7-20 大空の女王
まるで大空の覇者のように港へ凱旋するヘリコプター。サリアはもう窓にべったりだ。ヘリなんて、大人だってそうそう乗る機会はない。
自衛隊でも大概はヘリに載せてもらえるのは「入隊希望候補(見学)の若い女性」とか、将来入隊してくれるかもしれない「子供達」くらいだ。あれは税金で運用されているので訓練や救援活動以外に無駄な事はしないのだ。
「肇、ここはどこ?」
「ここは港だ。あっちの世界にもあるはずだよ。こんな風じゃないけどな」
「あれ、なあにー」
サリアが指差したのは、観覧車だった。
「ああ、あれはな。観覧車というんだが、乗ってみればわかるさ」
「サリア、乗る!」
えらく力強く言い切った。おお、これは乗せないと済まないな。この子、案外意思が強くて我を通すところがあるんだよな。
「神野さん、とりあえず2回くらい旋回してヘリデッキにつけてください」
だが、生憎と2回では済まなかった。
「もう1回、もう1回~」
そして着艦しようとするとまた。
「御願い。肇、もう1回だけ~!」
結局10回も港の上空を旋回してしまった。これにはさすがに神野さんも苦笑いだ。
船ではキャプテンが不審な顔をしている頃だろう。マネジメント関係者がヘリデッキでお出迎え体制にあるはずだからな。港に遊びに来てる一般の子供達が喜んでるっぽいから、まあいいかな。
ようやっと満足しきったサリアから、着艦のお許しをいただいて神野さんもホッとした御様子だった。もう今日はしょうがない。
「すいません、何分まだ子供なもんですから」
「いえいえ、大丈夫ですよ、オーナー。サリアちゃん、楽しかった?」
「ヘリ楽しい、いっぱい楽しい、神野ありがとー」
なまじ日本語が喋れる分だけ、要求が厳しいな~。
艦上の人となった俺達を、キャプテン達の柔らかな笑顔が出迎えた。
「お帰りなさい、オーナー。随分ごゆっくりでしたね」
「あ、ああ。空中散歩が随分お気に召したようでね。紹介するよ、俺の新妹でサリアだ。向こうの世界から連れてきたんだ」
「それはまた!」
「こんにちは!」
「こんにちは、サリア。私はロバートです。この船の責任者ですよ」
「私、サリア。12歳だよ!」
日本人が所有する船の上で、イギリス人艦長と異世界人の少女が、流暢な日本語で挨拶を交わしていた。なんだかなあ。
「エバンスです」
「ジョーンズです」
「よろしく~!」
何故か、元気に踊ってクルっと回りながらジャンプしてから、ポーズしながらタンっと着地するサリア。拳を握った片腕を突き上げる。
なんかのアニメの影響だな。テレビがだいぶお気に入りのようだったし。このヘリデッキって、なんか御立ち台みたいだしなあ。
スタッフも皆微笑ましげに見守っている。この手の船では、よく見られる光景だ。忙しい富豪ビジネスマンが家族のために購入したりチャーターしたりしているからな。
「サリア、ヘリは楽しかった?」
「楽しかった! 亜理紗は?」
「あたしは船の方が楽しかったかな」
「肇は?」
「空で魔物に襲われないなら、ヘリはグッドだ」
サリアはけたけた笑った。
『前にね、ラドーに襲われたことがあったの』
え? それでよく生きていたな。
『そしたらね、エルクットが来て助けてくれたのよー。お前にはまだやるべき事があるのだから、こんなところで死んではいけないって』
マジか! やはり、この子には何かあるというのか。それにアレは喋るというのか? 念話か?
だが、そんな俺の感慨にはおかまいなしに、キャプテンのたくましい腕にぶら下がりながら、サリアは階段をとことこ下りていく。
「元気いっぱいだねー、あの子」
「まあな」
「お兄さん、なかなかいい子じゃないですか」
「兄ちゃん、あの子はうちの子になるの?」
「いや? そういうわけじゃないんだが。当分、うちにいるよ。そして多分、異世界にも一緒に行く」
「えー、危なくないのー」
「何を言ってるんだ? あの子は元々向こうの子だぞ」
「あ、そう言えばそうだったね」
お前ら、あっさりと馴染みすぎだよ。サリアも。まあいい事だけどさ。
船長に連れられて船内を回り、あれこれ質問しまくりで賑やかに船内を練り歩いたので、あっという間にその存在をクルー達に認知されたサリアであった。なんか川島2世がいるな。
亜理紗は亜理紗で、さっさとオーナーズルームの占拠を宣言し、さっそうと水着に着替えてきていた。今日は真っ赤なビキニだ。学校指定の物は別として、昔からワンピースとかは着ない。
もっぱらトイレが楽だからという理由でだ。元々は母親が、そういう理由で子供の頃からセパレートの水着を着せていたのだが。
「お前らも着替えてこいよ」
「はーい」
「どこ使ったらいい?」
「そうだな、お前らデラックスを一つずつな。美希ちゃん、後でサリアの面倒見てやってくれ」
「はーい」
亜理紗の奴が放っていきやがったからな。さすがに俺が面倒みてやるわけにはいかん。サリアには、プール用のビニールバッグを渡しておいたので、後で言っておくか。
だが俺が着替えていると、バンっとドアを開けてサリアが入ってきたと思ったら、フルチンの俺に向かっていきなり叫んだ。
「プールー!」
そして、そのまま景気良く服を脱ぎ散らかしたかと思うと、一気に全裸になってワンピースの水着を引っ張り出し言った。
「肇、これどうやって着る?」
俺は、あんぐりと口を開けたが、サリアはもうプールで遊ぶ事しか頭にないようだ。
俺は海パンを穿くと問答無用で、サリアを大きめタオルに包んで服を一式バッグに詰め込んで、美希ちゃんのところへ引き摺っていった。俺はドアをドンドン叩いて美希ちゃんを呼んだ。
「おーい、美希ちゃん。ちょっと頼む」
「どうしたんですかー」
中から、同じく部屋に置いてある大型バスタオルで体を包んだ美希ちゃんが出てきて、同様の格好をしたサリアを見て事情を飲み込んだようだ。
「あはは。サリアちゃん、えーっと、もう大きいんだからお着替えはもう女の子だけでね」
「そうなの?」
「そうなのよ~」
ここまで常識がないとは思わなかった。異世界人が鷹揚なのか、母親が亡くなってしまったせいなのか。
それとも神の巫女という特異体質のせいで普通と違うのか。単にこの子の性格のような気がする。向こうの人間って、割と常識的なんだよな。




