8-3 就職勧誘
何故か、この国の国王までやってきて、【お茶会】が開催されている。これまた日本から輸入品の【茣蓙】、そして厚めの座布団が敷かれ、無礼講っぽくやられている。
当然の事ながら、お姫様方も来ていらっしゃる。その、なんとも言えない独特のムードに、異世界初心者である杏の母親が少し面食らっているようだった。
その一方で、面食らうどころか天真爛漫な風情で満喫している奴もいたのだが。
『サリア、ほら。【かずやの煉 抹茶】美味しいわよ』
「うん。でも、こっちの空也のもなかも最高~」
今回の訪問に、【選ばれし者の付録】としてやってきただけのはずなのに、何故か茶会の主役であるかのように振る舞う、我が新妹サリア。本当に、いい根性しているわ。
エルリオット王太子の実姉のロングヘアーの超美形王女様、エミリー王女に可愛がられ、かずやの煉抹茶をいただく事にしたサリア。
大口で食べれば2口ほどの大きさのそれを、せっかく付属している素敵な竹製のナイフかフォークかよくわからない物の出番すらなく豪快に一口で頬張り、また子供なのでハムスター状態になってしまっている。実に嬉しそうだな。
それを見て、他の王族も朗らかに笑っていた。それ、6個で二千円以上するんだが。二心なく、見る人の心に素直に入り込むサリアに、彼ら王族も思うところがあるのだろう。
「ところでさ」
異世界の王宮、しかもその奥にある王族の住まうゾーンにて、茣蓙に胡坐をかいて座り日本茶を啜りながら、話を切り出した。
話しかけている相手は、もちろん杏だ。王族の相手は、もっぱら新妹に任せてある。城戸さんも付き添いだ。あの人は御嬢様のようだから、和菓子を上品に食べていらっしゃる。サリアとは格ってもんが違う。年季っていうとまた怒られるけどな。
「佐藤さんって就職先は?」
「あー、まだ決まっていないです。学校もしばらくサボっちゃったから、卒業も危ないかもです。就職どころじゃないかも」
ようし。一応、聞いてみようっと。
「じゃあさ、うちで就職しない?」
「は?」
「だから、ここでさ」
「えーっ」
彼女は母親と顔を見合わせた。
「この異世界でですか?」
「ああ。元々、この世界で働いていた人だしね。働きぶりは見せてもらったし、ここの王族とは顔見知りだ。取引相手は、基本ここの王族だし。
ただし、リスクが一つあるんだ。俺が死んだら、迎えに来られるヤツがいないので日本に帰れなくなる。ここでの警護はそこの探索者王太子の部下がみてくれると思う。
肝心の待遇だが、給料は月給2百万円、ボーナスは年二回で年間十か月保証だ。仕事は、ここでの取引の全て。それができていれば、後は遊んでいたって構わない。社用車としてランドクルーザーも貸与しよう」
「うわあ、凄い。でも、あの、それって危険手当込みですよね?」
「ああ、だが一つ試してみたいことがあるんだ。君は収納持ち。異世界へ来た人の中で、あまり持っている人はいない能力だ。
多分、迷宮が選ばれし者の仲間として選んだというか承認した特別な人間にだけ与えられるものさ。城戸さんが持っていないのが謎だが、あの人は政府の人だからかな。とにかく、君は俺が死んだ後にも帰還が可能かもしれない」
「えーと、それはどういう?」
「なに、迷宮魔物を君も呼べるかもという事さ。俺が魔物達に頼んでおけば、魔物タクシー召喚権限を与えられるかもしれない。彼らは、俺の任務に協力する運命を持った者たちなのだから。ちょっと試してみないかい?」
少し考える様子の杏と、なんとも言えないような表情の母親。就職の条件としては破格の内容だ。大企業の重役並みか、中小企業の社長並みの収入だ。望外の条件だが、異世界に常駐というのは。
「うーん、やってみたいな。ねえ、お母さん」
「そう……ねえ。安全、なのかしらね」
少し乗り気な娘と、未だに混乱中で判断がつけられない母親。
『どう思う? 王太子様よ。俺もなかなかここで店を開いていられない状況でな。リクエストのヒヤリングもできない。この子は、この世界にもそれなりに馴染んでいるし、商品説明力は俺より上だ。特に、女性向けのものがな。
そこの城戸さんも、なかなかの物だが、生憎な事に彼女は俺達と一緒に冒険をする定めなのさ。安全面を保障してくれるなら、うちの優秀な駐在員をつけよう』
だが、その話を聞いて目を輝かせた女性陣。
『息子よ、その子の警護はしっかりとね』
アンリオーネ王妃がそう仰られたのに続き、姉妹王女が両側から攻め立てる。
『こんな、いい話を断るつもりなのじゃないでしょうね。エル』
『お兄様? そのくらいの事ができなくて、何が大国エルスカイムの跡継ぎでございますか』
更に駄目押しとして、真正面に立ちはだかる婚約者であるアルメイーラ王女。
『エルリオット様。我が故郷からも、異世界の品が欲しいと手紙で催促の嵐なのですが。そのうち、大勢やってきてしまいそうな勢いなのです。昨今の危うい情勢の中、同盟に皹を入れたりなさらぬよう、ここは気張りなさいませ』
最後の奴が、えらい事を言っているな。それってマジなの。それとも自分の欲望に忠実なだけの方便?
その婚約者の姫の美しくも、若干怪しげな笑みからは推察するのは難しかったが、ありがたい援軍ではあったのだ。




