7-30 憩いのファルクット
サリアが、食後のデザートのババロアのような物を二回お代わりして、それを食べ終わるのを待ってから、俺達はファルクットとのご対面に向かった。
もう、エルシアちゃんがそわそわしている。実家も王都住みではないので、ファルクットになんて滅多に会えないのだ。それも遠くから眺めるだけで。
少し離れた場所にある厩舎に案内されると、そこには帰還したばかりのファルクットが羽根を休めていた。
飛竜の世話係に甘えるようにしている感じがまた堪らない。エルシアちゃんと池田が蕩けそうな顔で見ている。
川島も、にこにこだ。今から味わう手触りに涎が止まらないといった雰囲気だ。手をわきわきさせている。
すると、ファルクットがブルっと体を震わせて、首をキョロキョロさせて落ち着かない様子を見せるので、世話係の女の子が宥めている。
「どうしたの、プライアン。よしよし、よしよし」
あ、名前あるんだな。ネームド・モンスターだ!
ちなみに、この世界で飼われている魔物は名前を付けたからって、特別に強くなるわけではない。主との絆は深まるので有用であるとは思われるが。まあ犬猫や馬と同じ扱いだね。うちの子達も、もれなくネームドだけど。
『こんにちは。うちの者が執拗にねっとりした視線を寄越すので、彼は落ち着かないのでしょう。すいませんね』
『あなた方は?』
「サリアだよ! こんにちは、プライアン」
サリア、日本語のままだよ。だが、プライアンには通じたようだった。その可愛らしい頭でサリアに摺り寄せる感じに挨拶してくれた。
子供なら普通、このような大きな生物に怯えを見せるものだが。彼女にとっては、エルクットに近しい物を感じているのかもしれない。
「ず、ずるい~。サリアちゃん、抜け駆け~。あたしも。プライアン、あたしはエルシアだよ」
こっちも日本語だ。
日本語を話せる少女同士なので、二人共すぐに仲良くなったようだ。本場日本への留学中のサリアと、たっぷりの教材に囲まれて学習期間も長いエルシアちゃんなので、レベルはどっこいどっこいかな。
プライアンは、鳩のように翼を軽くパサパサと広げて首を寄せ、彼女にも親愛の情を注いでくれた。
それを見て、指を咥えている池田と川島。さすがに、子供と同じレベルでの突撃は不可能だ。まだ、挨拶すらされていないのだから。
「いいなあ」
「どうだ? あの子達と一緒に童心に帰ったっていいんだぞ、川島」
「あ、いやそれはちょっと。一応、ここは王宮の一部だし。後でいっぱい遊べるんでしょう?」
「遊ばいでか!」
俺だって、それが目当てで来たんだ。一応、定期巡回に来ただけで。グニガムが、まだお預けモードだからなあ。このマルシェでは、ビジネスの話もないのだし。
ファルクットが帰還する、ヘリポートに相当する電書鳩の帰還場所のようなそこを抜けて、厩舎の隣にある竜騎士の詰め所のようなところへ案内された。
『こちらが竜騎士隊長の一人、バロレア様です。代々竜騎士をお勤めの家系で、伯爵家の方です。ここには、常に隊長が一人は必ず詰める事になっています』
案内してくれた美人の侍女さんが、そのように紹介してくれた。空自の五分待機のパイロットみたいなものだろうか。
精悍な顔付き、重量の加減か比較的軽量で、それでいてきちんと装飾の施された上等な革の防具を付けている。
家紋なのか、隊のものなのか、背中や手袋に紋章が入っている。立派な飛竜と剣のモチーフなので、どちらかよくわからない。
武器は護身用と思われるショートソードしかもっていないため、攻撃はファルクット自身か、竜騎士の攻撃魔法、あるいはその両方だろう。
『始めまして、ハジメ・スズキです。通称、選ばれし者だそうですが』
『お名前と活躍は拝聴しております。まあ、難儀な事です。わが国では国内であの連中が活発に動いており、困っております。我ら王都の守りは頭が痛い。何しろ、かつて伝説の選ばれし者は、この国のダンジョン、クヌードから現れたのですから、それも無理もありませんが。ここは少々特別でして』
『え、そうなんです?』
初めて聞いたぜ、そんな話。前任者も名古屋人だったのか?
それにしては名古屋飯とかは伝わっていないんだな。そんな物が存在した時代でさえなかったのかもしれないが。名古屋飯と呼ばれているような料理達は、いつから存在していたんだろう。
味噌っていつから日本で作っていたのか。まあ、俺がしっかり伝えているんでいいんだが。今、王国で味噌・タマリの製作に携わっている人達がいる。
こちらの世界でも作れるように、木製とかの設備を御土産で持ち込んであるのだ。伝統の味噌作りね。
この世界の言葉で製法を記した書物も用意されている。そのうちに醤油も持ち込もうと思っているんだ。
『今日はファルクットに乗られるそうですね。それぞれ竜騎士の後ろに掴まっていただきます。安全索はお付けください』
そんな装備もあるのかあ。まあ落ちたら大変なのだが。乗務員さんの指示には従わないとな。傍にいた副官が案内してくれて、それぞれが乗る竜に案内されたが、サリアが叫んだ。
「あれ、プライアンは?」
『はっはっは。あの子はパトロール任務から帰ってきたばかりなのです。これから手入れをされて休ませるのですよ。ファルクットは王都の守り神。とても大切にされておるのです』
「わあ、残念。でも、あの子が大事にされていてよかった~」
もう、完全にお友達扱いのプライアン。こういうところは、しっかり川島二世だよなあ。




