7-22 家族の食卓
そのまま、ずっとぐだぐだしていた俺達だったが、いい加減ふやけてきたのでプールから出た。今日の昼御飯はイタリアンの魚系だ。サリアの口に合うかな。
「お昼御飯ー!」
「今日はイタリアンだぞー」
「イタリアン?」
「イタ飯だ!」
「イタ飯!」
よくわかっていないが、とりあえずノリだけという感じで叫ぶサリア。なぜか元気よくガッツポーズだ。
「サリアちゃん、御飯大好きね」
「日本の御飯美味しい。黙ってても御飯出てくる。凄い!」
いや日本だって普通黙ってたらご飯は出てこないけどね。だが、サリアのその眩しいような笑顔の前ではどうでもいい事だった。
やがてカルパッチョが出てくる。給仕してくれるインテリアスタッフが説明してくれるが、サリアはあまりわかっていないようだった。
「カルパッチョー!」
サリアは叫びながら、フォークで突き刺し口元に運んだ。
「美味しいー」
俺もワインをいただきながら、賞味する。うん、さすが歴戦のスーパーヨット調理スタッフだけあっていい仕事をしている。世界の富豪たちの舌で鍛えられた人達だからな。
「この船の御飯、マジで美味しいよね。この船に居坐ってた時、冗談抜きで体重が」
「亜理紗、この船にジムが何のためにあると思っているんだい?」
「なんかさ、そういう自衛隊っぽいのが何か嫌なの」
「元自衛隊員所有の船だから仕方がないだろう。って、アホか。スーパーヨットには基本的にジムとかついているものなんだよ。欧米の一流ホテルってそういうもんだろうが」
「あたしは、日本の温泉旅館のノリが素敵だと思うの」
「お前って、絶対に中年になったら太るよな」
「そういう事は考えたくないの!」
そして亜理紗は頭を振り払い、考えを切り替えたようだ。次の料理が来たもんね。
「車海老の香草焼きですよー」
「おお、海老だ、海老」
「エビ!」
「日本人って海老好きだよね」
「基本的に虫の仲間っぽい感じなのに、これだけは食えるよなあ」
「お兄ちゃん? 食べる前にさ。あまり、そういう事は言わないように~」
「へえへえ。でも食うよな?」
「食わいでか」
続けてスズキのグリルが出て来た。かけてくれるのはレモンクリームソースだろうか。銘銘の皿にスタッフが切り分けてくれる。
俺と亜理紗の漫才がメインのBGMだったが、淳と美希ちゃんは二人でわいわいやっているようだ。サリアはマイペースで、昔のアニメで技の名前を叫ぶように、料理が出る度に料理名を叫んでいた。そして、俺を見て言った。
「スズキー」
いや確かにそうなんだけど。どういう由来でスズキっていうんだろうな、この魚。
次には魚ではなく肉料理を。飛騨牛の霜降りロース・ステーキで、昼だから量は控えめだ。ソースが逸品だな。
香りだけで食欲をそそられるぜ。赤ワインが新しいグラスに注がれる。亜理紗も付き合っている。
俺はワインの事はよくわからないので、ワインセラーからセレクトしてお勧めを出してもらっているが、今までハズレは一つもない。付け合せの野菜も種類とかよくわからないが、実に美味いな。
メインはパスタだ。これもクリームソースだが、さっきの物とは趣が違い、これまた美味しい。デザートにジェラートをもらってコーヒータイムだ。
お腹一杯のサリアが大変ご機嫌だ。眠そうだったので、オーナールームへ連れていって寝かせておく。後で様子を見てくれるようにインテリアスタッフ・チーフのキャプテンの奥さんに頼んでおいた。
俺達は船腹を開くとせり出してくるデッキでお茶にしていた。今度は紅茶にした。
「ねえ、お兄ちゃん。また異世界に行くの?」
「ああ、月曜からな。あの静岡のダンジョンはトラブったから、しばらく行けないし。だから土日はここでのんびりだ」
俺は伸びをして両手を頭の後ろで組んだ。本当、あっちの世界の荒事に比べたらのんびりしたもんだよな。
「大変ねえ。他の自衛隊の人はお仕事だから、もっと大変だよね」
「まあ、そうなんだけど。たいしてお仕事でもないのに異世界へ通っている俺はなんなんだろうな?」
「ただの物好き?」
「せめてヒーローくらいには言ってくれよ。家族くらいはよ」
「あはは。お兄ちゃん、なんか柄じゃないって」
「まあ、そうなんだけどなあ」
そんな家族とのやり取りを、潮風と静かな波の音をBGMに交わしていった。
「あ、お兄さん、こんなところにいたんですか。わあ。素敵ですね、ここ」
「あはは、いいだろ。これ、結構お気に入りなんだ」
この船腹が開いて海面近くにせり出してくれるデッキは、多くのスーパーヨットで採用されている。世界中の富豪から愛されている仕様なのだ。
「あれ、淳は?」
「エンジンルームを見にいってますよ。私は興味ないんで」
「あはは、男の子向けの見学コースだからね。この巨大な船の機関室も今やネットを通じて、ノートパソコンで管理しているんだからな。セキュリティがザルだとえらいことになるが」
うちはそのへんは徹底的にやらせてある。ハッカーにやられたりしたら洒落にならない。
サロンをバタバタしてくる足音が聞こえてきた。その主が誰かは見なくてもわかる。
「ハジメー、こんなところにいた~」
「どうしたサリア」
「上のデッキ行こう!」
「はは、サリアはあそこが好きだなあ」
「見晴らしがいいの」
うん、まさにその一言に尽きる。
「よっし、行くかあ」
俺は残った紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「ハジメ、競争~」
駆けて行くサリアを追いかけながら、昔の亜理紗を思い出していた。あの頃はいつもこんな風に賑やかだった。まだ、淳が小学校低学年だったよな。俺が高一くらいか。




