8-7 宴
さすがに王族が開く宴は豪勢で、杏親子は度肝を抜かれたようだ。俺なんかは、かなり慣れちゃったけどね。
一応、これでも地球では大富豪で、スーパーヨットなども所有しているのだ。だが、身内っぽく王族と会食するのも、また楽しいものだ。夜は国王様もきてくれた。
「そうか、地球の娘が駐在してくれるとな。ありがたい事だ。各方面から煩く言われておってな。エルリオット、しっかりと世話をするように」
「わかっております、父上」
こうして国王に敬意を表す態度を見ていると、こいつも王太子なのだなという感慨が沸いて来る。日頃があれだからな。
そして、この場には初めて見る顔が一つあった。なんとなくアルメイーラと似たような顔立ちだ。この国の人とは、なんとなく服装が違う感じだ。それでも隠せない気品。
この場にいるのだから、それなりの立場であるのに違いない。もしかして。俺がそう思ったのを感じたか、その彼と目が合った時に会釈して、自分から自己紹介をしてくれる。
『こんにちは、選ばれし者よ。私は、そこのアルメイーラの父、アラスハイトムの国王、サラメルです』
おっと、第三の国王、第四国目の王族の登場か。いや第四国目の王族はアルメイーラ王女がいたんだった。アメリカのホワイトハウスの晩餐会で、一般人の俺が日本や英国などのトップと挨拶するようなもんだな。
『初めまして。鈴木肇です』
向こうは念話を使ってくれているが、一応こっちも念話を使っておく。そして、もう一人。
『サリアだよ。お隣の国王陛下、こんにちは』
『はっはっは。こんにちは。その子は?』
『ああ、俺の妹のような者です。おそらくは、俺のような選ばれし者と運命を共にする、そういう人間です』
『それは……』
彼もグラヴァス辺境伯と同じで、サリアの事を知ると、少し顔を曇らせた。
なんというのだろうか。憐憫といったらいいのだろうか。そういう物を瞳の奥に奔らせて。
『あの、この子が何か?』
『いや、なんでもない。サリアよ、兄者をよく助けてあげておくれ。頼んだよ』
そう言って彼は、何故か強い慈しみの表情をサリアに向けた。
『任せて、王様。運命は、サリアとハジメを引き合わせた。私は神殿のサリア、巫女として使命を果たすの』
それを聞いて、何度も頷く隣国の王。なんなのだろうか。漠然とした不安は拭いきれないが、少なくとも、このエルスカイム王国の強力な同盟国の国王たる人物も、俺やサリアに悪い気持ちを持っている訳では無いようなので、よしとするか。
ふと気がついて訊いてみた。
『お隣のアラスハイトム王国は、言語はどうなっておりますか? このエルスカイム王国と同じでしょうか。念話を使っているので今一つわかりにくいのですが』
『ああ、主に両国は同じ人種が多く住んでいてね。基本言語は同じ物だよ。ただし、細かいところでは異なる部分も多いのだが、まあほぼ全土で共通語として使われているよ。
このマテリス大陸では半分ほどの土地で通じるだろう。大陸共通語といってもよい。ただし、国内でも通じない土地も少なくはないが、話す者はどこの土地にもおるだろう』
そうか、あれだな。英語と米語、ポルトガル語とブラジル語、南北朝鮮語のような感じだろうか。
分断が長く続いた南北朝鮮では二割くらいが異なると聞いたが、この交流がよく行なわれる国同士では差異は少ないのかもしれない。だが国土が広いので、国の端同士だと通じない事もあるだろうなあ。
「よかったな、合田。新言語は登場しなかったぞ」
「ううっ、助かった~」
その会話を聞き咎めたサラメル陛下が尋ねてきた。
『そちらの男は?』
『あはは。彼は、我々の部隊で情報分析を担当しているのです。非常に頭の良い男なのですが、何故か念話がマスター出来ていなくてねえ』
『わっはっは。それは大変だ。どこの国でも、言葉の問題は大変なものだが。世界を跨げば、その苦労もまた容易ならざるものよのう』
『まさに、それですね。違うダンジョンに入っていくと、何故かこの世界では遠く離れてしまいますので、容赦なく新言語登場ですから。このアレイラを擁するマテリアが比較的言語については負担が少ないのはありがたいですね。貨幣もかなり共通で使えそうだ』
『そうさの、少なくとも我が国とエルスカイムでは、そのような感じで問題あるまいよ。経済もエルスカイムの方が優勢ではあるが、貨幣の価値は問題ないように合わせておる。今のところ、問題になった事は無い』
なんていうか、カナダドルと米ドルみたいな感じでやっているのかと思ったら、米ドルだけでやっている感じなのか。
これが、経済力があまりかけ離れてしまっていると、ユーロのような問題を引き起こすが、ここはそう問題がないようだ。どちらかが没落してしまえば問題だが、統一通貨を使っているわけではないので、多分問題にはなるまい。
実を言うと、貨幣は趣味でコレクションしているのだ。年代別に分けて、今はこの世界でも使っていない物まで持っている。
そういう物は、地球と同じで古物商のような店で取り扱っているのだ。この世界でも現存している数が少なく価値がある古い貨幣などは、地球の富豪にとっても垂涎の的だ。
俺は彼らを騙したりはしないし、彼らも見れば多分わかってしまう。どいつもこいつも、金の価値はよくわかっている男達なのだから。
「新しい貨幣が入荷したら必ず知らせろ。他の物も高く買ってやろう」
そんな涎は出そうな、美味しいセット販売を客から言ってもらえたりするのだ。
既に、コイン関係の業者などが『商品リスト』などを作ってしまっている。金をかけたカタログなどもあるのだ。もちろん、彼らにも便宜を図って、現用通貨の貨幣などは回してあるのだ。
一般人でも、珍しい異世界の物という事で、コイン集めの趣味に目覚める人がいるくらいなのだ。普通に、そういうショップの店先に飾ってあったりするしね。
特に、俺の地元である名古屋の店なんかには、東京にもない品を流してあるため、全国から遊びがてら見にくる人もいる。
銀貨や銅貨なども安くおいてあるし。こちらの通貨も、その国の許可を貰って、異世界の古物商に流したりしている。こちらの通貨は、加工が精密だから喜ばれている。
俺は、大国の王達に、王国の古い貨幣の話などを訊き、合田が熱心に記録していた。貨幣は、歴史と大きく関わってくるからな。




