1-9 宿屋にて
まあ、日本の住宅密集地のような事は無いが、広場のあたりのゆったりした感じとは趣が異なる。
ダンジョンから、放射状に道が広がっており、どっちへ行こうか迷ってしまったが、どこへ行っても大差は無いのだと思い、手近な方面へと向かった。
ダンジョンを中心にしている以上は、この近くが便利な立地という事だ。宿もたくさんあるはずだ。
宿を探したいが、おかしな宿に泊まると身包み剥がれたり、ぼったくられたりしそうだ。言葉が通じないからなあ。お、迷宮で見かけたご一行が、一軒の建物に入っていくのが見えた。
なんとなく、宿屋? と思しき感じの建物だ。他にも人が頻繁に出入りしているようだし。
メンバーに魔法使いっぽい感じの人もいたから、割合と稼いでいる人達なんじゃないか? 安心できる宿なんじゃないかと判断した。
少々高いのは仕方が無い。右も左もわからない世界では安全安心にコストをかけよう。まだ手持ちの魔物はあるのだ。
俺も、さっと中に入って、受付らしき人のとことへ行ってみる。おー、可愛い女の子だな。年の頃は14~16歳くらいか。綺麗なピンク色の髪に緑色の瞳。なかなか派手だなあ。瞳も印象的だ。
鼻筋は通っていて、なかなか可愛い~。コスプレではこうはいかん。
「すいません、今晩泊まれますか?」
どうせ言葉は通じないので、開き直って日本語で話しかけた。
『******』
そして指を1本突き出して、物問いたげな表情で小首をかしげる。可愛いなんてもんじゃないな。俺は自分を指差し、ブンブンと首を立てに振る。うん、お一人様。
『******』
多分料金を言ってくれているのだろうが、さっぱりわからない。
俺は金貨を1枚差し出した。彼女は、両手の指を広げて見せる。多分10泊を意味するのだろう。
そして、一度下げてもう一回同じ仕草をした。その後で、今度はその広げた手を2回、こちらへ押すような仕草を見せた。うん、1泊銀貨5枚か。5000円くらいなのかなあ。
為替レートは存在しないので、そのへんの正確なところを知るのは諦める。特に支障はない。まだ10進法を使ってくれているので助かった。
俺はインド人じゃないんだ。20進法だのなんだので数えられても困る。
通常は手足の指の数が5本ずつの場合は10進法が便利なんで、それを採用するケースが多いのではないだろうか。幸いにも、ここはそうだった。
俺は、片手を広げて、もう一方の指で、指を1本ずつ数えた。それを2往復して20でいいよね? と顔で問いかける。
彼女は花の咲いたような笑顔で肯定してくれた。さしずめ華やかな色合いのデージーあたりかな?
それから、鍵と思しき物体を渡してくれたが、それはただの5角の棒だった。これを一体どうするんだ? 呆然としている俺に、彼女は苦笑して他の人を呼んでくれた。
『メイリー!』
メイリーと呼ばれた12歳くらいの女の子は、ふんっといった表情で俺について来いという仕草をして中へと進んでいった。この子はオレンジ色の髪に、エメラルドグリーンの瞳だ。
まだ小学生くらいだが大人びている感じだ。この世界では立派な労働力なのだろう。可愛げも無くて、日本では通用はしなさそうなサービスだ。
言葉が通じないのは珍しい事ではないらしい。助かるけどな。受付の子と顔は似ているので、姉妹かなんかだろう。可愛いが愛想はあまり無さそうだ。減点20ポイント。
外観は赤煉瓦作りであったような感じがしたが、建物の中は木で内張りされていた。
2階の部屋の前に行くと、彼女は鍵をひったくって、取っ手の横の鍵穴? に当てると、いきなり「魔法陣」が浮かび上がり開錠された。
さすがに、これには驚いた。えらく遅れた感じの世界だったのに、いきなりハイテクな装置が普段使いされている。
それを見て、「この田舎物め」みたいな顔をしていたので、口の中に手早く飴を放り込んでやった。
凄く驚いた顔をしていたが、しばらく味わってから、じっとこっちを見て手を突き出した。
苦笑して5個くらい渡してやった。安いチップだ。ご機嫌に鼻歌を歌いながら、彼女は階段を駆け下りていった。
やれやれと思いつつ、俺は部屋へと入っていった。とにかく、この世界で野宿は避けられたようだ。ここを拠点に、日本側へと帰る道を探しに行こう。
部屋の中は殺風景だが、古い木の感触が何か温もりを感じさせてくれて気にいった。ベッドと、これまた古い机と椅子があった。
壁は木の板が貼られているだけで、なんていうか、荒削りというか古臭いような。昔のアメリカやヨーロッパの小屋のような感じだろうか。
まあ、安別荘暮らしみたいなものだ。一生、ここで暮らすんじゃない事を祈ろう。いや、弱気になるな。あのダンジョンの中には、きっと帰還の道筋があるはずだ。
幸い、燃料や武器弾薬は、現行の物は補充が可能だ。車両の武装も通常は重機関銃にしておけばいい。
アイテムボックスをうまく使えば、自由に武装の換装もできるかもしれない。車両が作れれば、入れ替えすればいい。水・食料なども好きなだけ、携帯できるし。
これが、いつものトラックで来ていたのだったら、武器もなく今晩は野宿決定だった。
俺は携帯型コンロに固形燃料をくべて、お湯を沸かした。大き目のクッカーで、たっぷりのお湯を沸かす。
温めでアイテムボックスに仕舞い、次は熱いのを沸かした。体を拭く専用の温いお湯と、調理用の熱いお湯を作ったのだ。後は水から複製すればいい。
いつか、風呂を置ける家が欲しいな。えーと、既に永住する可能性について、真剣に考えていないか? 簡単な風呂くらい、いつでも作れるからな?
これでも元は自衛隊員なのだ。土木自衛官だけどな。御風呂の設置をしてくれる後方部隊の人にいてほしいと、切実に思ってしまった。
設置する被災地によって湯の名前が違うらしいが、ここならば、さしずめ「異世界の湯」とか「ダンジョンの湯」あたりだろうか。俺も今は民間人だぜ。自衛隊よ、請う救出。
本来いけないのだが、ダンジョン内の駐屯地の奴らに頼まれて少しだけアルコールを持ち込んでいた。
缶ビールとウイスキーの小瓶やワインの小瓶だ。通な奴から日本酒のワンカップも頼まれていた。あいつも死んでしまっただろう。日本贔屓で気のいい奴だったのに。
いつも笑って、白い歯を剥き出していた。陽気だが、民間業者の俺にも態度はとても丁寧な奴だった。
あれはひどい有様だった。誰が誰だかわからない。線香1本あげてやれるような暇もなかった。
あいにく線香は注文されてなかったが。みんな、ちゃんと家族の元に帰れるだろうか。手足が残っていれば、まだマシな方だった。
何か飲まずにはいられない気分だ。俺は下の酒場に降りていった。古くさい外国の映画に出てきそうな酒場で酒を注文した。
金と引き換えでチップも要求された。チップ制度はあるんだな。言葉が通じなくても、要求は通じた。酒場も言葉の通じない奴に慣れている感じだ。
出て来たのは、ワインもどきの旨くない酒だったが、それを原料に手持ちのワインを複製してみた。軽く呷って、ふうと溜め息を付いた。やっぱ、こっちの方が段違いに旨いな。
だが明らかに味が劣化している。弾薬が劣化していなくて良かった。飲食物は劣化する可能性がありそうだ。手持ちの瓶を複製したものに、追加で頼んだ酒を材料に複製したワインを詰めていった。
もう夕食時だ。そのまま食事を頼むことにした。食堂は、石の壁と床に、やや使い込まれた古い木のテーブルと椅子が並んでいる。
日本なら、廃棄されるレベルだ。俺のテーブルには、ナイフで刻んだらしい読めない文字が刻まれていた。
食事は、パンにシチュー、そして大きめのステーキが運ばれてきた。それに、サラダと果実水がついていた。
早速、ステーキを試しにかかる。ジュウジュウと音を立てているステーキ。俺は唾を飲み込んだ。早速無骨なナイフとやや変わった形のフォークで切り分けて、齧り付く。
美味い。溢れる肉汁が口中に迸った。味付けは塩と胡椒のみ。自分が家で焼いても、そんなもんだけど、これは肉が美味いんだ。焼き方もなかなかだ。
これは当たりの宿だな。シチューも一掬い。クリーミーなシチューが絡まったお肉。とろっとして絶品だ。つい、追加で酒も頼んで(もちろん複製に差し替えるが)、ご機嫌な夕食だった。
満腹でベッドの上で転がりながら、「明日からどうするかなあ」と呟いてみる。泉で手に入れた水などから、ディーゼル燃料と弾薬を生成しながら、夢の住人となった。
次回は、22時に更新します。
初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。