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8-13 事後対策

「それで、その合田君の具合はどうなんだい」

 起き抜けにお袋からそう訊かれて、なんとも言い難かったが、俺は努めて明るく答えた。


 昨日は遅く帰って、簡単に話をしただけだった。俺は相当に酷い顔をしていたように思う。


「あ、ああ。なんとか命に別状はなかったよ。結構酷い怪我だったんだけど」

 それを聞いて、少し難しい顔をするお袋。


 無理もない。自分の子供が危ない真似をしているのを嬉しく思う母親はいない。だが、こう言ってくれた。


「そうかい、よかったねえ。今日も見舞いに行くのかい」

「ああ、治療も兼ねてね」


 何も言わなくてもわかってくれているのが嬉しかった。そう、俺があの世界に行かないわけにはいかないのだ。この異世界の問題は、もう俺一人の問題ではないのだ。だが、お袋もその心中は複雑だろう。俺も、もう自衛官ではないのだしな。


 俺はとりあえず、今度ああいう戦闘になった時のための装備を追加する事にした。防御を中心としたものだ。特注装備になるだろう。


 前に発注した装備も届いていないし。あれはまだ米軍でもプロトタイプの域を出ていないからな。だが、こうなると早急に欲しい。


 あと、もっと手っ取り早い攻撃装備もほしい。あの状態で、迫撃砲やロケット砲でも敵を殲滅できなかった。あそこまで近い距離だと、あまり強力な兵器を使うと、こっちも巻き添えになるのもあったが。


 とりあえず今日は師団長には連絡をして、合田の負傷と敵の待ち伏せ、そして異世界行きが一旦とん挫した事を告げる。山崎からは報告があったと思うのだが、俺からも話しておきたかった。


「そうか、わかった。無理はするな。何度も言うが、お前がやられてしまってはどうしようもないのだ。それと、しばらく合田につくのだな」


「ええ、とにかく酷い怪我でした。多分、回復魔法を使えば元の体には戻ると思いますが、奴にとっても少しきつい経験になったでしょう」


「それがいい。お前達も少し休め。他の連中も体を動かしていた方がいいだろうから、訓練の方に回しておこう」


 合田は精神的には比較的タフな奴だったが、それでもきつかろう。事故や訓練中に亡くなる隊員がいないわけではない。だが、自衛隊もあんな形で怪我を負う事を想定して、訓練をやってきてはいないのだ。


 厳しいのは奴だけでなく、俺や山崎、そして他の連中にとってもだ。特に山崎は堪えたようだし。あと、サリアの問題がある。


 もう政府の命令で来ている城戸さんとその世話係の川島は仕方がないとして、サリアはな。あと、杏についてもアレイラでもう一度警護を確認して、不穏な情報についても気をつけてもらわねばならない。


 でも杏には頑張ってほしい事情もある。また装備で金が飛んでいきそうな按配だし、金稼ぎまでなかなか手が回らない状況だ。


 エバートソン中将とも早く話をしにいかないといけないが、とりあえずは合田だ。あと、もうすぐグニガムへ行かないといけない時分だ。へたすると、既に日本人が保護されている可能性もあるのだ。


 いくらかの資金は渡してきたので、彼らの面倒はギルドで見てくれているはずだが。とりあえずは俺だけで行ってこよう。もうなるようにしかならないし、自分だけで少し動いておくしかない。


 今回の件で全員が動揺し、心に深い傷を負った。だが、俺達は行かないといけない。もう「異世界は怖い所だから行きたくない」は通用しない。


 調査と、必要なら「対処」が求められているのだ。この世界にゴーギー(蝗)を招いてはいけない。向こうの世界にも湧かせたくはない。


 だが、もうそれらの危機は、二つの世界を運命共同体としている。亡ぶなら共に亡ぶしかない。できれば、そうでない道を行きたいものだ。両世界の俺が愛する人たちのために。


 俺はサリアを連れて、車を飛ばしてブラックジャックへ向かった。助手席にいるサリアは窓の外を見るのに夢中だ。


「見て見て、ハジメ。あれ何かな」

「んー、どれだ」

「あー、もう見えなくなっちゃった」


 まだ、この子が立ち直り早くて助かった。あの時、女性陣は血まみれで大変な状態だった。激しい戦闘もあったのだ。向こう側の死者の数は半端なものではあるまい。


 子供なんて、凄いショックを受けてしまったはずなのだが。単に異世界人だからと片付けてしまっていいものではない。


 向こうに生きる人達も、皆、普通の心を持った人達であったのだ。何か、この子が抱えているらしい事情と関係があるのかもしれない。この子の母親が巫女であったのと何か関係があるのではないだろうか。


 米軍駐屯地へ着き、サリアは手土産のリンゴを持って病室に向かうと、もう川島が来ていた。


「おはよう、鈴木。サリアちゃんも、おはよう」

「おはよう、カワシマ。それに合田もー」


「おはよう、二人とも」

「ああ、おはよう。世話をかけたな」


 そこには、少しぎこちなくベッドの上で半身を起こして笑顔を向けてくれるパジャマ姿の合田がいた。


 傍にはリラックスした姿勢の川島がパイプ椅子に座っていた。今日は制服ではない。自衛隊病院でもないので大仰だからと、師団長がやめさせたらしい。


 それに、合田の気分的にもよくないだろう。川島は清楚なブラウスと膝丈くらいのスカートにしていた。その方が怪我人も落ち着くのだろう。


「元気で何よりだ。まだ痛むか」

「ははは。いや、何を言っているんだ。昨日の今日だぜ。それは痛いさ。でも死にかけてから驚異の回復だ。ありえないよ」


「ああ、もう駄目かと思ったぜ。今日も治療するぞ。一般の病院じゃ、おおっぴらにやれないからな」


 本来であれば、民間の無資格医療は法律違反だからな。俺の場合は治外法権でゴリ押しできない事もないが、回復魔法なんてもの自体を一般社会が受け付けないのだから。


 ここは米軍の管轄だから細かい事は言われないのだが。ここまできといて、そんな事は今更だしね。


「あらあら、サリアちゃん、お見舞いがまたリンゴなの?」

 思いっきり、笑顔で頷くサリア。


「でも、まだ食事の許可は出ないわ。腸をズタズタにやられたからね。今日の鈴木の回復魔法次第よ」

「残念、じゃあサリアが代わりに食べてあげる」


 物を食えない病人の前じゃ、それはなあ。だが当の本人である合田も含めて、みんな天真爛漫なサリアの様子に思わず微笑むのだった。


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