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8-4 必死な面々

『ああ、わかった、わかった。わかりましたって。どうだ、娘。アンとか言ったな。こちらで、そこの飛び回っている奴に代わって商売してくれないか。なんというか、何故だか知らないのだが、いきなり私がピンチになってしまっている』


 身内の女性達に囲まれて、思う様に攻め立てられている、この世界一の大国エルスカイム王国の跡継ぎ。


 少々の魔物の攻撃など、鼻で笑って軽々仕留める探索者王子の端正な顔も、この攻撃にはたじたじだ。そして、肝心の杏は、その王族達を前にして冷や汗をだらだらと流している。


「あ、あうう。お、お話をお受けしたいのは山々なのですが、せっかくここまで学業を続けましたので、なんとか卒業しておかねばならないのですが。その、こちらで行方不明になっていた期間が長くてですね。その、論文の方も進んでいなくって」


 さては結構、卒論を後回しにしていたのだな? かなり焦ってる様子だ。まあ、その気持ちはわからんではないが。


 俺なんか、毎日パッパッと報告書は仕上げてしまう。なんというか、自衛隊式に簡素なものだ。今は自衛隊の用語さえ使わないので、書き散らすといった方が正しいが。


 それでも手早く情報が回った方がいいので、そう文句は言われていない。そして、この王太子め。いけしゃあしゃあと、こんな事を言い出し始めた。


『お前は一体、何を言っているんだ? 【日本国並びにエルスカイム王国の両国政府が正式に承認する異世界留学】を無事に終えたのであろう?


 学校の方は何も問題は無いぞ。あとは、こっちで仕事しながら卒論とやらを書けばいいだけじゃないか。なあ、城戸さん』


 いきなり話を振られて顔色一つ変えずに頷く城戸さん。そして唐突な彼の発言を聞いて、ええっ、というような顔で目を剥いた杏。随分と強引な奴だなあ。城戸さんも大概だし。しかも、まだまだ続く駄目押し。


『ああ、そうだった、そうだった。ついでに言うなら、その留学の条件として、卒業してからは我が国で勤労してもらう義務があるのだった。


 ああ、無論、住居や世話係はきちんと用意し、警護もしっかりと騎士団が行なう。ああ、メイレア。しばらくは、彼女の警護を担当してくれ』


『かしこまりました、王太子殿下。よろしくね、杏さん。ちなみに私は、あの牛丼の味が未だに忘れられません』


 さっそく顔見知りの女騎士を警護につけられてしまった杏。既に、彼女からも何か催促が入っていたし。


 彼女も、いきなり振られてしまった仕事における役得は、しっかりと享受する構えのようだ。あの女騎士、遠慮しない性格なのは、わかっていたのだが。


「えーと、大変ありがたいお話なのですけれども、そちらの言い分をうちの大学が認めてくださるとは、とても思えないのですが。国交だって無い国なのですし。大学は一応、国立大学です」


「あら、そうだったかしら」

 とか言いながら不思議だわとでも言うような表情をして、杏の顔を覗きこむ城戸女史。


 自分の仕事を進める上で、すっとぼけて杏にも仕事を押し付けようという腹らしい。


 場合によっては、日本滅亡、いや延いては世界の安全保障に関わりかねない本件において、現地通貨の調達を自力でやらねばならないのに腹を据えかねているようだ。


 日本国内の費用さえ、俺が全部出しているのだから。この大国エルスカイムでの資金調達が円滑に潤滑するのは、彼女にとっては渡りに船であった。よって、またまた強硬手段に出る姐御。


「まあ、この子ったら何を言っているのかしら? 佐藤さん。それは最新の教育における試行として進められてきたプロジェクトではありませんか。【文部科学省とは既に調整済みの案件】でございますわよ?」


 これには、さすがに全員が呆れたが、まあ日本政府の人が言うんだから。それに、この姐御ならば確実に、この強引な後出し設定を絶対にやり遂げてみせるだろう。


「え、でも、論文が」

 なおも抵抗の構えを見せる杏だったが、お姉さんには通用しない。


「大丈夫ですよ。この有意義な異世界留学の成果を、そのまま論文にすればいいのです。日本政府は協力を惜しみませんよ。


 惜しませない。省庁の垣根がなんだ。こんな仕事を私に押し付けておいて、金も出さないですって。予算枠がなんですって? 本当に馬鹿にして~」


 ああっ。なんか突然、本音で語りだした人がいるぞ。思い出し怒りに体を震わせているなあ。


『はっはっは。それならば、我が国も何か特別に資料を出そうじゃないか。この世界の歴史、言語、風俗、あと王族の暮らしなどはどうだ。王国記録官から纏めて出させよう。


 魔道具のレポートなんかもよいかもしれんな。普段は閲覧できない、王国秘蔵の資料も提供しようじゃないか。国王ないし王太子の許可が無くては入れない禁書庫も特別に見せてやってもいいぞ』


 これだけ言われたら、もう断れないよな? みたいな黒い笑顔を浮かべる探索者王子。奴なりに必死だ。この危機は切り抜けないといけないのだから。


 それ、俺も見せてもらっていいかなあ。あ、有益というかそういうのではなくて、単に禁書庫とやらに入ってみたいだけなのだが。


「あ、杏。その卒論、ついでに日米政府にも提出しておいてくれよ」

 さっそく便乗する俺。


「佐藤さん、それ絶対に俺にも回して! できれば資料もコピーが欲しいなあ」

 合田が哀願するように必死に頼み込む。


 国家、王家から提供の特別資料なのだ。しかも、この異世界随一である超大国エルスカイムのものだ。そうそう簡単に手に入るものではない。


「政府も協力を惜しみませんよ。すべての資料を提供しましょう。私はダンジョン対策委員会の書記長を務めていますから、精一杯、職権乱用いたしますので」


 ああ、ああ、自分でそんな事を言っちゃっているよ。よほど、杏の事を逃がしたくないと思っているようだ。

 もしかしたら、俺に代わるレポートなんかも引き続き書かせようとか企んでいるのかもしれない。上の連中が煩いらしいし。俺のレポートにケチをつけてくる連中だ。


 かくして、ダンジョン被害にあった特殊失踪者たる佐藤杏は、何故か日本国・エルスカイム王国の両国関係者から、現地駐在業務を哀願されることになったのだった。



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