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エイコにまつわるエトセトラ

Extra トモエイコ2

作者: ナガス

 僕は今、悩んでいる。

 悩みの種は僕の彼氏であるはずの、工藤トモノリその人だ。

 浮気されている訳では無い。そういった心配は一切していない。

 悩みの正体、それは、僕は年頃の女の子で、トモーも年頃の男性だと言うのに、男女の仲になるどころか、キスすらまだ数える程度にしか出来ていない。というもの。

「……口さみしい」

 僕は自分の唇を触りながら呟いた。

 自分で自分の唇を触っても、何ひとつとして満たされない。むしろ虚しさが募っていく。

「……はぁ」

 トモーと二人きりになれる時間が殆ど無い。故に、僕とトモーの関係が全然進展しない。それは解る。理解しているつもりだし、仕方ない事と割り切っている……つもりだったが、どうやら割り切れていない。

 トモーが働いている食堂に行けばお客さんは居るし、オヤッサンも居る。日曜恒例の音合わせの時には亜由ちゃんが居るし、ミカゲちゃんも居る。

 親しい人間が出来た事はとても喜ばしい事だし、オヤッサンも亜由ちゃんもミカゲちゃんも好きだから文句は言いたくないのだが、不満が無いと言えば嘘になってしまう。これが割り切れていない部分。

 僕だって年頃の女の子。お互い時間もお金も無い事は分かっているのでデートがしたいとは言わないが、せめて彼氏であるトモーと二人きりになり、抱きついたり、キスしたり……いつかの時みたいに身体を触ったり、触って貰ったり、したい。

 付き合いはじめて二ヶ月近く経つのだが、最後にキスをしたのはいつの事だったか、思い出せない。このまま何も無いと、僕達は本当に付き合っているのかどうか、疑問を抱いてしまいそうだ。

 そもそもあの男には、欲は無いのだろうか。あの男は何故、何もしないのか。僕に気を使っているのだろうか。大切にされている結果として、何も起こらないのだろうか。誠実だから惹かれたのだが、誠実過ぎるのが仇となっているのだろうか。そんな事を考える日々。

 ……僕は、愛するトモーだからこそ、僕を好きにしても良い権利があると、伝えたのに。女としての自信を無くしてしまう。

 このままではイケナイ。このままでは僕は寂しさのあまり、母親ルートを辿ってしまう。つまり、好きでもない相手と付き合ったり結婚したり子供作ったり……ビッチルートまっしぐらである。

 意思では「そんな事になってたまるか」と思ってはいるのだが、現に今僕は、寂しいのだ。この寂しさに当てられている今、初恋の相手であるケイジが目の前に現れたら……と考えると、自分が恐ろしくなる。

 心揺さぶられる事無く、裏切らないでいられるか? 本当に僕自身、誠実を貫けるか?

 ……分からない。自信を持って「はい」と即答出来ない自分が恐ろしい。

 だからこそ。トモーにはもっと、僕の彼氏だという自覚を持って貰いたい。

 もっと僕を満たし、僕の心を奪い、トモーの事しか考えられなくして欲しい……そんな欲求が産まれている。いいやむしろ、そうする事こそ、彼氏であるトモーの責任だろ。なんで何もしない? 十代花盛りの欲求舐めんな。なんていう責任転換ど真ん中の激情まで抱いてしまっている始末だ。


 バイト終わり、僕はオヤッサンが経営する食堂の入り口を前に、仁王立ちをしていた。

 今日こそは、ベロチューの一発でもして貰わないと、気が済まない。いや、気が狂ってしまう。

 布団を噛み締め「今日も何もなかった」という思いを抱きながら枕を濡らす日々を、終わりにしなければならない。

 僕のために。トモーのために。

 僕は意気込み、食堂の扉へと手をかけ、勢い良く引く。そしてズンズンと歩を進め、中へと入っていった。

「宮田の嬢ちゃんいらっしゃーい! 秋だねぇー! 北海道の佳代姉さんから芋は届かんかー? まだ早いかー! がははは!」

「エイコいらっ……しゃい」

 オヤッサンはいつものテンションでいつものように世間話を仕掛けてくるが、トモーは僕の顔を見るなり言葉を詰まらせる。僕から何かを感じ取ったのだろうか。

 僕は「芋はあと一ヶ月ですかね」とオヤッサンに対して返事をして、いつもの席にいつものように腰を下ろし、上目遣いでトモーの顔を見つめた。

 トモーは少し居心地の悪そうな表情をしながら視線をキョロキョロと動かし、唇をアヒル口のように少し尖らせている。

 その尖らせた唇を僕の唇に押し当てやがれ。無駄に尖らせるな。当てつけか?

「あー……今日は何食べる?」

「トモーのおすすめ」

「ん……期間限定サンマ定食っていうのをはじめて、結構油乗ってて美味いけど、お持ち帰りには向いてないと思う」

「それにします」

 僕の声を聞き、トモーは表情を曇らせながらもオヤッサンに「サンマひとつ」と伝え、俯いて夜の分の仕込みを進めていく。

 その最中、トモーはチラチラと僕の顔に視線を向けていた。僕は視線を外す事なく、延々とトモーの顔を見つめ続ける。

 気まずいのかな。僕の声と態度、少し冷たかったかな……イライラをそのまま態度と声にしてしまったかな……なんて思いながらも、僕の思いを感じて欲しくて、視線は決して外さなかった。


 トモーの作業が終わり、いつものように頭に巻いているタオルを取りながら、僕の隣へと腰を下ろす。そしてまたチラチラと僕の顔色を伺うように見てくるが、僕は相変わらずトモーの顔を直視する。

「……バイトのほうは、どう? 落ち武者とかどうなった?」

 とても気まずそうな表情でなんとか話題を探し出したトモーは、少しだけ声を震わせて僕に話しかけてきた。

 とてもではないが、二ヶ月も付き合っている彼女に対する接し方ではない……まるで腫れ物に触れるかのよう。

 もっと気軽に接してくれてもいいのに、なんでこんなに他人行儀なのだろう。

 僕って話しかけにくいかな……エイコは二人目の妹と言ってくれた時の事が懐かしい。

「落ち武者まだ来てますよ。相変わらず僕の後ろついて回って僕のお尻をジロジロ見てきます。いい加減、僕はトモーの所有物だって伝えてもいいんじゃないかって思ってるんですけどねー」

「……うん」

 ……何だその反応は。色々な人から言い寄られるばかりか、多数のストーカーモドキが付くほど可愛い初彼女が「僕はアナタのもの」って言ってるんだから、泣いて喜ぶ所だろ。そして肩を抱き寄せてほっぺにチューする所だろ。

 ホントに、コイツは、自覚が無さ過ぎる。頭の中で何を考えているのか、一度覗いて見てみたい。

「いやいや、うんって」

「……あ、いや、ストーカーには困ったもんだな。なんとかしなくちゃとは思っているんだが、実害が無い以上、なんとも出来ないのが歯がゆい所だよな」

 確かに、トモーは僕の事を考えてくれている。本当に心配してくれているのはちゃんと伝わってきている。

 しかし、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 僕のそういった憂鬱な気分を一発で吹き飛ばし、心の底から安心し、明日への活力が湧き上がるような事を、して欲しい。

 それは言葉で心配する事ではなく。エイコはトモーのモノと主張する事だと、わかってほしい。

 つまり。

 四の五の言わずさっさとイチャイチャしろこの野郎。一刻も早く太ももとケツを触って僕にゾクゾクとした感覚を与え、鳥肌を立たせろ。と、言いたい。

 僕は、イチャイチャがしたい。イチャイチャが好きだ。精神が比較的早熟な僕は、小六の頃からイチャイチャの持つ魅力と魔力を知っている。

 僕の心に足りない栄養、それは「ビタミンイチャイチャ」だ。イチャイチャして心に栄養を与えたい。

「……なんとかするのは現状無理でしょー?」

「現状無理だな……無力を痛感するよ」

「無力は痛感しなくてもいいですけど、結構まいってはいます。せめて気晴らしでも、出来ればねぇ?」

 僕の言葉に、トモーがようやく僕の顔を直視した。

 相変わらずの、まっすぐな瞳。澄んだ光を放つ宝石を連想されるほどの、美しさ。コンビニに買い物に来る客の中でこの目を持つ男は一人も居ない。唯一無二だと、思わされる。

 あぁ……ドキドキする。やっぱりトモー好き。そう実感出来る。

 今がチャンスだぞトモー。僕今、ドキドキしてるぞ。今すぐに太もも触ってキスしたら……とても効果的だぞ。

 僕は意図して目を大きく見開き、トモーの顔を上目遣いで見つめ、下唇を舐めてそのまま少し突き出し、誘惑する。

 キスしたくなっただろ? オヤッサンはまかない作ってて背中を見せているぞ?

 僕に近づくために僕の太ももに手を乗せていいんだぞ? そしてそのまま唇を奪ってくれてもいいんだぞ?

 さぁ。さぁ。

 いざ。いざ。

「……今度の音合わせの後、皆で飯食ってカラオケでも行くか? あ、エイコスポーツ好きだろ。運動出来るアミューズメント施設にいくのもいいよな」

 ……あぁ。そういえばコイツ、オヤッサンからネガティブ糞真面目って言われるほどに、糞真面目だった。僕の事を思って言ってくれているのだろうが、発想が糞真面目過ぎる。

 それが長所でもあるのだが。短所でもある。

「はぁ……」

 僕は思わず小さくため息をこぼす。

「お揃いのアクセサリー買いに行くのもいいよな……実はそういうの憧れててさ。今までエイコと会う時って、絶対に亜由とかミカゲが居てさ、亜由とミカゲに気を使っちゃってエイコと二人でデート出来なかったけど、今度の練習の後、思い切ってエイコとデートしたいって、言ってみようかな……なんて、思ってた」

 トモーの口から、今まで知らなかったトモーの本音の数々が飛び出してきて、僕の心臓は跳ね上がった。

 お揃いの、アクセサリー……デート……その単語だけで、僕のおでこから脂汗がにじみ出てくる思いだ。顔がテカっていないか、とても心配である。

「……で……デート?」

「あっやっ……嫌じゃなきゃだけど」

「い……嫌な訳ないよ。初、デートじゃんっ……行きたいに決まってるよ。早く、行きたいな……イチャイチャ、したい」

 僕が上ずった声でそう言うと、トモーはとても真剣な表情で僕の顔を見つめ、少しだけ僕との距離を縮めてくる。

 うあぁあ……いいタイミング……今耳元で「俺もイチャイチャしたい」なんて言われたら、とろけてしまう……今度の日曜日、喜んで身を捧げてしまいそう……。

 ドキドキ……ドキドキしている。それなのに、凄く凄く、心の居心地がいい。

 好き好きトモぉ好き……今すぐ抱きしめられたい。ベロチューして貰いたい。

「……エイコってさ、鼻息荒くなると、敬語じゃなくなるよな」

「……は?」

 真面目な表情と真面目なトーンで、急に何言ってんのコイツ。

「トモーにはロマンチックが圧倒的に足りてないっ!」

「そうじゃそうじゃっ! お前は馬鹿なのかっ? 流石にこの流れは嬢ちゃんが可哀想すぎるわっ!」

 背中を見せながら調理をしていたオヤッサンがこちらを振り返り、凄い剣幕でトモーを指差しながら怒鳴った。

「今は愛を囁く場面でしょっ! 最低でも、デート楽しみだねって言う場面でしょっ! なんでそういう事が出来ないのアナタはっ!」

「よぉーゆーた嬢ちゃん! コイツぁアカンのじゃ! 童貞拗らせすぎて頭おかしなっとるんじゃ! レディコミ読んで勉強せぇって言っとるだろうが! おめぇピアノの練習ばっかして読んどらんだろ! この糞真面目野郎が! ひとつ夢中になったらそればっかりだな!」

「それはいい事でもあるんだけどさ! 鼻息は酷いですよね? 彼女に向かって鼻息ってっ! ばーか! ばーか!」

「ばーか! ばーか!」

「……そ……そこまで言われる事、なのか……?」

「言われる事だよ!」

「言われる事じゃ!」

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