8-24 マイペットお披露目
「鈴木さんっ、そいつは一体なんですか?」
「ああ、これは『うちの猫』ですが、それが何か」
「嘘吐けっ、鈴木。誰が魔物をこの司令部に連れ込んでいいなんて言った!」
「え? ここの師団長だけど」
「なにいいっ!」
それを聞いて目を白黒させる顔見知りの隊員。向こうからはジープタイプが一台と高機動車が各一台、高らかにエンジンを唸らせて『息せき切って』走ってくるのが見える。
あれの乗員は武装しているはずだ。各四名ってところかなあ。昔はそんなに駆けつけなかったけど、ダンジョン魔物がこの世界に現れた時から、こんなものだ。
各車一名は分隊支援火器であるミニミ、しかも同じくダンジョン騒ぎ以降に導入された7.62ミリの奴を抱えているはずだ。体格のいい奴が担当になると相場が決まっているのだ。
『門番』が知らせたのだろうな。
俺はコースターバンを降りると、後ろの扉を開けて『猫』を開放した。奴はのっそりと現れて大欠伸を一つして、いかにも猫っぽく伸びをした。こういう仕草が、図体に似合わずに凄く可愛いんだよな。
「ちょっ、鈴木~」
そして、うちの悪戯っ子は、そいつ(非武装隊員、正確には弾の入っていない銃を持った奴)にのそっと近寄ると、べろーんと舐めた。
そして、その後は大きめの舌で顔中を思いっきりベロベロと遠慮なく舐め回した。
「う、う、うわーー」
そして間を置かずにもう一人の隊員も、逃げる間もなく、あえなく餌食になった。
「ぐはあ、やられた~。うわあ、生臭い!」
「ふふ。第一号は師団長にする予定だったのによ。もう、お前らったら美味しいところ持っていき過ぎだぜ。師団長が嫉妬するんじゃないか?」
「ふざけるな、このとっくに退官野郎があ」
タイヤを鳴らし、急ぎ駆けつけた警備隊の面々は、そいつらに叫んだ。
「おい、どうした」
「そこの魔物がっ!」
「魔物が⁉」
「どうしたっ!」
「あ、えーと……顔中舐められちまって……その、非常に生臭い」
そいつらの、なんとも言えないような尻下がりの苦しい報告に、警備隊の連中は構えた八九式自動小銃をハイポートの訓練のように両手で体の前に掲げ、これ以上はないような間抜けな顔を八人前晒していた。
そこには、うちの子が腹を見せて転がり、コンクリートの地面で背中をかきまくっていたからだ。
「なあ、ラオ。そろそろ行こうぜ。師団長も待っているし、そこにお客さんがいるんだからさ」
そして、奴はチラっと警備隊の連中に悪戯そうな目をやってドキっとさせてから、奴らににじり寄る振りをしつつ、ゆっくりと大回りに車内へ戻っていった。
銃を構えたまま、ドキドキしている隊員を尻目にトントンっという感じに車内へ潜り込んで、満足そうに蹲っている。車内の方々は、そののんびりしたような様子に呆れているようだった。
戻って気楽に「お待たせしました、皆さん」などという俺に、さっきの女性が言った。
「ねえ。後で、あの子撫でさせてもらってもいいかしら」
「ええ、なんでしたら、今からでも結構ですよ」
「さすがに飼い主さんと一緒でないと怖いんですけど」
「奴はそうでもなさそうですよ」
そして、彼女がハッとすると、奴は鼻面を寄せていた。そして。
「にゃあ~ん」
「やだ、可愛い」
「よく仕込んであるでしょう」
「さっきのも仕込みなんですか?」
彼女はラオの鼻面を一生懸命、それはもう一生懸命に撫でながら、そんな事を聞いてくる。
「やだなあ、人聞きの悪い。呼吸ですよ、阿吽の呼吸」
「そうねー、飼い主さんに似ちゃったんですねえ」
「はっはっは」
そうする間にも、ラオは彼女の長めの髪の毛を、鼻面で梳くようにしている。今日はこの人が紅一点なのだが、他の野郎には見向きもしないラオ。
「あー、ちょっと気持ちいいなあ」
彼女はそう言いながら目を細めていた。
「ああ、多分、向こうで預けている女がそういう事をさせているんでしょう。冒険者なんですがね、一応王女様で子供の頃、そのパイラオンという魔物を抱き枕にしていたらしくて。その子もよく懐いていますから。
パイラオンは美しい魔物で、好んで飼いたがる人もいますが、気高い魔物なので、なかなか懐かないらしくて。王族のボディガードとして飼われる事もあるそうです。
ただし、飼い主がそいつを仕留められるくらいの腕があって、なおかつ世界で何よりもパイラオンが好きっていう特殊な飼い主じゃないと懐かないらしいですけどね」
少なくとも、バネッサはその条件に十二分に当て嵌まる奴なのだが。俺の場合はまあ、あれだ。選ばれし者だから? まあ、こいつの事は大好きなんだけどな。
「パイラオン。素敵な名前ね~。ラーちゃん」
「ナアアー」
おい、勝手な名前付けるなって。しかも本人が可愛く返事してるし。まあいいんだけどね。




