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「万物は糸でできているんだ」

 お母さんはそう言った。



 そんなことないよ。イトでなんかできてないよ。

「じゃあ、何でできてるのかな?」

 えっと、かお、め、はな、くち、て、あし……。あとは……。

「服は違うのかな?」

 ちがう。

「どうして?」

 思い通りに動かせないから。毎日変わるから。

「じゃあ、体の中は動かせるのかい?」

 ……できない。

「そうだね、動くけれどできない。だったら何がキミなんだろう」

 うーん、さいぼー?

「細胞。よく覚えていたね。そう、人は細胞同士の糸が紡ぎ出した芸術品だ。単体では生き死にを繰り返し、流転しながらも糸の繋がりによって一つの個体であり続ける。お前は昨日のお前とは絶対に一緒じゃないんだ。これまでも、そしてこれからも」

 これから? ずっと?

「そう、ずっとだ。過去も未来も等しく」

 カコとミライはチガウよ? 

「過去と未来の違いは本来ないよ。原因と結果も錯覚に過ぎない。時間の矢はキミが作り出しているんだ。キミと私の時間は違うんだよ」

 でも、チックタックはいっしょだよ?

「時計か。ここと地球の反対側では時間は違うだろう?」

 んー? そうなの?

「まだお前には難しいか。お前はまだ小さい――エントロピーが小さい。これから多くの人と相互作用し、エントロピーを拡散させ、お前という足跡を残していくのだろう」

 えんとろぴー?

「お前の中の可能性のことさ」

 なんでもできるの?

「できるさ。社会がそうであるように――人の心も何かが干渉し合った結果なんだ。お前の嫌いな人も今のお前にしてくれるんだよ」

 えー、あのコもわたしなのー。

「相変わらず仲が悪いな、キミたちは。いや、仲がいいというべきか。人間関係の相互作用は紙一重だ。好きと嫌いは表裏一体……いや、メビウスの輪のような関係という方が正しいかな」

 あー、しってるー。ぐるってしたわっかだー。

「そう、表と裏の概念を壊してしまったあの形状。それに、時間。何にしても私たちの周りには錯覚が多すぎる」

 さっかく? さっきもいってた。

「思い込みってことさ。例えば、地球は丸いことは知っているね?」

 うん。ごほんでよんだー。

「知識としては知っている。でも、実際に見たことはないだろう?」

 ないよー。……ホントじゃないの?

「床は丸いかい?」

 たいら。……チキュウも?

「どうだろうね。私も見たことはないからな。地球が丸いか平らか。今のご時世で議論することではないのかもしれない。だけれどあくまでも他の誰かが言ったことを信じているだけだということを忘れてはいけない。嘘か本当かは分からない。知らなくても生活に影響はないからね」

 でも、おとうさんはいつもしりたいっていってるよ。

「まいったな。まあ、その通りだ。地球は丸い。それは当たり前のことだけども、本当かどうかは分からない。でも今目の前にあるのは平らだ。まあ、ミクロで見れば、そうなっているだけどね。でも、違うかもしれない。もしここから地平の果てまで探索したら、地球はドーナッツかもしれないしね」

 どーなっつ!

「そこに食いつくか……。そういえば好きだったね。後で買ってこようか」

 わーい!

「私は甘い物苦手なんだけどね……。誰に似たんだろう。……そもそも誰かに似ることがあるのかな、キミは」

 うん? すきなのは、わたしがすきなんだよ?

「難しいことを言うね。好きに理由はないか。それも私の知らない誰かとの関係の結果なのかな。まだまだ知らないことばかりだ。――キミのことも」

 おとうさんはそういうことをケンキュウしてるの?

「うーん、そうだね。それに近い。今までは人の脳――意識の研究だったはずなんだけどね。いつの間にかこんなことを考えてしまった」

 すごいケンキュウだね。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。こういう場合は嬉しいと反応すると、脳が記憶している。……そう解釈してしまうと興ざめかな。悪い癖だね、これは。こんなことを考えてしまう脳も細胞同士の繋がりだ。シナプスが繋がり、電気信号が伝わる。しかし、その信号は非常に気まぐれだ。ミクロで見れば信号も構成している分子さえもふらふらしている」

 アタマはここにあるよ?

「確かにキミの意識の源はそこにある。確かな八百グラムのタンパク質として存在する。でもそれは非常に曖昧に見てるからなんだよ。とっても小さく正確に見ようとしても確かなものとしては捉えられない」

 みえないものばかりだね。

「そうだね。見えないものが集まって見える現実を生み出す。非常に不思議なことだ。そう、ミクロがふらつくように、人の意識も小さく見ればふらふらしている。そのふらつきこそが、曖昧さが繋がりを生み、繋がっていく。そのネットワークに形はなく、雲のように曖昧なものとしてでしか観測できないんだ。キミだって、どこまでが自分なんて分からないだろう? それはキミそのものがふらついているからなんだ」

 ふらふら? ……しんじゃってる?

「そういう意味ではないんだけどね。幽霊とは違う。不安がることはない。曖昧だけど、確かにここにいる。私と一緒にいることでね。誰かと関わることが、キミを確かなものに変えてくれるんだ」

 おばけじゃなくなる?

「そうだ。これからキミは多くの糸を繋ぎ、失っていく。だけど、その糸は刹那的。一期一会だ。エントロピーが、時間が一方通行であるようにね」

 もどらないの?

「そう、切れてしまった糸は決して戻らない。だから大切にするしかないんだ。愛おしけど、少し寂しいね」

 きれたなら、つなげればいいよ。

「…………」

 つなげてあげる。

 いとなら、できるでしょ?

 だから――さびしくないよ。

「キミなら、できるかもしれないな」


 そう言って、お母さんは頭を撫でた。



 その日、お母さんは死んだ。

 家は炎に包まれて、全ては熱の薪になった。

 残された灰は、元には戻らない。一方通行の流れ。

 お母さんの言う通りだ。

 切れてしまった糸は消して戻らない。

 お母さんの言う通りだ。


 煉獄の中、お母さんとの糸を切った鬼は、復讐という新たな糸を紡ぎ、私となった。

 お母さんの、言う通りだ。


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