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迷子日記  作者: 西向く侍
12/16

マリアとぼくは一緒になった

 マリアは多くを語らなかった。

 どうしてジャンク市に並んでいたのか。

 どうして破損していたのか。

「教えてくれよ」

 ぼくがせがんでも彼女はゆるく微笑むだけだった。

 時間がたてばたつほど、確認するすべは失われる。半年たてばすべて忘れるだろう。

 それを思うと、強く確認することもためらわれた。

 マリアは長い時間を歩くことが苦手だった。

 家の中を歩くくらいならなんてことなかったけど。長時間の歩行はできなかった。

「あたしが逃げないように。機能制限をかかっています」

「それは解除できるのかな」

「あたしではできません」

 彼女の設計仕様書でもあればどうとでもなる。だけど、一般に流通している書籍には彼女の情報はなにもなかった。

 シンクライアント端末であることも考えたら、大量生産向きの商品じゃなくて、オーダーメイドのそれだったんだろう。

 マリアが出かけることもできないと困る。



 役所に相談して車いすを支給してもらった。



 例の群青色の制服を着た、表情が薄いお決まりのアンドロイドだ。制服さんは勤勉だ。

「お久しぶりです。ヨゼフさんからご相談がありました車いすをお持ちしました――」

 車いすとは言っているけど、それにはタイヤはなくて、反重力を活用したいす型の移動装置だ。

「――シティでは、バリアフリー対応の車いすの使用をお願いしています」

 試しに自分で使ってみる。なかなかに使い勝手がよくてびっくり。自分で歩くより楽なんじゃないか。

「ぼくも使いたいな」

「健常者は歩いてください」

「厳しいね」

「マニュアル等は電子メールでのちほど送付します。ご確認の上ご利用ください。それと今日はもう一つ別件でまいりました。この車いすの利用者についてなんですが」

「うん」

「アンドロイドに車いすの支給というのはレアケースです。該当のアンドロイドと面談します。ヨゼフさんは席を外してください」

 突然の話だった。

「……マリア、君と話がしたいってさ。いいかい?」

 食卓にも、作業台にも、書見台にもなる机の前に腰かけてるマリアは小さくうなずいた。

 断ってくれたらいいのに。ぼくも相席したい。

 ぼくの家なのに、ぼくはリビングから追い出された。

 少しでも声が聞こえないか。と思って、寝室とリビングを隔てる扉に耳を押し付けた。

 ぼそぼそと声が聞こえる程度で何も聞こえなかった。

 仕方ないのでベッドでふて寝した。来客があるのに、いつの間にか眠ってしまった。

 なんだかんだ言って、ぼくは役所のアンドロイドを信頼しているのだと思う。


 ベッドが広い。


 目が覚めたときには、制服アンドロイドは帰っていた。

 見送りはマリアがしてくれたらしい。

「ごはん食べますか?」

「……もしかして作ってくれたの」

「まさか、あたしはセクサロイド、そんな機能はありませんよ。聞いてみただけ」

「いいや。もう、寝よう。ぼくのベッドは広いから。温めてくれよ」

 マリアを湯たんぽにして眠った。

 なんの話をしていたのかは訊けなかった。



 ベッドが狭い。


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