4-15 異世界視察紀行
そして、翌日。半泣きの城戸さんを連れて、俺達は師団長の前で敬礼していた。城戸さんも見事な迷彩服だ。全然様になってはいないが。
「では、いってまいります」
「うむ。気をつけて行ってこい。城戸さんも楽しんできてください。滅多に行けるところじゃありませんよ」
城戸さんは肩だけでなく、髪の毛から表情まで、何もかも垂れ下がっているような雰囲気だ。慣れれば異世界も楽しいんだがな。怪獣映画の主人公気分だぜ。
司令部の廊下を歩きながら、佐藤がボヤいてきた。
「今日行くとは聞いてなかったぞ」
「仕方が無い、今回は接待ツアーだ。自衛隊の予算のために頑張れ。周辺はヘリで飛ぶぞ。ついでに飛行魔物との戦闘シーンも見せよう。あれを見てもらわないと、何のために行くのかわからん」
それを聞いて、城戸さんの顔が青白くなった。
「あの、別に怪獣退治が見たいわけでは……」
「はい、はい、見たい~」
川島が大はしゃぎで手を上げる。同じ女でも、こうも違うんだな。
「それじゃ、ラドーなんかどうだい?」
「あの、ラドーというのは?」
おそるおそるといった感じで城戸さんが聞いてくる。
「大昔、地球にいた大翼竜に似た奴です。全長30mある大物です。政府にサンプルとして提出されたはずですが。生きている奴は大迫力ですよ」
城戸さんは眩暈がしてきたようだった。
「ああ、あれは置くところが無くてな。俺がまだ預かっているんだ」
「米軍なら、いつでも引き取ってくれると思うぜ」
「うむ。寄越せと、結構うるさいらしいな」
俺と合田の会話にも、川島はまったく動じる気配すらない。
「私、何か間違えちゃったのかしら……」
城戸さんのか細い呟きが聞こえたが、誰も聞かなかったことにした。
彼女は政府の委員会からやってきた人間で、自衛隊は要請を受けて異世界へ視察に連れていくのだ。
書類は既に処理されている。今更泣き言など許されないのだ。学校とは違う。親戚1人殺したくらいでは行くのはやめられない。
高機動車の荷台に城戸さんを積み込んで出発する事にした。俺達はいつものノリで次々よじ登っていったが、城戸さんはおろおろしていた。
「川島、お前が城戸さんの面倒みないでどうするんだ。俺達がお尻を押し上げてやるわけにはいかないんだぜ」
「いっけなあい。すいません、城戸さん、今から押します」
「あ、あのう。できれば、台か何かあるとうれしいのですが」
そういや、試乗会の時に使う乗り降りするための台があるんだった。最後まで下に残っていた俺は、台を出して木戸さんを促した。
乗り込む姿勢も何かこう、へっぴりごしだ。高機動車の後ろの部分にヘルメットをゴンゴンぶつけている。すかさず手を差し伸べるのは山崎だ。
「鈴木、相変わらず気が利かないわねえ」
「お前だって、気がつかなかったじゃん」
俺と川島は肩をバンバン叩き合って大笑いした。
「あ、城戸さん。頑張って、台無しでも飛び乗れるようになっておいてくださいね。急に魔物に追われて逃走するような場合、逃げ遅れてやられてしまうといけませんので」
ダンジョンに向かうため高速を走行中に、城戸さんがおずおずと聞いてきた。
「あのう、助手席に乗せていただくわけにはいかないでしょうか」
「駄目です。あそこは、車長といって、車の運行に責任を持つ人が座る場所なので。何の訓練も受けていないあなたにできますか?」
「無理です……」
「色々厳しいことを言うようですが、現地では何が起こるかわかりません。自衛隊本隊の支援も無ければ警察すらいません。大使館もありませんので。はっきり言えば人間としての権利すらありません。王族貴族が現役の封建社会で、平民には文句言うこともできません。
剣と魔法、そして魔物溢れる世界です。日本円を現地通貨に替える事もできません。盗賊も出ますし、治安も悪いです。くれぐれも言っておきますが、間違っても1人歩きなんてしないでくださいね。レイプや殺人なんて、当たり前のようにおきます。
見た事はないですが、奴隷商人なんかもいるそうです。攫われて、売られる人間なんて数が知れません。基本は全員で行動です。なるべく御要望にはお答えしたいと思いますが、頼りになるものは、我々が築いたコネと、こいつだけです」
そう言って、俺は89式自動小銃を引っ張り出した。
「あと、一応川島はついていますが、女性だけでの行動は謹んでください。理由は先ほど申し上げた通りです。現地では、本日を入れて3日滞在。基本的に迷宮都市クヌードからは出ません。移動には危険が付き物なので。我々は慣れっこですが、一般の方を連れて行くのは躊躇われるレベルです。
あと、その迷彩服をずっと着ていただきます。それは我々のトレードマークのようなもので、それを着ていればクヌードでは友好的に扱われます。敵対する者がいても、簡単には手を出してきません。
相手は我々の火力を知っているし、何よりクヌードを管理するのが探索者ギルドでありますので。我々は彼らと懇意にしています。というか、我々自身が探索者として身分証の発行を受けています。あなたと川島は身分証が無いのも、実は問題なのですが」
なんか、城戸さんが泣きそうだ。
「大丈夫よ、城戸さん。こいつは回復魔法なんて便利なものを覚えてきたのよ。手足の1本2本もげたって生きて帰ってこられるって!」
いや、その考えはどうだろう。いくら政府の人間だからって、非戦闘員にその考えを押し付けるのはどうかと思う。まあ、間違ってはいないのだが。
かなり顔色の悪くなった城戸さんを乗せて、高機動車は一路ダンジョンへと向かった。
別作品ですが、「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
も書いております。




