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六大魔法のワイト  作者: 電灯
プロローグ
1/1

第1話:目覚め

 

 青年は大自然の中で寝ていた。

 涼しげな風が青年の白い髪をゆらす。小さな顔に配置された高い鼻、上品な唇、そして細い顎。誰の目にも、端正な顔立ちであることは明らかだ。どこか幼さを残した顔は、女性にも見える。線の細い体がそれを助長していた。


「ん......」


 まぶたを開くと、強い日差しが青年の目を焼いた。たまらず、顔をそらして手の平を差し込む。細長い指の間からこぼれたのは、群青色の空だった。

 しばらくの間、そのままぼうっとする。体がだるく、頭もぼんやり霧がかかったようだった。


「えっと......」


 目をぱちぱちとしながら記憶をたどってみるが、青年は何も思い出せなかった。ここがどこなのか、今まで何をしていたのか、全く見当がつかない。自分の名前すら思い出せないことに気づくと、途方にくれそうになった。


 試しに立ち上がると、体のだるさの他に不自然な重みを感じた。視線を落とした先にあったのは、黒い軽防具。どこか高級感を感じさせるそれには、全く見覚えがなかった。


 あたりを見渡したところ、どうやら小高い丘の上に立っているらしかった。地面を埋めるように足の短い草が繁茂している。丘が終わるところからは森となっていて視界はよくない。森の中にぽつんと丘があることに多少の違和感を抱くも、今の自分の状況に比べれば些細なことだった。


「......」


 青年は呆然と立ち尽くす。あたり一帯は森ばかりで、当然のように人の気配はなかった。不安がじわりと滲む。空を仰ぐと、広い青に吸い込まれる感覚を覚えた。


「......とにかく、人がいる場所に行こう」


 このままではいけない、と心に鞭を打って、適当な方角に向かって歩きはじめる。方角も分からないままに森の中に入るのは危険だが、現状、それ以外に選択肢がなかった。幸い、まだ日が出ているということもあった。

 そうして青年が丘を降りて、森に入ろうとした瞬間ーー


「ゔぁああーーーああ!!」


 意味をなさない大音声が鼓膜を揺らした。たまらず耳をふさぐ。許容量を超えた音の大きさに、否応なく恐怖心を植えつけられた。音の発生源である森の奥を見やると、そこに立っていたのは黒い人間。いや、正確には人の形をした黒い怪物が青年を睨みつけていた。明らかに異常。両目は赤く燃え、体から黒い粒子が出ているようだった。


「人間...... じゃない.......」


 青年が相手を観察しながら言う。2メートルに届くほどの大きさの黒い怪物は、明らかに害意を発していた。あれに捕まってはいけない、と自分に言い聞かせる。正体も分からない化け物だったが、それだけは確かであった。


 とにかく逃げよう。そう決心した時、怪物はこちらへ走り出した。


「!?」


 青年は慌てて反転して逃げだす。来た道を戻るように丘を走った。何もないところで軽くつまずきそうになる。体のだるさがまだ残っていたようだ。さらに、不慣れな装備も足かせとなっていた。

 丘を登りきったところで後ろを振り返ると、怪物はまだ追いかけていた。付かず離れずの距離を維持していた。


 丘を降りて森の中を駆ける。森の中では樹木や雑草が邪魔をして道は険しくなった。必然、青年の走る速さは落ちるが、後ろを追いかける怪物は幾分か走りやすかった。そうして、両者の距離はだんだんと縮んでいった。徐々に大きくなってくる怪物のうめき声がよく聞こえる。


「はっ、はっ、はっ」


 青年の息も少しずつあがってくる。逃げるしかないという恐怖が体力を奪っていくのだ。怪物に追いつかれるという未来がどんどん濃厚になっていく。身体的にも、精神的にも、青年は追い詰められつつあった。


 ーーあの怪物を倒せるだろうか......


 そんな思考が脳裏をよぎった。このまま逃げたとしてもどうにもならない、だから戦うしかない。この上なく突飛な発想だったが、追い込まれた青年の中では突破口として受け止められた。現状、青年の中ではそれしか選択肢がなかったからだ。


 やがて決心をして立ち止まり、怪物と対峙する。相手も青年から10歩ほど離れたところで止まった。体中を覆う黒い粒子、メラメラと燃える目、低いうなり声、人間のシルエット。人と獣の両方の性質をそなえる怪物は、気味の悪いものだった。そんな怪物を静かに観察ながら、青年は息を整えた。


 ーーっっ!!


 前触れもなく、怪物が動く。両腕を広げて掴みかかってきたところを、後ろにジャンプしてかわす。青年は反射的に動いた自分の体に感謝した。少しは戦闘の経験があるのかもしれない。そうして自分のことが分からない居心地の悪さを感じながら、相手を見据える。

 怪物の動きは単調で動物的だ。繰り出される怪物の攻撃を、青年はことごとく避けた。無駄のない最小限の力を使った回避行動は、一種の機能美を思い起こさせる。青年も自分の動きに驚きを隠せなかった。


 だが、このままではラチがあかない。攻撃に転じる。隙をついて右手で殴りつけた。ごつっと鈍い音が響く。全力のつもりだったが、怪物は平気そうにしている。あまり効いていないようだった。青年は慌てて離れて、右手を気遣う。怪我はないようだが、多少痛んだ。


 青年が攻撃を回避、隙をみて攻撃を仕掛けるが怪物にダメージはない。そうして、戦いはこう着状態に陥ったーー


 かのように思われたが、唐突に均衡は崩れる。


 ーーっまずい!


 伸びてきた腕に肩を取られる。油断して、反応がわずかに遅れたようだった。そのまま引き寄せられて首を両腕で締められる。


「うぐっ」


 情けない声が絞り出される。振りほどこうと暴れるが、びくともしない。持ち上げられて青年の足が浮いた。呼吸ができない。


「グョーーーっっっ!!!」


 興奮したように、黒い怪物は力を強める。赤い目は憎悪に染まっていた。それを視界におさめながら、青年は意識が遠のいてく感覚を覚えた。


 ーーこんなところで終わるのか...


 振り返れば、わからないことだらけだった。目を覚ましたかと思えば、何も覚えておらず、突然化け物に追われて、今、殺されている。その理不尽を噛み締めると、青年の目には涙が溢れた。


 視界が白にそまっていく中、死が濃厚になっていく中、青年の中で願いが研ぎ澄まされていく。


「「生きたい」」


 それは生物として最も強い願いだった。死の淵に立たされて、一層強く輝く命の叫びであった。

 すると、青年の頭の中で、ある情景が駆け抜ける。

 ーーそれは草原を走る風。どこまでも自由に、ひたすらに。それは大地と空を結ぶ力ーー


 ーーこれは......


 瞬間、鋭い風が怪物の両腕を切断した。怪物は痛みで叫ぶ。死の寸前で、青年の首が解放された。


「かはっ、かはっっ!!」


 たまらず命を取り戻すように、青年は呼吸を繰り返す。吸い込んだ空気にむせながらも、必死に息をした。


 ーー何が起きたんだ


 なんとか呼吸を整えて、自問自答する。走馬灯のようなものを見たと思った瞬間、怪物の腕がちぎれ飛んでいた。誰かが助けてくれたのかと思ったが、周りには誰もいない。だったら、一体何が......


「ヅキっ!」


 右腕の内側に強い痛みが走った。何かを刻み込まれたような痛みだ。装備をずらして見ると、手首の下にU字型の白い模様があった。青年が意識を向けると、模様が白く浮かび上がる。

 見たことなどないはずなのに、なぜか既視感があった。まるで筋肉を動かすように、青年は白い模様に力を入れることができる。不思議なことに、その確信があった。


 ーー僕はこれを知っているのか......


 青年は怒り狂う黒い怪物を見やる。怪物が突進してきた。右手を相手に向ける。一瞬、目をつむり、切り裂く旋風を想起する。それに呼応するように、風が駆け抜けた。


『 a....... 』


 怪物の胴体は半分に切り裂かれる。赤い目がこちらを凝視する。奇妙なことに最後の瞬間、敵意が小さくなった気がした。だが、そのまま黒い塵となって崩れてしまう。

 その光景に青年は目を疑った。先ほどまで戦っていた怪物が、塵となってしまったのだ。さらに、視線を落とすと、黒い塵の一部が青年の右手の模様に吸い込まれていく。なんとか手で払おうとしても、結局吸い込まれてしまった。


 それを見届けると、青年は強い疲労感に包まれた。


 ーーあの化け物は......何者なんだ........


 黒い怪物が消える瞬間、一瞬、人の声が聞こえたような気がした。うまく聞き取れなかったが、そう思うと、心が落ち着かなくなった。


「とにかく、今は歩こう......」


 その場から逃げるように、青年は立ち去った。


 




 それからどれだけ歩いたことだろうか。太陽が沈みかける頃、青年は森を抜けて道らしきものに出会った。それは道とはいっても、踏みしめられただけの轍。しかし、確実に人が利用した形跡であった。これを辿って行けば人に出会えるということに、青年は心から安堵した時ーー


「おいっ!! 危ないっ!! そこをどけっ!!!」


 疲れと眠気に襲われていた青年だったが、突然の事態に目が覚醒する。

 走ってきた馬車が横転した。青年を回避したため、轍を踏み外してしまったようだ。馬車は比較的大きく、荷台には屋根がついたもの。横転した荷台からは果物がころころと転がり落ちた。


 ひどく申し訳なかった。急いで馬車に駆け寄る。


「無事ですか!?」

「無事なわけあるかっ!!」


 青年が声をかけると、男が大声で即答した。歳は30代だろうか、髭をたくわえた男が、顔を真っ赤にして怒っていた。無理もない、と青年は思いながら、大きな怪我がないことを確認する。


「おっさん、もう仕方ねえ。俺が相手する」


 そう言って、荷台から青髪の少年が降りてきた。歳は15、16だろうか。背丈が少々短いが、鍛え上げられた体は大人顔負けである。ソードを手にしていた少年は、おい、とこちらを鋭く見やって言う。


「お前、戦えるか?」


 少年の剣先を追うと、そこには黒い怪物がいくつも立っていたーー

 

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