻が決まってしまった今、不真面目な生徒は大して急ぐこともなく開発された街並みを歩く。

 高層ビルが密に建ち並ぶこの地域は、森に迷ってしまったかのように錯覚に陥る。

 区画整理されることなく、それぞれの思惑のままに作られた迷宮。それを構成しているのは建物に限らず、名前も知らぬ人々もその一部だった。流動していくラビリンスは三次元的な混乱を生む。誰もその全貌を知ることができない。そこは自然らしさが奪われているという点を除けば自然と同義だった。

「果実があるのも、ね」

 ムスビの口元が不敵に歪む。しかしそれは一瞬のことで、すぐに見渡しながら歩き出した。

 道中、街中清掃ロボットや警備ロボットに「頑張りなさーい」などとやる気のない応援をかけた。もちろん、業務的な会話ばかりしか組み込まれていない機械から返答が返ってくることはなかった。彼女はそれを残念だとも思わない。さらにそれを周囲の人々に奇異な目で見られながらも学校に到着した。

 街の西部。オフィス街を抜けた先に忽然と彼女の学校はあった。

 そこは低いオフィスが多く集まっているだけのようにも見えた。しかし、それを取り囲むように運動場や庭があり、立派な装飾のなされた柵に囲われているのを見て、やっと一つの施設なのだと分かる。その他に各教科各部活のための施設も内蔵されているが、ムスビもその全容を知らない。学校内部に秘密結社があるという根も葉もない噂があるほどだ。

 学校と言うにはあまりにも巨大で未知な部分の多い場所。

 教育の場としては不明瞭な部分が多いというのはあまりにも不適切だ。

 それもそのはず。この場所は教育現場ではなく実験場であった。

 この学校をとある企業、それもここ数年で技術革新をもたらした大企業が設立した場所ゆえに納得されている部分もある。おそらく何か秘密があるに違いなどと噂が立つほどだ。先日も企業スパイらしき人間が捕まっているのが目撃されたらしい。嘘か本当かは興味がない。

「相変わらず大きいわねえ、ここは」

 流石は私立と割り切ればいいかとムスビは門に向かってポケットから取り出した学生証をかざす。すると、門に埋め込まれていたカメラの一つがぎょろぎょろと動き、こちらに焦点を合わせる。

 ムスビはそのカメラに手を振りながら、網膜と指紋それぞれの認証を取らせる。門にはやたらと装飾で彩られており、特に際立つのは埋め込められた目線の先に埋め込まれた四つの球体。各々の球は絶え間なく様々な色に変化しながら発光していた。

 学校の監視システム。門番たる彼らによってムスビのアカウントを認証し、彼女に関する情報を引き出すための処理が行われる。不規則な光は人の表情を思わせ、ムスビは眼帯の位置を直しながら首を傾ける。

「元気?」

【おはようございます、ムスビ】

【遅刻です。すでに授業は始まっています】

【なお、一組の二時限目は教室変更があります】

【お間違いのないように】

 呼応するように返された四つの中性的で統一的な音。同質のそれに個性はない。綺麗な音の連なりではあるけれど、あくまで学校のシステムの一端に愛想を求めるのも無理な話だった。

「どうも」

 振っていた手を所在なく降ろし、肩をすくめる。同時に校門がゆっくりと開いていく。ムスビは校舎へと続く石畳を進んでいった。両脇には色鮮やかな花が植えられ、華やかな香りが鼻孔をくすぐる。熱の帯びた都会の空気とは違い、学内に作り出されその空間は緊張を弛緩させる。

 遅刻したムスビを出迎えてくれる人間はいない。それどころか、あるのは門番のシステムを始めとして、機械ばかり。

 BC学園はある一つの教育理念の下で生まれた学校だった。

 それは教育には人間はいらない、というものだった。

 そのための実験場。

 ここ数年で高度な技術発展――とある一企業の成果によってこの国では様々な変化が起きた。政治、労働、教育、影響範囲は数えきれない。

 多くの恩恵もあった半面、多くの問題も起こった。

 特に白熱した論争は機械による人間の置き換えである。

 この論議は現在も決着はついていない。それどころか否定的な意見の方が多い。しかし、それを禁止する法もない。

 結果生まれたのが、この学校だった。

 この学園には生徒以外に人間がほとんどいない。

 教師を始め、事務、用務、食堂様々な分野に特化した機械がその立場を代用した。初めは心配されていたプロジェクトだったが、それぞれ役目を果たし、うまく学園として機能している。

 それどころか、効率化された教育はたった数年で結果を残し、多くの生徒が卒業後活躍していた。

「でもわざわざ集団で授業を受ける必要ないわよねえ」

 機械に代役をさせながらその教育システムは従来のものと変わらなかった。一ヶ所に学生を集められ、教壇に立っているのは教師の役割を担ったロボット。そこに何らかの意図があるのかもしれなかったが、唯一人間の理事長の長い話を聞くどころか、入学式も途中で抜け出すようなムスビが知るよしもなかった。

 自分の教室ではなく、門で言われた通りに第三講義棟へと向かい、指定の教室へ。ノックもなしに無造作に入室。気遣うなどという殊勝な心掛けはない。教室中の視線が一度にムスビへ集まる。しかし遅刻者が彼女だと分かるなり、ほとんどの人間が顔をしかめるか、怯えたような表情をして、まるで何も見ていなかったと言わんばかりに逃げるように授業に戻った。

 モニターから解説が流れている。“先生”はこちらを気にする様子はない。役割が違うからだ。遅刻を一定してしまうと説教垂れる熱血指導教員タイプのことを思い出し、少しだけ顔が曇る。あと何回で呼び出しだったかなと思い出しながら、何事もなかったように一番後ろの席に着き、授業に加わった。そこで今更のようにこの時間は生物だったか、と教科書を持ち歩かない彼女は気付いた。

 そんな彼女を気にする者は、もういない。

 いや、視界の端でこちらに向かって手を振る少女が、一人いる。

 ムスビはそれに軽く手を振って応えながら頬杖を突き、授業を聞き流しながら今日の予定を巡らす。

 教室には脳の三次元ホログラムが映し出されている。モデリングされたそれは分かりやすく色分けされ、生臭くもない。現実感の欠けた画像は教室中の視線を独り占めしている。

【人の脳は細胞の集合体です。人体もまた集合体ですが、他の組織とは明確に異なります。脳は集合でありながら一つの個。脳はそれ単体では意味を持たない。ネットワークを持つことで成立する稀有な組織なのです】

「………………」

 学生の本分は勉強だ。現在の教育スタイルが学校に集めて知識を蓄えるというものである以上、その知識は正しいものでならない。

 機械は間違わない。少なくとも人間以上に知識の面では正しい。

 しかし、私たちが機械に教えられるものはあるのだろうか。彼らには疑問に思わないのだから人間の方が優位だとかロボットは探求心がないなどというが本当だろうか。大抵の者は世の中のことをロクに仕組みも知らずに日常に溶け込んでいるというのに。

 こうして考えているのも脳の細胞たちがせっせと協力しているのだろう。果たしてそれは私が頑張っているのかしら、とぼんやりと考える。

 ムスビは授業への興味がすっかり失せ、懐から携帯端末を取り出すと、何やら知らせが届いていることに気付く。

 学校からの定期連絡。警戒もせず、何気なしにリンクを踏む。

 繋がった先は学校ホームページ。一面に広がっていたのは中間テストの結果一覧だった。先週に行われたものだ。

 わざわざ晒すこともないだろうに、と自分の名前を探そうとするがやめた。すぐに見つかってしまったからである。「ふうん」と、いつもと変わらない順位に何の感慨も抱かず、ページを後にする。

 今度はスケジュール表の確認へ。今月の日程にはいくつか印があり、今日にもそれはあった。

 画面に触れると、一枚の間取りが開かれた。

 形式的に描かれた部屋の数々は立体的に描かれており、デスクやらモニターやらが配置されている。

 部屋をまるごとスキャンした映像が表すのはオフィスの見取り図。

 設計図の上から繋がれているのは数多の青い線。部屋の黒枠を潰さんばかりに引かれた幾何学的なそれは一見すると意味を持つように思えない。しかし、彼女はその線を真剣に追っていく。

「…………………………………………………………」

 その線束がすでに覚えたものと一致することと確認すると、ムスビは深く溜息をついた。教科書を一つある覚えするのが苦ではない彼女ではあるが、そこに緊張感が加われれば疲労は確実に伴う。

「失敗なんて、許されないものね」

 その吐露は授業終了の鐘によって、誰の耳にも届くことなく、雑音として日常に溶け込んでいく。

 機械仕掛けの教師は授業終了の合図をし、委員長が号令をかける。その指示に従わす、右目を瞼の上から抑え、視界を完全にシャットダウンし、疲れ目と格闘する。

 号令と共に教室全体がわずかに弛緩し、雑談が辺りを支配。各々次の授業の教室へ移動するべく教室を出ていく足音が強くなる。

「今日は学校に来たんだね、三日ぶりぐらい?」

 聞き慣れた声につられ、顔を上げると、彼女を照らしていたのは眩しい太陽だった。

 短く切りそろえられた明るい色の髪。血色の良い丸っこい顔にはうっすらとした桜色の唇とぱっちりとした二重が配置されている。

 ヒナ。

 この学校では彼女ぐらいしかムスビを相手にしない。入学当初からの縁という貴重な存在だった。

 ムスビは目を細め、頬を緩める。自分が最後に来た日を思い出そうともせず頷く。

「そうね」

「またトップだねえ、この間のテスト」

 ヒナは携帯の画面を見せつけてくる。先ほどムスビが見ていたものと同じものだ。

「偶然よ」

「またまたー、ずっとそうじゃん。……あ、そういえば近々選抜チームが作られるらしいよ。この成績なら確実だね」

 肩を揺すって茶化してくるヒナに照れることも喜ぶこともなく、倦怠の色さえ滲ませてムスビは息を吐きながら、立ち上がった。

「興味ないわね」

「どうして? 色々特典あるのに。奨学金切られちゃうよ?」

 にべもないムスビの態度にヒナは不思議そうに小首を傾げた。

 先日行われた選抜テスト。それによって選ばれた成績優秀者が集められてチームなるものが結成される。

 いわゆるエリートチーム。

 そのチームに選ばれた者はこの学園を運営している企業の研修カリキュラムを受けることになり、生徒たちはその見返りとして多額の奨学金と場合によっては企業への内定を得ることになる。

 そもそもこの学園に入学しているものは、その報酬を目指すものが大半だ。このチームに入れば将来は安泰などと言われている。学生の内から世知辛いと思う反面、実力主義の姿勢に助けられた者もいる。

 ……這い上がった人間もここにいることだしね。

 しかし彼女は学校に忠義を尽くすつもりはない。奨学金も一人暮らしの彼女にとって必要なものだったが、そのために周囲と競争する気力は湧き上がらなかった。

 詳しい事情は知らなかったが、ヒナもまたのし上がってきた典型的な優等生。だからなのかムスビの態度をいまいち理解できずにいるようで、無邪気な疑問符を浮かべる。

「何のためにこの学校に来たの?」

「…………。それが普通だから」

「まあそうかもしれないけどさあ」

 ただ学校に通うのであればこの学校でなくともいいのに。そう問いたげな色を帯びていたが、黙殺した。

 ムスビの態度に納得がいっていない様子だったがこちらがこれ以上応える意思はないと理解したのだろう。それ以上の追及はなかった。

「どうしてあんな奴が……」

「機械女だ、敵うはずがねえよな」

「学校にクラッキングしたりしたんじゃね?」

 がはは、と下卑た笑いが無遠慮に鼓膜を揺らした。通り過ぎざまにムスビに聞こえるようになされる棘のある会話。その集団は成績上位層のはずだった。名前以上のことは知らない。別段ライバル視もしていないので、興味も持っていなかった。大方満足のいく成績ではなかったのだろう。

 学校の裏掲示板にでも見に行けば彼女に対しての罵詈雑言が広がっていることだろう。一度も行ったことはなかったが。

 慣れた悪態を意に介さないムスビに対してヒナは苦笑いを浮かべ、溜息をつく。

「荒れてるねえ」

「それはそうよ。まともに授業出てない人間の評価が高いんだから、普通は苛つくわ」

「慰め合ってるようにしか見えないけどなあ」

「……あんた、結構厳しいわね」

「そりゃあ、友達が悪く言われたら気分悪いよ」

 アヒルのように口を尖らせるが、それも一瞬のこと。ヒナはにんまりと笑みを浮かべ、おおむろに彼女の胸部へ手を伸ばした。制服の下に潜り込んだ手が慣れた様子で無遠慮にまさぐる。

「大体ロボットなんかじゃないよー、こんなに柔らかいもん」

「ちょ、ちょっと、どこ触ってるのよ」

「あれ、またおっぱい大きくなった? 成長ですなー」

「……あんたもね」

 友人の手首を掴み、無理やり引き剥がしながら、ムスビは小さく笑みを零す。

 ムスビのために怒ってくれ、柔らかな笑みを向けてくれる。自分にはなかなかできそうにない。ヒナはきょとんと目をぱちくりさせ、自身の胸を制服の上から抑える。

「そう? おっきくなったかなっ?」

「満面の笑みで公衆の面前で自分の胸をまさぐるのはやめなさい」

「ムスビならいいの?」

「調子に乗らないの」

 嬉しそうにわきわきと指を動かす友人に呆れながら、両頬を引っ張る。餅のように横に大きく広がった。横に伸びた顔は流石に可愛いとは言えなかったが、どことなくハムスターのようだ。

「にゃにするー」

「面白い顔ね。しばらくそのままでいなさいな」

 想像以上の肌触りに手放すのが惜しくなり、ムスビはしばらくヒナの顔を変形させて遊んでいだ。その後に残ったのは満足げなムスビと赤くなった両頬を「酷いよう」とさするヒナの姿だった。

「早くしろよ、グズ」

 そんな二人の間を一人の女生徒が倒れ込んだ。少女の手から教科書が零れ、辺りに散らばる。ムスビとヒナがあっけにとられていると、尻餅をついた少女の顔面に三つほど鞄が無造作に投げ込まれた。痛みを堪えるくぐもった吐息が倒れた少女から零れた。

「荷物持ちも満足にできないの?」

 倒れた少女に苛立ちを含ませて威圧するのは濃い化粧が目立つ女生徒だった。指定の制服を着崩し、きつい香水でもつけているのか、不快な匂いを漂わせている。名前は確か、モガミだったか、と教科書以上に覚えていない同級生の名前を引っ張り出す。

 モガミの後ろには同種の少女が二人ほど立っていた。モガミに比べれば気が弱そうで、金魚のフンと形容するのが相応しい。クラスでも騒がしい三人組。そんな彼女たちが鞄を投げつけ、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 倒れた少女――サイカに視線をやり、いじめ、という言葉が思い浮かんだ。

 ムスビは一瞬目を細め、息を吐いた後、すたすたと教室へと足を向ける。しかし当然すぐに突っ立っている三人にすぐ妨げられる。

「ねえ、邪魔なんだけど」

 ただ事実として、しかし確実に不快感は滲ませてムスビは言い放った。

「はあ? あんたが退けばいいだけじゃない」

 命令されたと取ったらしいモガミはムスビの態度が気に食わないらしく、退こうとはしない。ムスビとしても言ったところで素直に従ってくれるとは思っていない。モガミの睨みをムスビはただ受け止める。

「…………」

「…………」

 そんな一触即発な睨み合いが続くのかに見えたが、早々に根を上げたらしい子分の一人がモガミの袖を引く。

「……ねえ、魔女よ」

「相手にするのはやめた方が」

 もう一人も同調し、露骨にムスビとの関わりを避けようとする。子分たちの言葉にモガミははっとした表情になった。

「……口出ししないでよ、魔女のくせに」

 負け惜しみのように言い放つその瞳の奥にあるのは、怯えだった。

 化け物でも見るかのような視線にうんざりしながらもムスビは追い打ちをかける。

「この前のテストでカンニングしたこととか、昨日万引きしたこととかなら黙っててあげるから退いてくれない?」

「……脅しのつもり? ……よくデタラメ言えるよ、気持ち悪い」

「な、なんで……」「ね、ねえ……」

 虚勢を張るモガミとは対照的に子分二人は驚きを隠さない。表情に出やすい奴らだ。まあ、それが事実であることは抑えてはいるのだけれど。

 悪事を平気でするくせに、触れられることに慣れていなすぎる。触れるのが嫌ならば初めからしなければいいのに。

 これではどちらがいじめているのか分かったもんじゃないと自身から滲み出ているらしい怖さとやらを意識しながら薄く笑う。すると、子分らがひいっと声を漏らした。

「あら、そう思うのなら気をつけた方がいいんじゃない? 魔女なんでしょう? 私」

 モガミは唇を噛み、キッと怒りの矛先が露骨にムスビへと向かう。

 自分自身に暗い噂があるのは知っている。行動全てに裏があると思われるのだ。空を眺めているだけで悪だくみをしていると恐れられる。ただ晩御飯のことを考えているだけなのだが。

 モガミはサイカの膝の上に落ちていた自分の鞄を乱暴に引っ掴む。「……行こ」そのままずんずんと去って行ってしまった。

 私が何かしたか。邪魔だから退いてくれとお願いしただけなのだけど、と肩を竦める。

「魔女といい機械女といい、私の名前知らないのかしら。ねえ、どう思う?」

「…………」

 まだへたり込んでいるサイカに話を振ってみるも応答はない。視線を彷徨わせる彼女から当然のように感謝の類はない。彼女もまたムスビに対して怯えがある。ただ俯き、唇を噛んでいた。

「悔しかったらやり返したら?」

 立てるかと手を差し伸べるも、サイカにそっぽを向き、無言で立ち上がった。

「それができたら……苦労しない……」

「なんだ、一人で立てるんじゃない」

 軽口を叩くと一睨みされた。

 助言をしたぐらいで変われるなら、いじめられてなどいないだろう。何事にも適材適所と言うものがある。人間関係も例外ではない。それを咎めるほどの世話焼きでもないし、義理もない。

 サイカは散らばった教科書を拾い集め、そそくさと立ち去った。次の教室移動先が同じとはいえ、苛め集団の背中を追っているようにも見えた。

 ムスビがヒナの元に戻ると、ぱちぱちと拍手で出迎えられた。

「流石だねえ」

「目障りだっただけよ」

「ヒーローみたい」

「……人の話聞いてた? 私利私欲のためなんだけど」

 彼女たちを避けるために遠回りをするのは癪だっただけだ。

「え? ヒーローって我儘を通す自分勝手な人のことのことでしょ?」

「……そうね」

 一瞬で自分の評価が百八十度反転した気がするが。

 ヒナは悩まし気に腕を組み、可愛らしく首を唸る。

「大体いじめなら機械相手にやればいいのにね。ストレス発散用パンチングマシーンとか通販で紹介されてたよ? 機械に自分の嫌いな人間の人格トレースできる奴」

「なにその悪趣味な商品。……ま、ロボットの方がやりづらいんでしょ」

 人に比べて、犬や猫に対しての方がずっと抵抗があるように。

 対象がロボットになることは決してないのだろう。

 いじめは人の関係から発生するものなのだから。

運動をしようと、カラオケに行こうと、それが納得のできる方法でない限り、この手の発散方法は残る。人間関係のストレスは人間関係でなければ解消されない。

「でも感心しないなあ。あの言い方」

 何かと気にかけてくれる彼女は親御面で不安を含んだ息を吐く。ムスビはその不安を払いのけるように大げさに肩をすくめた。

「要領が悪いのよ。スタイリッシュに助け出すのは無理」

「スタイリッシュな解決って何さ。ハリウッド風? それでも自分を怪物扱いしなくてもいいんじゃない?」

「利用できるものは使った方が得なだけよ。……それに」

「……ん?」

「怪物扱いしない人は一人もいればいいわ」

 ムスビがそっけなく言い残し、背を向けて歩き出す。取り残されたヒナがしばしその場に棒立ちになり、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。そして、何かに気付いたようにその表情は徐々に明るくなっていき、ヒナは堪えきれなくなり再び抱き付いた。

「んーもうっ、可愛いんだからー!」

「きゃ、きゃっ、や、やめっ」

 魔女と呼ばれる彼女の可愛らしい悲鳴が上がるが、それを聞く人間は誰もいない。

 ただ廊下を徘徊していた警備ロボットのカメラが光っているだけだった。


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