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1-2 チェイス

 俺は息を飲み、竦みあがった。だが、俺を救ってくれたのは、自衛隊時代の厳しく苦しい訓練だった。かろうじて、心に喝を入れて、体を動かす事に成功した。


 幸いな事にドアから少ししか離れていなかったため、すぐに車内に駆け戻った。有り難い事に、エンジンはまだかけっぱなしだ。


 元の方向に戻る事は叶わなかった。あたりには、大型自動車サイズの魔物達が犇いていた。ごついトレーラーを背負ったこの車では、それを交わして方向転換するだけのスペースが無い。砲手がいないため、攻撃を加える事も出来ない。


 いや弾がまだ装填されていないのだ。これはいい教訓になるかもしれない。迷宮に納入される戦闘車両には、すぐ撃てるように弾を詰めておけと。


 どの道、弾が入っていたとしても、殲滅できる目処が無いため、自分が砲手をやるわけにはいかない。撃つためには、ハッチを開けて銃座につかなければならない。へたすると、その瞬間にフィリップの二の舞になる。


 銃座に積んであるのが、車内から操作できる20ミリ機関砲なら目があるかもしれない。しかし、40ミリグレネードだと、こっちにも被害が出そうだ。こいつは装甲車じゃない。

  

 このハンヴィーはイラク以来、後方輸送隊の任務でも必要となった軽装甲付きのタイプだが、Mk19の40ミリ弾の近距離の炸裂に耐えられるかどうか。ネットで見たが、その攻撃力は50ミリの装甲を破れるとあった。


 イラクでも装甲を追加したハンヴィーが敵の攻撃に全くといっていいほど耐えられなかったために、一部しか使われていなかった装甲車を急遽生産して配備された。


 ハンヴィーは装甲車ではない。自衛隊でいえば、兵員輸送目的の高機動車などにあたるものだ。基本、戦闘車ではなく兵員を輸送する乗り物なのだ。


 世界中に兵力を展開するために開発された米軍車両だから汎用性は高いが。この車は軽い装甲があるだけマシだけれど。


 本来ならば、前線地区のもっと広いところで使う意図があるのだろう。Mk19の射程は1600メートルもある。75メートル以内では射手が被害を受ける可能性があると言われる。


 Mk19など、扱ったことがない危険な兵器だ。これでいきなり戦うのは無謀というほかはない。トレーラーには12.7mmライフルや軽機関銃、自動小銃もあるが、取りに行って死にたくない。


 それが通用するかどうかもわからない。使い慣れない武器は、いきなり使えない。そのタイムラグが命取りになりそうだ。


 これがもし、車内から操作できるMk19とM2を連装した砲塔を持つタイプの装甲警備車か何かであったならば、車内に立て篭もり応戦する気概も沸くのだが。


 元自衛隊施設科隊員に過ぎない俺は、瞬時に逃走を選択した。


 目指すのは、怪物の群れの向こうの第2防衛ライン行きの通路だ。あっちには、バリバリの戦闘集団が待機しているはずだ。獲物を引っ張っていけば、逆に礼くらい言われそうだ。


 アクセルべた踏みで怪物どもの間を縫って、強引にすり抜けた。この車はアクセルをどんと踏まないと動かない。


 魔物に当たりながらも、なんとかすり抜けに成功した。とりあえずの窮地は脱した。ふう、寿命が縮んだぜ。あいつら、へたすると、このハンヴィーよりも大きい。


 ドライブレコーダーのデータをボタン1発で送信する。何らかの事故が起きた場合、原因究明用に送る決まりになっている。


 救援される確率も上がるはずだ。これ自体がSOS信号のようなものだ。口が利けないほどの状態でも、一発で事態を把握してもらえる。


 通路を猛速で駆け抜けながら、ハンズフリーで緊急連絡を入れた。全開のエンジン音が凄すぎて、自分でも何を言っているのかわからない。


 ここではいつもそうなので、コンピューターがマイクの音だけ拾って、回りの騒音を抑えるように自動で音の調整をしてくれる。


「メーデー、メーデー、メーデー。非常事態発生、救援を要請します。こちらは、ルート15にてハンヴィー輸送中の鈴木。第1侵攻ライン、151補給所にて正体不明の大型魔物の襲撃を受けました。到着時すでに、151補給隊は全滅していたと思われます。兵士の遺体を多数確認、生存者は見ていません。10体の大型魔物に占有されていたため、生存者の存在は絶望的。同行のフィリップ氏は戦死。現在、ルート25にて第2防衛ラインへ逃走中。ハンヴィー相当の体躯を持つ、大型魔物多数の追撃を受けています。2512駐屯地にて迎撃されたし。映像データ転送します。繰り返します。メーデー、メーデー、メーデー。非常事態発生、救援を要請します……」


 大仰な物言いだが、こういう形式なのだ。メーデー、メーデー、メーデーと3回繰り返すのは、国際ルールに則っている。


 航空機で有名だが、民間車両にも適用される。車両がそんな事態に陥る事は滅多にないが。なおこれは別にトレイン行為ではない。


 マニュアルに則った行動だ。米軍とも刷り合わせが出来ている。定められた仕様の通信機器には、「エマージェンシー・コール」の赤いボタンがあり、ダンジョン内で魔物と不意の遭遇をした場合は、これを押す決まりだ。

  

 米軍にも情報が行くため、戦闘部隊が準備して対応してくれる。今まで、さほど問題があった事はない。少なくとも今日までは。俺のような後方の民間非戦闘員が魔物と遭遇する事など、普通は無いのだ。


「鈴木! 大丈夫か」

 無線から零れ出す、小山田課長の声にホッとする。


「ええ、今のところは。ただ、このハンヴィーと同じくらいでかい奴で。まだ追ってきています。舗装路ですから、まだ逃げられていますが、かなり速いです。懐に入られたらヤバイかもしれません。トレーラーを切り離せませんでしたので、こっちもスピードが出ません。一噛みで、人間が千切れかけていました。充分な対応が必要です」

 俺はやや、捲くし立てるような感じで報告した。


「わかった。米軍も補給所の異常は確認した。お前の送ってくれた映像も米軍に届いている。現在、交通管制システムと監視カメラで追跡中だ。連中も仲間の敵討ちだから、目の色変えているよ。安心しろ。とにかく落ちついて行動してくれ」


「了解です」

 やっぱりこの課長はいいな。この人は、人を落ち着かせる名人だ。同じ自衛隊出身なので、とても信頼している。


 ちらと後方をサイドミラーで確認したが、トレーラーを繋いでいるんでよくわからないな。

 ガツンっ。いきなり衝撃が来て慌てた。落ち着けよ、元自衛官。


 ハンドルをしっかり握り締めながら、ちらと右を見ると、窓のすぐ傍を奴が走っていた。マジかよ。後ろのトレーラーに1匹くらい乗っていても、驚かないぜ。


 ちっ、ちょっと前に出られた。道を塞がれたら終わりだ。慌てて、なんとか抜き返す。そして、ブロックしながらの逃走劇となった。ゲームじゃねえんだが。


 こうやって、横に並ばれると改めてでかさを実感する。この、ド迫力のB級映画ばりなカーチェイス? は、ドライブレコーダーだけでなく、ダンジョン内に巡らされた監視カメラを含む通信システムで、米軍司令部やダンジョンの駐屯地、うちの会社にもライブ配信されている。


 こういう時は、兵隊どもが我先にスクリーンの前に殺到するらしい。今日のアクターは俺だ。全くありがたくないね。でもフィリップの役よりはまだマシだ。


 さすがの、ハンヴィーも、こんな怪物相手にぶちかましはキツイ。向こうの方が、たっぷりと身が詰まっていそうだ。どうするんだ、これ。銃座の武器には弾丸は装填されていない。弾薬は後ろのトレーラーの中だ。


 手元に銃器もない。車内にあるのは、水食料その他で、武器関連はない。勘弁してほしい。泣いていいかな? 今時速70キロだが、装甲を施し、荷物満載の重量級トレーラーを連結したこの車には、これで目いっぱいだ。


 騒音が酷すぎる。自分の声も聞こえやしないぜ。重たいトレーラーを引いているので、もっとスピードは落としたいんだけど。それをやったら、確実に死ぬ。


 お、灯が見える。きっと2512駐屯地だ! 助かったぜ。世界最強の米軍の戦闘力を信じて、俺は灯へと突っ込んでいった。


 次回更新は12時です。1話で早速ブックマークいただけて嬉しいです。


 初めて本になります。

「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」

http://ncode.syosetu.com/n6339do/

7月10日 ツギクルブックス様より発売です。

http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html

 こちらはツギクルブックス様の専用ページです。


 お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。


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