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8-33 あの人

 子供達と至福の時間を過ごした俺達は、再びラオを積み込んで出発した。お次はあの人か。ラオとどんな対決になるのか、ちょっと楽しみだ。


 もちろん行先はクヌード探索者ギルドだ。俺達がマイクロバスを乗り付けても、職員達や冒険者達なども、もはや「おや、あいつが来たのか」くらいの扱いだった。


 これ、この異世界の田舎王国からすると凄いテクノロジーの塊なんだけどな。あと何年あったら、これが誕生するだろうか。魔法技術が便利な世界なので、そのような事は未来永劫ないかもしれないな。

 ずかずかと遠慮なくギルドに入っていったが、中の連中は目立つラオの姿にざわめいた。


「やあ、どうかしたのかい」

「どうかしたのかじゃなくて。なんだ、その派手派手な模様の魔物は」


 顔見知りのギルド職員が眉を寄せて声をかけてくる。手は剣の柄にかかっているし。もう物騒だな。こんなに可愛いのによ。


「こいつか? パイラオンを知らんのか」

「パイラオンか。確か西方の遥かな地にいる魔物ではなかったかと記憶しているのだが……うわあ」


 ラオにベロベロに顔を舐められてしまい、悲鳴を上げながら俺からタオルを投げ渡されている彼。


 おっと、また美味しいところを本命以外に持っていかれたなあ。ラオ、お前ってば、もしかしてわざとやっていないかい?


『なんだ、フロアが騒がしいな、どうした』

 お、お待ちかねの親玉さんの御登場だ。


 いつの間にか、一階のフロアへ降りてきていたらしいギルマスのスクードがいた。そしてラオを見つけて沈黙する彼。


 黙ってラオを見つめる、この迫力のギルマスの前に、珍しくラオの方がたじろいでいるようだった。


 そして、動いた。ギルマス・スクードの方が。


 うっかり逃げそこなったラオが、回した腕に首を抑え込まれ、寝技風にマウントされた。


 うっかりしていたというよりも、スクードの動きが独特の速さと間合いを持っていて、回避に迷いが生じ逡巡したためだろう。


 それはラオにしてみれば本当に些細な時間で、相手が普通の人間であるならば逃げそこなう事など絶対にない。


 まあ普通の相手なら、ラオも逡巡する事はありえないのであるが。その僅かな隙をついてイニシアティブを握ったスクード・ギュスターブ。


 一見すると、傍目には添い寝でもしているかのように優雅だが、うちの猫の方は逃れようとして後ろ足で動き回り、かなり必死だ。


 逃げようとすると上手に往なされ、上半身の動きを封じられてホールドされて身動きもままならない。


「にゃ、にゃあーっ!」

 じたばたする奴を、しっかりとホールドして楽しそうなスクード。


 日頃は、優雅にいかにも事務屋であるかのように振る舞っているが、探索者の親玉なのだ。この方に限って温いなどという事があろうはずない。


『どうした、ほれほれ。スズキ、なかなか愛い奴ではないか』


 まるで幼かった頃の自分の娘をじゃらすかのように、楽し気なスクード。


 だが、なかなかの剛腕のようだ。まさか、このパイラオンをこのような形で押さえてしまう奴がいるとは。


 ラオが抜け出そうともがくと、うまく足で態勢をずらしていき、それを許さない。必然的にぐるぐると床をゆっくり回っている。


 カマキリに抑え込まれるイモムシの如くにラオが不利だ。まるで人間対猛獣のプロレスだ。人間、圧倒的に強し。


「わあ、こいつを素手でそこまで扱える奴を初めてみたよ。あんた、やっぱり探索者なんだなあ」


『当り前のことを言うな。こいつはパイラオンか。なるほど、特徴的な模様はいかにもだな。誇り高き殺し屋パイラオン。こんな物を堂々と連れているなんて、いかにもお前らしい』


 そんな物騒な通り名があったのか。うちの可愛い猫ちゃんなのだが。奴はもう降参して、地球の人慣れした雄ライオンみたいに大人しくされるがままだった。


 顎を撫でながら楽しそうなギルマス。実に優雅な手つきだ。床に寝そべる形になってしまっているが、ちっとも粗野な感じではなく、その上品なファッションに相応しく雅趣に富む所作だ。


 抑え込むポーズもビシっと決まり、見ていて惚れ惚れする。周りの探索者達もさもありなんといった感じでそれを眺めていた。


 このギルマスも『猫好き』だったのかね。まあ、猫とは似ても似つかないのだが。こいつがにゃあんと鳴くのも俺が強引に仕込んだせいなのだから。


『あれえ、お父さん、その可愛い子はなに』

 彼の娘さんがいつの間にかやってきて、魔物とプロレス中の父親に目を丸くしていた。


『ああ、私の可愛いマリエール。この子はスズキのペットらしい。お前も可愛がってみるかい』

『わあ、それは是非とも。はあい、シャルリエッタちゃん、ごきげんよう』


「なんだよ、そのシャルリエッタちゃんって」

『ああ、昔うちで飼っていた魔物だ。なかなか可愛い奴だったぞ』


 俺は値踏みするような目で、いたずらな光を目に湛えたギルマスを見た。絶対に一般の人が触れないようなヤバイ奴を飼っていたのに違いない。


 ラオはチラっと俺の方を見たが、俺が目で頷いたので、諦めて『お嬢様』のお相手をする事にしたらしい。


 娘にバトンタッチする形でようやくスクードの鋼鉄の枷から解放されたラオ。


 しばらくギルマスを見つめていたが、すぐにマリエールの方へ向いて鼻面を寄せて、「にゃー……」と気が抜けたように鳴いた。


 飼い主の俺は別として、あんな強面の人間は初めてだったらしい。悪戯者のラオにしては、かなり焦っていたようだ。


 最近は温い奴らばかり相手をしてやりたい放題だったからな。特にあの駐屯地指令とか。


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