8-27 お帰りなさい
「ただいまー」
夕飯の少し前に淳が帰ってきたようだ。
どうやら、ラオの頭を撫で回す権利第一号の栄冠は淳の頭上に輝いたようだ。どうせ友達とカラオケか何かで、ほっつき歩いている亜里沙が後で聞いて、さぞかし悔しがる事だろう。
「うわああ」
表から淳の悲鳴が木霊した。あ、いきなり舐め回しの洗礼を食らってしまったのか。
ラオの奴も容赦がないな。後で紹介しようと思っていたのに、あの悪戯者の猫め。もしかしたら、「お帰りなさい」のつもりなのかもしれん。
きっと淳は俺と似たような匂いがするのだろう。うちの家族の中では、あいつが一番俺に雰囲気が近い感じだろうし。
「にゃあーん、にゃああん、にゃごー」
見に行くと、座り込んだ淳に鼻面を擦り付けて甘えているラオがいた。淳もその頭を、もっしゃもっしゃと撫で回している。
「あ、兄ちゃん。この子はなあに? 異世界の大きな猫なの?」
目はキラキラとしている。まあ明らかに俺が異世界で拾ってきたというのは一目瞭然なのだが。
「あっはっは。一応、猫のロールプレーをさせている魔物だ。パイラオンといってな。迷宮の魔物なんだが、相手を認めるというか気に入ると、まあこんな感じだ。名前はラオ。一回こっちに連れてこようと思っていたんだよ。異世界も、あちこちの街へ行かないとといけないので、なかなかこいつとも遊べなくってな」
「へえ」
物怖じしない人懐っこい性格の淳なのだが、この巨大な魔物相手にここまでとは。
まあラオも剣呑な雰囲気は放っていないのだがな。むしろ、その逆だ。それに異世界の王族さえも魅了する、その美しい肢体は見る物の目を奪う。
猫といいつつ、地球のいかなる動物にも似ていない。サイズだけはアムール虎並みなのだが、何しろ色が派手だ。保護色などという物にはまったく縁がない。
迷宮魔物という物は、割と地味な色合いが多いのだが、こいつは派手派手だ。地球でこいつに匹敵する派手な色合いの生き物といえば、警告色を持つ毒蛇や熱帯魚くらいしか思い当たらないほどの派手さ加減なのだから。
体全体が黄色と赤を基調とした極彩色の毛並み、縞々模様の虎なんか、こいつに比べたら地味という他はない。またその造形も実に見事だ。格好いいという言葉は、まさにこいつのためにある。
俺がラオに関して書いたレポートは地球の富豪の間でも関心を呼んだらしくて捕獲依頼まで出ているくらいだ。もちろん、断ったけど。
彼らは迷宮で生き、そして迷宮で死んでいく生き物なのだから。それが自然の姿なのだ。そして、そのレインボー尻尾ときた日には、究極に人の目を奪う。
「可愛いなあ。それに格好いいや。ねえ、お兄ちゃん。この子、うちで飼うの?」
「さすがに、ずっと置いておくのは辛いな。それに向こうでこいつを待っている奴もいてなあ」
おお、バネッサの事をすっかり忘れていたぜ。絶対に怒り狂っているぞ。今度会ったら、「もう二度とラオは連れていかせない!」とか言いそうだな。
さて、何で機嫌を取ったものかなあ。下心もしっかりと添えて。俺の思考を読んだものか、ラオがおかしそうに体を震わせている。
「へえ、そいつは残念。ねえ、この子って乗れないのかな」
「別に乗ってもいいぞ。ラオ、乗せてやってくれ」
そしてペタンっと体を地面まで落とすラオの上に嬉々として跨る淳。そして立ち上がるラオに淳がはしゃぎまわった。
「うわあ、これは凄いや」
こいつも体付きだけは我が家の男に相応しく大きいが、年相応に目を輝かせている。
よしよし、それでこそ鈴木家の男だぜ。そして、後ろでパサっと何かが落ちる音がした。ハンドバッグか何かだろう。もちろん、誰かはわかっているので振り向かずに言った。
「お帰り、亜里沙。友達を連れてきたのかい?」
もちろん、ファクラの力を用いての話なのだが。まあ、大体今の時間にうちへ今来る奴は確率的に言ってこいつなのだが、郵便配達のおじさんという可能性も捨てがたい。
「わあい、お兄さん。その子は~」
おっと猫好きなお客さんがいたようだ。一応、女の子の顔は舐めないように言ってはあるのだが。
化粧の味が好きじゃないのか、ラオも女の顔は舐めないのだ。バネッサは化粧をしていない。もしかしてラオに舐められたいからとか?
いや違う、あいつは探索者だからな。それでいて、あれだけ美人なんだから堪らんわけなのだが。
「俺の可愛い猫さ。君も乗ってみるかい?」
そして、ラオは戻ってきて淳を降ろすと、その子を亜里沙と一緒に乗せて庭を周回し始めた。
うちの庭は親戚集めてバーベキューできるほど広いが、ここは競馬場のパドックではないので、さすがにこういう真似をするには狭い。
女の子達は亜里沙を入れて4人、またホームバーで楽しくカラオケでもしたいんだろう。うちのスーパーヨットの利用率が一番高いのもこいつらなんだしなあ。本日はパイラオンの利用率も高くなっているようだったが。




