兄がぼくを引っ張る。
学校を卒業して、二回目の冬を迎えた。
浄化フィルターを通して濾過された清潔な雨水が雪に加工されて町に降るらしい。
正直迷惑だからどうにかならんだろうか。寒い。
清潔な雪にまみれて頑張り屋の兄が訪ねてきた。
なんと手土産のひとつもない。
「手ぶらでやってくるとはいい度胸だね、兄ちゃん!」
ぼくが非難する。兄からは鼻で笑われた。ぼくの家に唯一あるリビングの椅子に腰かける。クッションを敷いたぼくの特等席であるのに。
「弟には十分なもてなしを受けたこともない。見舞いに来た兄貴をねぎらってくれよ」
ハチミツとミルクを混ぜて温めた。これがぼくの渾身のもてなしである。
兄に飲み物と質問を与えた。
「見舞いというけど、別にぼくはケガも病気もしてないよ」
兄は熱いだろうにそれを一息に飲み干す。猫舌のぼくは真似しない。
彼の顔には薄く白いひげができていた。短く刈り上げた栗色の髪の毛と白いひげ。帽子をかぶったら場違いなサンタだ。
「……なに、弟がちゃんと生きてるか確認に来たんだよ。働きもせずに、日々を生きるだけの奴なんてのは珍しい。腐ってたら困るだろうが」
「今の時代じゃあ人並みだよ。別に珍しいこともない。どこかの石油王にはぼくみたいな若者もいたと思う」
寝て起きて、飯を食い、出すだけの人間もいただろう。
「家の戸が凍るような暮らしぶりを石油王はしない――」
確かに家の戸を凍らせる富豪はいなかっただろう。
兄は二杯目のホットミルクを空にして、ぼくを急かした。
「――出かけるぞ。上着を……もう、着てるな。なんだ! 出かける気満々じゃないか!」
家では暖房をつけていないから、上着を脱いでいないだけだ。
「出かける必要はない! 外は寒いし、明るい。それにシャワーも浴びていない! こんな格好で出歩けるか!」
ぼくが散歩をするときは快適な日に限るんだ。冬はこもるものだ。去年もそうだったし、来年以降もそのつもりだった。
「大丈夫だ。ここも十分寒い。外も中も変わらん。陽があるだけまだ暖かい。出かけるよ」
ぼくが頑として動かない態度を示していたけど、兄には関係がないようで。ぼくは小脇に抱えられて、外に連れ出された。
「おどろいた。ぼくを軽々と運ぶなんて。兄ちゃんはたくましくなったな」
「……職場からの助成金で機械化したんだよ。こっちの方が都合いいし。それに手術を拒否して、仕事もクビになったら困るんだ。ローンが払えなくなると市民査定に問題がある」
兄のメカニックアームは存外にやさしくぼくを運んだ。
ぼくは筋力がないから、うつむくばかりだ。兄の顔は見なかった。
「ぼくみたいな弟がいたら、市民査定も響くだろう」
ぼくはうつむいている。声が上から降ってくる。
「わかってるけど、お前は変わらんだろう。それについてはあきらめたよ。お前がドラッグやってようが、無職だろうが、献身的に面倒を見る良心的な兄としての査定を期待しよう」
ぼくはうつむいていた。




