8-31 子供達と猫
久しぶりにクヌードへ行くので、我が家の猫も連れていく事になった。あいつらに美しい魔物パイラオンを見せてやりたかったのだ。
油断すると解体したがるかもしれんが、あいつらにも『動物』と触れ合うような時間を与えてあげたかった。
マリエールがよく面倒をみているので、お勉強の方はだいぶ進んだのだが、そういう情操教育みたいな事はまったくない。いつも血塗れなんだからな。
お蔭で暮らし向きの方だけは少し上向いてきたのだが。ハムスターあたりの小動物を与えると、おやつと勘違いしてその場で皮を剝いて焼かれそう。だが、きっとその前に。
「ハジメ~、これもしかしてカレーにした方がいいのかな」などと尋ねてくるかもしれんが、うちの連中がトラウマになる事請け合いだ。
俺はトラウマにする自信はあるぜ。スプラッターなのには、だいぶ耐性は付いたのだが、さすがにそれはな。
一生物で心の傷になりそうだ。異世界へ行かなくなる日が来たとて、ハムスターという文字や写真を見る度に思い出す羽目になるだろう。
俺達は守山駐屯地を後にして、久しぶりに『ご近所さん』へと車を飛ばした。生憎な事に全員集合とはいかなかったのだが。ちっ、あのリヤ獣どもめ。
「なあ、グラヴァスへ行ったって解決にはならないんじゃないのか?」
池田が混ぜっ返してくるが、俺は歯を剝いて答える。
「ばーか、俺が第20ダンジョンへ行くための心の区切りというか、心構えをしに行くんだよ。あの重厚で落ち着いた雰囲気の辺境伯に会えば、なんとなく俺が安心するんだからな。できればエブリン・マーリンなんかにも会いたいぜ」
それを聞いて、みんなが笑っている。そう、基本的にそのためだけに行くのだから。合田が負傷した事も伝えておきたい。
そのせいで俺達が大きく動揺している事も。彼らは自衛隊が、どういう団体なのか知らないのだ。この際だから知っておいてもらおう。自衛隊とは何か。
『ただの公務員である』
これが正解なのだ。一国の軍隊相応である。それも自衛隊というものを表す一つの側面なのだが、もし一言で言い表そうと思ったならば、これしかないと体験的に言える。
自衛隊とは、国家公務員、つまり国のお役人さんなのだ。つまり、山崎達選ばれし者の仲間達の正体とは、公務員臭がべたべたに香る国の役人、あの城戸さんの同僚なのだ。
自衛隊駐屯地に遊びに行った人が自衛官達と話したりして、公正な見方というフィルターをきちんと通してみるならば、その印象は『公務員臭がとても香ばしい人達』という一言に尽きると聞かされた。
日頃から迷彩服を着込んでいる集団なので一般の人からは勘違いされやすいのだが、『自衛官は軍人ではない』
自衛隊には軍法会議はない。理由は軍隊じゃないから。脱走罪で死罪などという事はないのだ。敵前逃亡罪そのものはない。
なんらかの処罰はあるかもしれないが、自衛隊創設以来、戦闘行動など基本的にない。不審船相手に戦争やったのも海保の連中だし、空自も威嚇射撃までいった事はあるのだろうか。
俺達が戦ったのは魔物相手にだけだ。俺達が異世界でやっている『対人戦闘』みたいなものは表向きには存在しない。裏側はわからないが、俺のような、元下っ端陸士長がそのような内幕を知っているわけがない。
自衛隊用語には『脱柵』という言葉がある。訓練、あるいは自衛隊そのものが嫌になって家などに帰ってしまう事があるのだ。そうなると、連れ戻しにいかないといけない。
大概は長期の連休明けなどに起こる現象だ。よく実家などに戻っているのだが、そのまま帰らない事もある。不名誉除隊というか、不名誉退官とでもいうか。大概は精神的なものなのだ。
連れ戻されて、一時の気の迷いだったと以前にも増して訓練に邁進して飲み会の笑い話にされるような人もいれば、『帰らぬ人』になってしまう場合もあるということだ。『還らぬ人』ではないので安心してくれ。
そんな人は少ないと思うが、特に珍しい話ではないのだ。これが軍隊だと『脱走』と呼ばれるのだ。外人部隊だと契約書を盾に死刑にされるはずだ。そういう話をグラヴァスの辺境伯にも聞いてほしい。
俺達が本当は英雄なんかじゃない、だけど戦わなくてはならない。別に特別に何かをしてくれなくてもいい、わかってくれなくたっていい。ただ話を聞いてくれるだけでいいんだ。
それだけで俺は次のステップへ進めるのだ。第20ダンジョンへ向かうという行動へ。だが池田が更に話しかけてくる。
「肇、そう深刻な顔するなよ。俺達みんな一緒さ。俺達は軍隊なんかじゃない。でもよ、この国は俺達が守らなくっちゃいけないんだ。
空自のパイロットなんかよ、みんな佐官なのに、スクランブルで上がる時には全員死を覚悟して飛ぶんだぜ。だから、あの佐官の給料をもらってるんだ。割になんか合わねえけどな。
某国なんかガンガン金をかけて最新型の機体に変えてやがる。うちのは旧型のF15、ようやくF35が来るけど代替機が来るまではまだまだF4ファントムが現役なんだぜ。
F35だって要撃機ですらねえんだ。自衛隊内の裏切り者どものお蔭で、最新の迎撃戦闘機も貰えなかった。本当にやってらんねえ。
なあ、異世界からドルクットの卵かっぱらってきて育ててよ、ロシアや某国の戦闘機にけしかけねえか?」
「池田ー。お前、この前ラオと遊んでいた時、呼んでやらなかったから拗ねてるだろ」
「わかってたら呼べよー! 異世界でもさ。俺は荷台席でもよかったんだぜ」
「ばーか。お前がいたらラオが落ち着けないだろが」
「ちぇ。今日は川島がいないから、ラオを独占できそうなのにな」
「お前は車長だろうが。今日はあまり用がねえけどさ」
「よしよし、池田君。じゃあサリアが構ってあげるよ」
「うーん、サリアちゃんもケモミミだったらなあ」
「お前、ほんっとに重症なケモナーだな」
そんな俺達を乗せて、楽しそうな佐藤の運転に揺られて俺達はクヌードへと向かった。




