4-22 異世界観光ツアー
宿に戻ると、疲れたような顔をした城戸さんが、出迎えてくれた。
「やあ、気分はどうです?」
俺がにこにこしながら聞くと、
「最悪よ。しばらく酒の話はやめてちょうだい」
「じゃあ、あと2時間ほどしたら、マサに行くか」
「ちょっと!」
「冗談だって。明日の最終日はどうする?」
「そうねえ、任せるわ」
俺は顎に手をやり、ちょっと考えて、
「では、乗り物で行くコースで。ランクルで街を回るコースと、ヘリでの機動力のある視察を」
「そうね。出来たら、いい絵が取れるところがいいわね。HPなんかに乗せる写真も撮って来いと言われているのよ」
お宮仕えも大変だな。
「じゃ、昨日の写真と合わせて、本日は解体場に行っていたという事にしておこう」
俺は昨日の城戸さんが、笑顔で子供達と戯れている様子と、今日の野球やミニエアホッケーで遊んでいるシーン、バーベキューや子供達のお昼寝写真や動画などもPC画面に再生してみせた。
「お願いだから、解体のシーンは抜いてね」
はいはい。
夕食の時間まで、明日の予定について打ち合わせをした。食堂へ行くと酒の匂いがするので部屋飯にするらしい。調理して持ち込んだ日本食とお茶を渡しておいた。川島も今日は禁酒確定だ。
本当はVIP連れなので昨日みたいな騒ぎはいけないのだが、ここはクヌードだから。ここで俺達を襲撃するアホはいない。いたら俺の反撃を食らうだけだ。
俺は乾杯の一杯しか飲んでいなかった。俺は民間人なんで飲んでいてもいいんだが、最大戦力なので自重した。合田もまったく飲んでいない。
山崎も一応隊長なんで、世話をしているだけで自分は飲んでいない。ゲストのホステスは川島が勤めていたし。あいつはいい飲みっぷりだった。
周りの探索者達も全員味方だ。そして、ここは探索者ギルドの治める街なのだ。スクードを怒らせれば、悪党なんぞ1日で全て片付けられてしまう。
だが、普段はそんな事まで手が回らないし、キリがないので御目溢しになっているだけだ。この間、街の自治をするスクードの娘に狼藉を働いてしまったので、小悪党共も最近は大人しい。
俺にいらんちょっかいをかけると、街の自治責任者公認で俺が大暴れする事になる。もちろん、あいつらには俺を止められるような魔法使いはいない。
翌日、最終日の3日目を迎えた。クヌード名所巡りの始まりだ。今日はゆったりと回ってもらおうと思い、ランクルでなくマイクロバスのコースターを用意する。
標準タイプの29人乗りボディだが、10人乗りにカスタマイズしたものだ。カタログにはない、改造モデルだ。
本来は3列になっている席を強引に改造して、ゆったりシートで2列にしてある。自家用なら中型限定で乗れるので、そういう風にしている車もあるのではないか。真ん中の通路もノーマルと違って広い。
バンタイプだと普通に10人乗りだが、あれはシートが観光向きじゃない。仕事で使うか、でっかいオモチャを載せて遊ぶ人用だ。俺はもちろん後者に決まっている。
一番後ろの席は本来なら3人がけのベンチシートになるが、はずして10人乗りで登録してある。
日本で使う場合、普通免許でも運転できるので。どうしてもこっちでいる場合は、最後部にシートをつければ、ゆったり13人乗りになる。
俺達は全員大型免許持ちなので、自家用なら29人乗りのマイクロバスでも普通のバスでも運転できる。
ただ、この車両自体が10人乗りで登録されているため、13人乗り仕様にしてしまうと日本では違反になる。
左側は冷蔵庫と出入り口があるので3席、右側が5席、後は運転席と助手席だ。佐藤は観光バスも運転できるので1台仕入れてある。
実はコースターの幼稚園バスも用意してあるんだ。ロングボディで、メーカー仕様は幼児49人と運転士含む大人3人が乗るものだが、うちのは変更してある。
幼児3人がけシート11、2人がけシート2の幼児37人と、保護者シートが7席に運転席1で45人乗りの特注品だ。次に来る時は乗せてやれるだろう。ここの子供達は全部で30人ほどだ。
個人で仕入れたので、「本当にこんなに買うのですか?」とディーラーで聞かれてしまった。
標準タイプとビッグバンという貨物タイプまで、計4台まとめて買ってしまったので。白バス営業防止のために本来は審査が面倒なのだが、俺の場合は問答無用で押し通してもらった。
これ、実は値段はそう高くないし、高機動車より燃費もいいはずだ。アイテムボックスがないと置き場に困るが。
実燃費はどうかな。最低でもハンヴィーは上回るはずだし、その上快適だ。大型馬車だと思えば、街中での取り回しもそう悪くはない。
観光バスは馬鹿高かった。高級タイプを買ったので、コースター4台の値段を遥かに上回った。さすがに大型バスは街の中で乗るにはでかい。乗れないことは無いが、運転するほうが辛い。
周りはとろい馬車ばかりで、馬を刺激しないようにしないといけないし。街道の移動なら、こちらの方がいい。その代わり舗装されていない所も多いので、はまりそうで怖いな。
そして、今日の観光ガイドはメイリー先生だ。宿の仕事はいいのか?
彼女は席が空いているにも関わらず、山崎の隣の補助席に陣取った。あれこれ、「お兄ちゃん」の世話を焼く魂胆らしい。やれやれ。
どんな案内をしてくれることだろうか。何か偏った内容になりそうな予感がしたが、まあいいか。俺の手持ち写真のストックもあるのだ。ここは俺のホームタウンなのだ。
まずは小高い丘のようなところに案内してくれた。大きな木が立っている。街がよく見下ろせる絶好のポイントだ。
ガイドさんのお話では、愛を誓い合う恋人達が、ここで永遠の誓いをたてるのだと。そうすれば将来結ばれるという伝説だそうな。日本の高校なんかだと、ありがちなスポットだった。
メイリー先生は「お兄ちゃん、早く!」と日本語で催促する。既に目を瞑ってキス顔だ。まあ、この世界は地球より寿命も短いし先に何があるかわからないので、特に女の子は気が急くようだ。
全員が苦笑する。今日のコースは、もっぱらこれかな。城戸女史も、微笑ましそうに眺めている。
お兄ちゃんは、メイリーの頭をきゅっきゅっとすると、横から自分の胸に押し付けた。可愛いな、くらいに思っているんだろう。悪いな、メイリー。山崎は巨乳派だぜ。
城戸さんは、初日がスプラッターコースで、次の日が超二日酔い。最後の日はこれでもいいか、と思ったようだ。
街の総責任者にも会ったし、ダンジョンにも入って魔物とも交戦した。異世界の子供達や町の様子なども充分視察できた。彼女を人身御供にした偉いさんも、文句は言うまい。
何より、お偉いさん方への土産もゲットできた。これは何より大事な事だ。土産を配る先が結構多くて頭が痛いらしい。当然、金は俺持ちだ。
俺はそういうところは、非常に敏感で上手に立ち回るタイプなので、卒なくこなした。
城戸女史も大変ご機嫌だった。何より、日本へ帰れるのが嬉しいのだ。そう、ウォシュレットやユニットバスの待つ日本へ。
お次は、庶民定番の結婚コースという街の教会へ。車は変われども、当然運転は佐藤で車長は池田だ。
佐藤の後ろ、右の最前列に俺がいて、全てに対応できるポジション。出口に一番近い席だ。その後ろに青山が銃を持って座っている。
その後ろに城戸さんがいて、その向かいになる左最前列に川島が。城戸さんの後ろに山崎がいて、その隣の補助席にメイリーだ。
最後尾に合田がいて、状況によって左右の席をスイッチして頑張っている。両側の窓と車体後部にはカメラが設置されて映像を取りまくっている。
本人は高性能カメラを手にして、貴重なショットを集めまくっている。後ろスペースは、こいつの機材置き場になっている。
いつもは戦闘などの緊迫したシーンが多いので、こういう和やかなムードは貴重らしい。車内の様子も、ちゃんと撮っている。意外とこういうシーンが需要ある。
血生臭くてあまりお茶の間に流せないような映像は評判悪いとの事だ。今度こそ、いい絵を撮って来いと言われてきたようだ。
「なあ、肇。次回はテレビ屋を連れてこないか? 俺はそういうの本職じゃないんだから。リアルを追求しない捏造報道に俺は向いていない」
マサでだいぶ溢していたからな。しょうがない。俺が自衛隊や政府の顔を立てるという感じに、各所にたっぷり恩を売るという形に持って行きながら、仕方なく連れて行くという方向性で!
ハッと気が付くと、メイリーがじっと見ていた。
『ねえ、カワシマ。ハジメがなんか悪い顔しているよ』
「あっはは。それは、いつもの事だから。日本人の男がみんな、真吾お兄ちゃんみたいな人だと思わないことよ~」
おのれ川島、なんという事を。まあ否定はせんがな、ニヤリ。
それにしても、恐るべし川島。なんか、あっという間に念話をマスターしやがった。合田がショックを受けていたじゃないか。
折しも、今日結婚するカップルが現れてメイリーが目を輝かせた。山崎の手を引いて、飛び出していく。
俺は反応がちょっと遅れてしまったが、池田が助手席から飛び降りてすかさずフォローに入る。青山がそれに続いた。
俺が先導して、城戸さんと川島が続く。撮り逃がすまいと合田が慌てて機材を担いで続く。そして佐藤が合田のフォローに入った。
もう、みんな気の合う野郎ばっかりなんで、阿吽の呼吸ですいすいと動く。川島もその野郎枠に半ば入っている。
俺はせっかくなんで、ちょっとアジアンな籠に入った花びらを用意して参列の子供達に配った。なんかに使えるかなと思って用意してきたのだ。
変わった趣向に驚いていた人もいたが、祝福の花びらに花嫁さんが浮かべた笑顔に、参列者の人達も綻んだ。
まさにその時だった。俺は思わず振り向いた。
『ファクラ』
地球でいうところの、シーフの能力が激しく反応した。
「全員、対空戦闘用意!」
山崎を差し置いて俺が叫んだ。俺以外にも気づいていた奴等がいる。どうやら、探索者の結婚式だったらしい。
うちは訓練用の「状況開始」だの、実戦用の「作戦行動開始」などの自衛隊用語は一切使わない。即「戦闘準備」だの「戦闘開始」だのだ。マジもんで、ドンパチが多過ぎるぜ。
「お、おお、おお! ドルクット!!」
参列者の中から、畏怖したような声があがる。少し震える声の持ち主は、現役の探索者っぽい。
な、何~!
別作品ですが、「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
も書いております。




