ぼくたちは監視されてる
玉ねぎがいたんでいた。
それを持つと形が崩れるほどだ。仕方ないので捨てた。
なにか食べるものがないと困るのだけど、それを買いに行くのもおっくうだし、そもそもの時点で金がない。
あの子を手に入れるためにすべてをはたいたのだ。
ひもじく思いながらも、ベッドから離れがたい生活をしていた。
来客があった。
先日の兄の来訪以来ぼくは居留守を常態化させていた。来客応対をするとろくなことがない。
下手に顔を出すとこの前みたいなことになる。
誰とも話をせずに、来客が去るのを待つ。ぼくは彼女の胸に顔をうずめて、温める。それでいいはずだった。
居留守のために、インターホンの電源は切っていた。
来客は戸を叩く。大声でぼくを呼ぶ。
そいつは人間じゃない声だった。
「役所からきました! ヨゼフさん! いらっしゃいますか! 生体反応は見えているんですよ。居留守はせずに出てきてください!」
それからもしばらく、戸を叩く音と、戸が軋む音が響いた。
ついには戸が悲鳴を上げて、来客を拒めなくなる。
扉が嫌な音を立てて壊れた。来客は無遠慮にぼくの家に入り込んできた。仕方ないので対応する。
「ええと……役所のアンドロイドの方? 扉を壊してくれちゃって、困りますよ」
人型の男とも女ともつかない容姿のアンドロイドだった。
市のトレードマーク。群青色の作業服を着ている。
性別はない。いつもぼくはこいつのことを制服さんと呼んでいた。
道端の清掃ロボットみたいに寸胴型の「ロボットです!」みたいな感じだったら、もっとぞんざいに扱えるんだけど。こういう風に人型だったら、ちょっと緊張しちゃう。
「ヨゼフさん。緊張していますね。緊張する必要はないです。今日はヨゼフさんの生存を確認に来ました」
「制服さんいつもお仕事ご苦労様です。どうしてまた急に」
制服さんは説明してくれた。
基本的にはいつも電子決済で済ませていた会計処理がないこと。口座に預金がないこと。役所からの電子メールも開封確認がないこと。それらを統合して、生存確認に来たらしい。街全域に設置された防犯カメラの映像からも、ぼくの姿が確認されていないことも要因とのこと。
「心配しました。お姿が見えないので死んでいたら処理する必要がありました」
「あいにく、生きておりますよ。だから、制服さんが持っている、もしものときのため。に用意していた清掃用具の出番はなかったね」
役所のものは遠慮とかそういうものはなく、家の中を物色して、ベッドに目をつけた。
「……失礼ですが。ベッドの上にあるものは死体ですか? 掃除しましょうか?」
「失礼な、ぼくのアンティークロボットだよ。先日、兄と一緒に運んできてたんだよ。どうせ、それもカメラで見てたんだろう?」
ロボットはしばらく、瞬きをせずに固まった。瞳の部分が明滅を繰り返しているので、何か処理をしているのだと思う。
妙な間がある。
「情報を整理しました。ヨゼフさんが犯罪に巻き込まれている。もしくは犯罪に加担している可能性を検討していましたが、排除しました。役所の方の犯罪対策チームは解散するように指示を出します――」
ギョッとする。大事じゃん。なんか大事じゃん。
それぼくに言わなくてよくない。
「――ヨゼフさんが特殊性癖としてのケア対象者としての情報も誤りとして修正しておきます。死体愛好家から無機物性愛へと変更したことをお伝えしときます。後日書面でも通知しておきます」
「いや、書類にしなくていいよ。それと、ぼくの性的嗜好についてはぼくもまだ理解していないから。記載も遠慮しといて。異性愛者だとは思うから」
「……お悩みであればドクターを紹介します。適正な性自認は素晴らしい人生へとつながります」
「機会があれば相談するよ。今日はご苦労様。お茶でも飲んでく?」
「いえ、すぐに他の訪問があります。失礼します」
ぼくたちはぼくたちの安全のために。幸せのために。
監視されている。
なにもやましいことはないので、ぼくは困ることはない。




