本が届く
ぼくの家の扉を壊した厄介者が本を背負って、家を訪ねてきた。
「トントン」
「ぼくの家の玄関がないことを揶揄してるの?」
人型の男とも女ともつかない容姿のアンドロイド。市のトレードマークである群青色の作業服を着ている。
制服さんだ。
玄関は修繕をしていない。シーツをかけるだけで終わらせた。扉がないので、このアンドロイドは口でノックの音を真似したのだ。皮肉ってやつかもしれない。すごい奴だ!
「扉の修繕に関する費用は送金したはずです」
「……届いたのはお金だったからね。もうおいしいスープと交換したよ」
ぼくは多少の罪悪感とともに白状した。スープはおいしかったので後悔はない。それは表には出さない。
アンドロイドは瞳孔を明滅させながら、ぼくを見る。
なにかまずいことをしただろうか。
「…………了解しました。本件が完了次第、扉の修繕にあたります」
「うん。助かるよ」
棚から牡丹餅だ。金を払わずに扉の修理ができる。
「本をお持ちしました。ヨゼフさんの市民査定の都合で、電子データの閲覧申請が許可されませんでした。よって、原本証明したペーパーブックです。文句があるなら市民査定を上げましょう!」
途中から定型文なんだろうけど、とても投げやりな案内だった。棒読みだ。
両手で抱えるのは無理な量の本だった。
アンドロイドは背負った本をリビングの机に放った後は扉の修繕にあたった。
リビングの机が軋む。
非力なぼくでは本を一つずつ棚に並べた。ペーパーブックだってのに、なんでこんなにでかいんだ。読む気も失せる。
しばらくその作業に従事した。
本を運び終えたあと、玄関に目をやる。
そこでは同じような顔つきの制服さんが複数人来ていた。
「皆似てるねぇ。妹さんか弟さん? いや、お兄さんかお姉さんかな」
「いえ、同僚です。ヨゼフ邸玄関扉修繕事案の応援です」
ぼくは冗談を言ったつもりだったんだけど、通じなかったのか。通じていての所業か。わからない。いつか確認してみよう。
「……みんなご苦労さん。お茶でも淹れるから飲んでってよ」
社交辞令である。
「いえ、結構です。次の訪問がありますから――」
予定調和。
ぼくの家の茶器は今日もきれいなまま。
「――完了しました。なにかご用向きがあればご連絡ください。失礼します」
やたらと頑丈に、重厚なつくりとなった扉がぼくと外をシャットアウトした。




