1-4 見知らぬ街で
俺は一応、カメラの動画モードで彼らを撮影しておいた。いい証拠になるだろう。会社では、何か異常な事態に遭遇したら映像に取るように指導されている。
彼らは最初警戒しているようで、戦闘体制を取っていた。おーい、と叫びながら手を振ってやったら警戒を解いたようで恐る恐る近づいてきた。
ハンヴィーの事を魔物の一種だと思っているのかもしれない。そう見えないこともないな。
『******』
あ、狼男さんが、なんか話しかけてきた。
相手は武装している。狼さんはゴツイ大振りな剣を持っていた。逃げようか。いや、よく考えたら俺も武装していたわ。もっと剣呑なヤツで。日本語で話しかけてみる。
「あなたあ、日本語ー、わかりますかあ」
『***?』
今度は女の子が返してきた。はい、わかりません。
無駄と知りつつ英語で話しかけてみたがやっぱり駄目で、更にスペイン語も駄目だった。
知っている限りのあちこちの国の言葉で挨拶してみた。20か国ほど試して挫折した。施設科はPKO活動で外国へ、たくさん部隊を送り出した実績がある。
その記念すべき第1号は古巣の豊川駐屯地だ。偉大な諸先輩に敬意を表して、一応嗜みとして挨拶くらいはと思って勉強したのだが無駄に終わったようだ。この子を口説くのは無理っぽい。超俺好みなのに。
『@@@』
エルフさんが車を指差して、違う言葉らしきもので何か訊いてきた。
困ったな。まあ、あんな物騒な銃座を乗っけていたら何か言われるよね。まいったな。エルフさんも、もろにストライクゾーンじゃないか。
これは、なんともならん。車とか、しまえちゃったらいいのに。そう思った途端に、いきなり目の前からハンヴィーが忽然と消えた。
「ええっ!」
ちょっとタンマ。食い物から何から積んであるんだぞ。というか、これ米軍の発注品だから代金貰い済みの商品だよ。
貰い済みというか代金は米軍が決済している。俺達は基本輸送や非武装車両の整備などしかしないんだ。俺が弁償させられる~。
「出て来い、ハンヴィー」
叫んだら、また突然出てきた。
俺は目の玉をまん丸に広げて驚いた。思わず何回も出し入れを試してみた。声に出さなくてもちゃんと出し入れは出来た。
なんていうか、「どこか」にしまってあって出してこられるような感覚だ。うまく説明できないが、世界の狭間のような場所に置き場があって、そこに物を出し入れできるような感覚だ。
世界の狭間……だと? 嫌な予感に冷や汗が、だらだらと流れる。
とりあえず、腰にホルスターつきのベルトを下げてシングルアクションの45口径ではなく9ミリ拳銃を吊るした。ここからは魔物ではなく人間を警戒する事になりそうだ。
弾丸はチャンバーに送り込んで、デコッキングレバーでハンマーは戻しておく。普通ならチャンバーは空にしておくのだが、様子がわからないので警戒する。
ダブルアクションの拳銃は、薬室に弾丸を送り込んでもハンマーを下ろしておけばワンアクションで撃てる。
シングルアクションの自動拳銃はこの状態にするのに危険が伴う。本当は45口径を持っていたいのだが断念する。自動小銃は「どこかへ」しまっておいた。
さっきの人達は俺を指差して、何か興奮したような様子で声高に話している。何を言っているのか皆目わからん。もう一度車を取り出してトレーラーを切り離し、トレーラーをしまった。
車のエンジンをかけたら、V8・6.2Lディーゼルエンジンの迫力にみんなビビっていた。ホールいっぱいにコンサートの如く響き渡った。構わず無線を使ってみたが応答無しだ。ザーッという空電の音が俺の心に虚しく響いた。スマホも圏外だった。
燃料がもったいないのでエンジンを切り、車をしまいこんだ。燃料は9割方残っているから助かったぜ。こいつは見た目よりも燃費はいい。
これは多分ダンジョン、迷宮が本来ある世界なのだろう。元々ダンジョンなんていうものは日本にはなかった。
どこかの世界からやってきた。いや、今にして思えば繋がっていたというものなのだろう。きっと、ここがその大元の世界なのだ。
米軍の侵攻作戦は、ここを目指していたのかもしれない。あいにく来ちまったのは、物資運搬係の俺なのだけれど。ただ希望はあるな。繋がっているのなら帰る道もあるだろう。
時折、ダンジョンでは不可思議な行方不明者が出るらしい。魔物と遭遇して、それでもやられてしまったたわけではなさそうなのに、そんな時に忽然と消えてしまうのだ。
憶測で色んな噂が飛び交うが、あくまで噂の域を出ない。どうやら俺もその仲間入りをしたようだ。
そいつらの中に帰還した者がいるのではないか。だから、米軍の奴らはあんなに必死なんじゃないか?
陸続きに兵力を送り込める新天地。資源に満ち溢れた、新しい世界を丸々制圧できるのかもしれないのだ。目の前の人達を見ればわかる。重武装の米軍を相手には戦えそうもない。
彼らは俺の相手を諦めて歩き出した。あー、可愛い女の子達が行ってしまった。せっかく話しかけてくれたというのに!
俺も彼らに続いて先を行く事にした。彼らのリラックスぶりからして、おそらく、ここは基本セーフティゾーンなのだろう。
そこは大広間といってもいいような場所だった。直径100メートルほどの空間か。天井は20~30メートルの緩やかなドーム状になっている。
照明があるとはいえ、薄暗いダンジョンから入り込めば、まるで天上の世界のように感じる。光の差し込むいくつかのドアのような空間をくぐったら、同じく石畳のようなものが敷かれた広い空間に出た。
そして、そこをぐるりと丈夫そうな石の壁が取り囲んで、その上に大型のクロスボウのようなものがズラリと並んでいて、それらに各々人間が詰めている。
一目で兵士とわかるスタイルだ。簡単な鎧と思われる装備に軽装の兜を被り、帯剣もしているようだ。
彼らの所作は訓練された兵士のものだとすぐに知れた。都合、直径300メートルといったあたりか。そして前方には門がある。
金属、おそらくは鉄で補強された木製で、がっしりとした作りだ。いざとなったら、それでこの広場は閉鎖されるのだろう。うん、緊急閉鎖シャッターだな。
外へ出てみたが、更に広場状態になっていて、そこから放射状に石で舗装した道路が走っていた。
そして、異国情緒溢れる町並み。これは西洋系の世界だな。
広場には、屋台だのなんだのが立ち並び、人々が笑いさざめいていた。さっきまでの、地獄のチェイスが嘘のようだ。あの魔物を警官に雇えば、もう交通違反をする連中はいなくなるんじゃないかな。
そんな考えは現実逃避というものだろう。ここは、どうやら異世界とでもいうべき世界らしい。
屋台の人は、チュニックと言えばいいような、簡易な服装をしている。気候が暖かいのか、足元も簡素なサンダルを履いている。屋台の燃料は薪を使っているようだ。美味そうな匂いをさせている。くそ、腹が減ってきたな。
このあたりにいる連中は、皆武装している。槍・剣・弓・斧・打撃武器。鎧を身につけている奴らも多い。革の服だけの奴らもいるな。
彼等はブーツっぽい足回りをしている。ローブを着た魔法使いみたいな連中もいる。魔法なんてものがあるのか?
もし、そいつらと銃でやりあったならば、無事でいられるだろうか。情報が欲しい。
だが、さっぱり言葉がわからん。単一の言葉ばかりではなさそうだ。地球で言えば英語やスペイン語やイタリア語やフランス語で、あちこちで喋っているような感じだろうか。
まずいな、ここでの通貨を持っていない。なんとかしないと飢え死にだ。手持ちの食い物はあるが、なるべく消費したくない。
理屈でなくわかるのだ。物体を『どこかの世界の狭間』に収納できる能力が何故か身についている。恐らくは俺がそこを通過したせいだ。
いわばソフトをインストールされたような感じだが、そうなるとソフトには説明が含まれている。そこでは時間の経過の無い不思議な世界。
米軍兵士が注文した調理済み食品を収納してあるが、後で出しても多分まだ暖かなままだろう。それもなんとなく理解出来る。
もう一つわかっている事がある。収納場所にしまったものは複製できる。理屈じゃなくて、この収納みたいな能力を身につけると当たり前のようにわかるらしい。
原材料になるものと、それを加工するエネルギーさえあればいいようだ。多分、それが魔力みたいなものじゃないかと思う。
見本と材料と電力を加工装置に投入する。うん、理屈には合っている。合っているけどな……。
これらの物資は、とても貴重品だ。元本の消費は避けたい。だが、あたりを見回したが助けになりそうな事は何もない。頭を抱えたくなった。
蹲った俺の前を子供達の笑い声が通り過ぎる。ふと頭を上げてみると、広場で大道芸などをやっている連中がいた。そういえば、車の中にハーモニカがあった。誰かに届けるためのものだったのか?
売買リストになかったので、うちで手配したものじゃない。うちの会社が誰かに頼まれて載せたものなんだろう。そういう事も受注に結びついていく。
俺はハーモニカを取り出して繁々と眺めると、芸をしている連中の仲間入りをする事にした。あまり煩くなくて人通りの充分な場所に陣取ると、うちの会社の帽子を地面においてハーモニカを吹き始めた。
結構こういうのは得意だったのだ。人が集まって、そこそこコインを投げてくれた。地球の曲だから珍しいだろう。
俺は礼をして、また次の曲を吹いた。10曲ほどやらせてもらって、それなりの稼ぎになった。広場で芸とかするのに許可とかいらないよな?
次回は17時更新になります。
初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。