表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
213/232

8-15 心の在り処

 一旦、合田を病室に置いて司令部に行く事にした。バタバタしていたので、師団長にも、まだ顔を合わせていない。


 ここは特別な施設なので、彼もここまでは来ない。米軍は同盟国の友軍なのだし、大問題が発生したのだから来てもいいのだが。


 ダンジョン発生の時にアメリカと日本がだいぶガタガタした経緯があったので、偉いさんはダンジョンの現場にあまり顔を出さないような無言の約束というか、そういう空気もあるのだ。


 今は非常事態であるのだから、そういうのもあまり良くないのだろうが、自衛隊も役所であり公務員なのであるから、あまり勝手な事はできないのだ。その辺の事情は俺とは立場がまるで異なる。


「サリア、俺は一度守山に顔を出しに行くが、お前はどうする?」

 サリアは手で椅子を抑え、足を「んーっ」といながら伸ばすと、年相応に可愛い感じに座り直した。


「ここにいるよ。ハジメはサリアを連れていってくれると言った。だから信じて、今は合田にリンゴを剝いてあげるの」


 そう言って、今はいつもの様子に戻り、普通の子相応に笑うサリア。先ほどの取り乱した様子は欠片も見られない。


 少し大人びたところと子供っぽいところが同居するような子なのだが、《自分の使命》に関する話では大きく感情を乱す部分もあるようだ。あのように泣き叫ぶのは初めてなのだが。


「そうか。わかった。じゃあ川島、頼んだぜ」

 俺は、そっと川島に目配せをした。合田だけではなく、サリアも見ておいてほしい。


「わかってるわよ」と言いたそうに笑顔を返してくれる川島。こんな風に頼りになる仲間がいるから、俺も気持ち的に負担が軽い。


 まあ、こっちではこいつの腕っぷしに頼るシーンはないのだが。某国の奴等も特に手を出してきたりはしないのだから。


 入用であれば、川島のアイテムボックスに物騒な装備はいくらでも入っているのだし。俺にとっては業腹な事なのだが、少なくとも射撃の腕だけは奴の方が上なのだ。


「もちろん! ふっふ。この川島様がナイチンゲールしてあげてるんだから感謝しなさいよ、合田~」


「ちぇっ。まあいいんだけどな。評判の美人WACに看護してもらえて、ありがたくて涙がちょちょ切れるよ」


 だが俺は知っている。合田はもっと、おしとやかな女が好きなのだ。こいつは意外と古風なんだよなあ。


 まあ川島も面とスタイルだけはいいから、どこに行っても評判なのは否めないのだが。それでいて、あの性格だから女にも嫌われない、どこに行っても立ち回りのいいやつだ。


 今回みたいに、いきなり所属の変更があっても誰とでもすぐに仲良くなり、メンタル的に任務の質を落とさないからな。ある意味で非常に優秀な人材であったりもするのだ。


 それから守山に顔を出して、師団長に挨拶をしに守山に向かった。考え事をしながら行きたいので公共交通機関を利用したが、俺の顔色は当然冴えない。


 なんというか、今はサリアの性格と笑顔に救われている。実際、そんなところなのだ。そして、あの子についても、そのうちにしっかりと話をしないといけないだろう。だが、あの子にとってもデリケートな話だし、慎重に扱うとしよう。


 城戸さんは、まだ東京から帰ってきていない。また難しいような厄介なお土産を持って帰ってこなければいいのだが。


 政府筋の連中の中には、うちの部隊から重傷者が出たのを快く思わない奴らもいるだろう。《あっち側》の人間も多い事だろうしな。国民の一人として非常に恥ずかしい事だが、どこの国にもありがちな事だ。


 窓から流れる景色や地下鉄の壁に心を預け、乗り換えの雑踏に身を任せながら、俺は埒もない事を考えながら、ただ移動していた。車だったら、ほぼ確実に事故っているレベルだ。


「こんにちは、師団長。すみません、へたを打ってしまいました。いやあ、参りました。まさか、あそこまで大掛かりな待ち伏せを食らうとは思ってもいませんでした。合田が生き残れて本当によかったです」


 そんな俺の情けない声を、今日もパリっとして泰然とした様子の師団長が出迎えてくれた。


「そうか。全員無事で何よりだ。あまり無理はするな。鈴木、民間人のお前に無理をさせて自衛隊としても申し訳ないと思っている。だが、私には頑張ってくれとしか言えん」


 俺も不思議と笑みを浮かべて、冴えない顔色を僅かに彩ってみせた。こういう人が相手だと、こんな時でも比較的自然に笑みが浮かんでくるから人間とは不思議なものだ。


 これが、霞が関の馬鹿どもが居丈高に声高で何か言ってきたというのなら、今ならあの遊園地の時のように、魔王のように嗤って、その場で蜂の巣にしてやれる自信がある。


 連中もその自覚があるから、自らはやってこないのだろうが。そのために城戸さんがいるのだから。こういう時に、ああいう《保護者のおばさん》がいてくれると気が楽なんだが。早く帰ってこいよ、お母さん。


「ええ、お気遣い、大変ありがとうございます。でも、そんな事を言う時間は……もう、とっくの昔に終わってしまっているんですよ。俺はどうやら選ばれし者という奴なのらしいですし、頑張らないと俺の家も無くなってしまうし、家族も守れないでしょう」


 そして、それ以外の、両世界に跨る俺の愛したものすべてが。無くなってしまう。ある日突然に、何の謂れもなく。今まで互いに争っていた勢力も、何もかもがいなくなる。


 食われて。戦う術も持たない人達も、ただ食われて消える。恐怖という言葉で全身の細胞を満たしながら、人生の最期をそいつで彩りながら。


 師団長も頷いて、こう言ってくれた。

「補充の人員はいるか?」


 彼も、俺の答えは半ばわかっていたようだが、それでも訊いてくれた。元部下を労わるような心を乗せて。


「いえ、それはよした方がいいでしょう。今まで異世界から帰還した人達は、特殊な能力は帯びていなかった。異世界側の人達でさえ収納なんかを持っていたのに。


 山崎達は選ばれし者の仲間として認められた者なのでしょう。おそらく、他の連中は連れていってもらう事すらできないのではないかと。


 俺が心から信頼する者、仲間として認めた者のみなのでしょう。あの鈴木杏も、おそらくは。彼女もまた使命を帯びて、今あの世界にいます。だから、あの迷宮神使達はあの子の送迎を請け負ってくれたのだし」


 それを聞いた師団長は軽く口の端に微笑みを寄せて、短く「そうか」とだけ応えを返した。


「あと、近隣の第20ダンジョンは行ってきたいですね。あのような待ち伏せが他の場所でもあるのかどうか、確認したいので。まだ心のもやもやが晴れませんので、すっきりさせておきたいと思います。


 今回は、用心していきますよ。最初から戦争するつもりで行きますので。前回は戦闘態勢を取る事さえ難しい出だしで、完全に受けに回ってしまった。今度はそうはいきません。選ばれし者の実力を見せてやりましょう。


 合田は近くの病院に搬送する予定です。今日も回復魔法はかけてきましたので、先方の医者の判断待ちです。あそこの方が融通も利いて、戦傷者には手厚いですから。そうしたら見舞いに行ってやってください」


 それを聞いて、師団長も黙って頷いてくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ