8-12 傷心
ここは第21ダンジョン米軍地上駐屯地ブラックジャックの医療施設だ。ダンジョン内で負傷した兵士たちのために、それなりの施設が整えられている。
主に外科治療が多いため、輸血用の血液も十分に用意されている。必要なら駐屯地の兵士からの提供も受けられる。合田はなんとか命を取り留めて、今はベッドの上で寝息を立てている。
自分たちがやっている事がいかに危険な事か。わかっているつもりでいたのだが、実際にはまったく理解できていなかったのだ。
俺が向こうにいた時は必死だった。魔物やならず者と戦闘に入り、必死で切り抜けてきた。地球に戻れた時には、かなりの武装も手に入れ、仲間も一緒になったので気が大きくなっていたのかもしれない。
誰が何を言おうが、あそこは、異世界は最前線だ。ある意味で自衛隊の最前線と言ってもいい。ダンジョンが日本に現れたころは別として、訓練以外で一番実弾の弾をバラまいている自覚はある。
向こうの世界は、治安のいい日本や、その他の大概の外国などから見ても、かなりマズイところだ。それもところによる。
クヌードでは、それなりの顔だったし、マルシェやアレイラでは王族の全面協力も得られ順調だった。地元騎士団との合同作戦すらこなした。比較的、安全な形で任務を遂行できる恵まれた環境があったのだ。
言葉はなんとか通じ、文字も解析が進みつつある。だが、やはりあれは異世界なのだ。体が異常に頑丈らしい俺はともかく、他の人間は生身で魔法すら使えない。
女子供さえメンバーにいる。自衛隊本体なら、絶対に許されないだろう。子供は、少年兵を使うほどやさぐれた国は別として、まともな国ならどこの国でも論外だが。
自衛隊では米軍とは考えが異なり、女性は隊員であると共に、また国家や国民を支えてくれる大切な《母体》でもあるという考えだ。
だから女性は直接戦闘部署には配置されない。差別ではない。もちろん、体力作りに行軍や射撃訓練などは厳しく行う。川島みたいな奴も中にはいるしな。
俺達は油断していたのだ。それが、この事態を招いてしまった。あの時、異様な雰囲気は感じていた。だが、俺達は前に進んでしまった。
山崎は、自衛隊メンバーの指揮官として、自分は判断を誤ったと感じているようだ。俺も撤退の意思を表明したりもした。
だが、あの場合は調べないわけにはいかなかった。何のために行ったのかわからなくなる。この部隊は、元々、俺が手伝いを欲しくて編成したが、彼らは自衛官であり国家公務員だ。そして、政府はこの危機に常に情報を欲しがっている。
山崎は今回の件について、詳細な報告書を出さないといけないだろう。俺も協力しないといけない。山崎は合田の様態が快方に向かったのを見届けてから、先に皆を連れて帰還している。
川島とサリアは看護のために残った。城戸さんも、上司に報告しないといけないので帰った。東京まで行くようだ。
当分、異世界行きはないと言っておいたし。今回の件で、俺達の異世界における活動に遅滞がみられる、その事について自衛隊及び政府の間でも議論となるのに違いない。
特に政府においては、問題になるかもしれない。この機に政府の息のかかった人員の補充をと言ってくるかもしれないが、俺の仲間じゃない奴は魔物が一緒に連れていってくれない可能性がある。
「ハジメ、はい、リンゴ」
そう言って、サリアがリンゴを剝いて差し出してくれる。サリアが、「合田が起きたら食べさせよう」と言って、籠いっぱい置いてあるのだ。サリアはリンゴが大好きだ。
向こうでも似たような果実があり、それが好きらしい。高価なので、なかなか食べられなかったとか。結構、剝いた本人が食べていたのは、ご愛敬だ。
「ありがとうよ、サリア」
俺も、サリアの笑顔を見て少し元気が出てきた。この子も、ずっと厳しい顔をしていたのだ。
この駐屯地の責任者、ジョンソン大佐も顔を出してくれた。
「命に別条がなくてよかった。魔法槍での奇襲か。案外と、隣にいた君を狙っての一撃だったのかもしれんな。まあ全員、無事に帰れてよかった」
それも、おおいに有り得るな。油断したところを、無音俊足の魔法槍での狙撃か。もし、俺が倒されていたら、あの場で全滅も有り得たな。
俺は、この落ち着いた医療施設で合田に回復魔法をかける。回復魔法は、体がついていかないので、一度に強力にかける事はできない。
あの怪我では死んでしまうかもしれないと思ったが、ここで速やかに外科治療と輸血を受けられてよかった。回復魔法の効果もあったので、回復は比較的順調にいったのだ。
ここへ着くまでに死んでしまっていても不思議はなかったのだ。ここは魔物にやられた人間の治療を主にするところだからな。掠り傷などは下で治療するので、ここに来るのは比較的重症な人間だ。
俺も治療しながら、眠っている合田の顔を覗きつつ、非常に浮かない顔をしている。医者の話だと危ないところだった。あの状態で助かったのは奇跡だと言う。
「処置が早かった。魔法とは凄いものだ」
医者はそう言っていたが、本当にそうだ。ぎりぎりだった。
今まで異世界を甘く見てきたところがある。まさか、こんな待ち伏せを食らうとは。でも様子はおかしかったのだから、戻るべきだったと、俺自身は反省している。
だが、さすがにあれは予想外だった。奴等はどうやって俺達が来るのを知っていたのか。人払いまでされていた。その間のダンジョンの上りはどうしていたのか。それも、19ダンジョンへ調べにいきたいのだが、やめておこう。
まだ何かヤバイのかもしれん。俺達が現れたので、また見張っているかもしれない。当分、あそこは鬼門だな。
とりあえず合田についていることにする。回復魔法があれば、前と変わらない体に回復するはずだ。しばらく異世界行きは無しだな。
いやアレイラには行かないといけないか。それも、皆や師団長なんかにも相談だな。今は帰って家族と話したい。そんな気持ちだ。




