セクサロイドのマリア
彼女は服を着ていなかった。服を求められたのでクローゼットからぼくの服を適当に渡した。いつか女性ものの服を調達しよう。ふりふりのワンピースとか着てほしいから。
起動したばかりということもあって、彼女は四肢の稼働や体幹バランスの自動調整をしていた。
服を着せるのを手伝おうとしたらひどく警戒したのであきらめて、眺めていた。
「助けてください」といわれたなら、まあなんとか助けてやろうと思うものだ。
何から助けてほしいのか。それがわからない。
「どうしてほしいの?」
「あたしが壊れないようにしてください。もうぼこぼこに殴られるのは嫌です。もう捨てられたくないとも思うけど、だけど殴られたくもないんです」
耳の奥に響く。低い声だった。その小柄な設計には見合わない。ハスキーな声だった。
「……温かい飲み物を用意しよう。何が飲みたい?」
「精子でも小水でもなんでも飲みます。だから、乱暴はしないでください」
「ぼくも一緒に飲むんだからとんでもない。甘いものは好き?」
現在の一般的なアンドロイドは有機物分解機能もある。
彼女の体内には基本的な消化器系の機能も有していた。飲み物は飲めるはずだ。
「好きです」
彼女の返事を聞いたぼくは十八番を作ることにした。
いつもはレンジでホットミルクを作るのだけど、今日はケトルから丁寧に作った。飽和限界いっぱいまで蜂蜜を垂らしたホットミルクだ。兄にはもったいなくて飲ませられない。
熱いミルクをお互いのコップに注ぐ。手を温めながらそれを飲む。今まで武骨な作業台だったものが、彼女が動き出しただけで華やかに感じた。
ぼくは彼女がジャンク市で売られていたこと、気が向いたから修理したことを説明した。ベッドの中でしばらく抱きしめてたとかそういう部分はちょっと恥ずかしいから割愛した。
「……ベッドであたしの胸に顔をうずめていたのはヨゼフさんじゃないの?」
「ぼくです。ごめんなさい」
バレてた。
「いいえ。あたしの方も反応できなかったから。セーフモードだったけど、ヨゼフさんのことはずっと見ていましたよ。あたしのためにファンデを塗って、あたしのために毛髪を植えて、撥水加工をして、あたしがこんな風にきれいになれたのはヨゼフさんのおかげよ」
「じゃあ、本題教えてよ。君はなにもの?」
「……わかりません。あたしには記憶領域と呼ばれる機能は排除しています。メモリ部分を圧迫して記憶を暫定的に蓄積しています」
「……じゃあ、経年とともにスペックを圧迫するのか。大変じゃん。人間みたいだ。じゃあ、記憶保持の限界ラインは?」
「半年です。それより以前の記憶は容量の都合上消去しています。この甘いホットミルクの記憶も半年後には消去します」
「また、淹れたげるよ」
ホットミルクを飲みほした彼女のコップに残りを全部注いだ。飲むように促した後、ぼくは考えをまとめた。
彼女はシンクライアント端末なのだ。記憶領域を持たない。サーバー管理のアンドロイド。
性的嗜好を理解しているから、セクサロイドを活用したロボット風俗店のアンドロイドかもしれない。女性器も実装していた。内部構造を見る限り、男性型への換装も可能なタイプだった。
情報を引き出そうにも、彼女の記憶はあやふやな上に。
何かを心配している様子だ。
シンクライアント端末なのにネットワーク関連の機能は停止している。
部品の組み立ての部位においてはネットワーク受信、発信関連の機能は見当たらなかった。
誰かに改造された。プライベートロボットなのかも。
想像は様々できるけど、すべては推測に過ぎない。
ぼくはしばらく彼女と過ごすことになる。
名前がないと困る。彼女に名前を聞くと彼女は名乗った。
「あたしの名前はマリアです」
セクサロイドのマリア。
ずいぶんと皮肉な名前だ。
「ぼくはヨゼフ」
これも皮肉だね。




