7-18 地上の星空
それから、今度は白川公園のすぐ下にある大須観音を見物に行った。その日本情緒溢れる佇まいに見惚れる様は可愛い西洋の子供にしか見えないが、残念ながら異世界人でした。
あちこち歩いて店をひやかしていったが、お店の前で一軒ずつ引っ掛かっているサリアがいた。特に食い物屋の前では、顕著に立ち止まっていた。ついにはトルコの延びるアイスとか見て、一歩も動かない。
これ、どこにでもあるよな。俺はビールとシシケバブがいいんだが、また今度だなあ。サリアは、このままだと一歩も動きそうにない。
それを見て杉山さんが笑って言った。
「お父さんは大変ですね」
せめて、お兄さんって言ってくれ。
仕方が無いのでアイスを買ってやった。サリアはトルコアイスにもう夢中だ。これから晩御飯なんで、他の食い物は買わない。それから、もう少しみんなで練り歩いた。
「面白い。サリア、大須観音好き」
浅草の雷門とか連れて行ってあげたら、絶対に喜びそうだな。あそこはまた凄い人だけど。
そんな感慨とは別に、サリアは子供らしく要求を出した。
「肇、お腹空いた!」
「ああ、今からまた素敵があるんだぜ」
「ふふ。ちゃんと予約してありますからね」
もう日が暮れ加減だ。いい按配だ。そして俺達は大須観音駅から地下鉄に乗り、伏見から名古屋駅方面に乗り換えた。
JR名古屋にある、待ち合わせの名所となっている金時計の場所からエスカレーターを登り、12・13階のレストラン街へ行くエレベーターを待つ。そこからタワーを登る直通エレベーターを登るのだ。目的地は51階パノラマサロンだ。サリアが張り切っていた。
「エレベーター!」
まあ、あの世界にタワー型のダンジョンとかないしなあ。外から見た時も、だいぶ感心して見上げていた。
やっぱり東京を見せてやらねばいかんかな。スカイツリーに乗せてやりたい。不思議と、あそこのエレベーターって体に負担がない感じなんだがな。サリアが物足りないとか思うかもしれない。東京タワーもライティングは結構迫力がある。
今日は金曜日。終末なので、若い人達でいっぱいだ。俺達って、子供連れの夫婦には見えないよな? 子供は外国人そのものにしか見えないから大丈夫だと思うけど。山崎じゃないが、お兄ちゃんで勘弁しておいてくれ。
窓からは、地上の明かりが星の絨毯のように見える。名古屋は規模の割に低層の建物が多いからな。東京や大阪から来た連中は寂しいと思うらしい。
物価とか土地とか安くて暮らし易いと思うんだけどなあ。俺はまったく気にならない。東京や大阪は遊びに行く場所であると割り切っているのだ。東京は最近仕事で行ってばかりだし、異世界のベッドタウン扱いだ。
予約しておいたのは小洒落た展望レストランだったので、サリアが大丈夫かなと思っていたが、なんか普通に食べていられるようだ。
一応、杉山さんにサポを御願いしておいたのだが、無用な心配のようだった。結構食べるので一番量の多いコースにしたが、ペロリっと平らげていく。大人向けの料理だから少し心配していたが、美味しそうにもりもりと食べていた。
連れてきたのが俺じゃなかったら、食費だけで悲鳴が上がっちまうかもしれないな。なんか俺が笑っているのでサリアがこっちを見ていたが、ほっぺに付いていたソースを拭いてやった。
お腹も膨れて、ご機嫌なサリアを連れて伏見に戻り、鶴舞線に乗り換えた。ここから名鉄乗り換えのところまで6駅だ。
「じゃあ、杉山さん。今日はありがとうございました。また明日」
「杉山さん、バイバイ!」
サリアの元気のいい挨拶に、微笑で返してくれた杉山さんと別れて、俺達も帰途につくことにした。ちょっとサリアが眠そうだ。
帰りに「伊勢の名物」を2箱ほど買い込んだ。うちの家族が好物だし、サリアがいっぱい食べそうだ。亜理紗が小学生の頃は、奴が20個入りの大箱で半分は食べてしまって、淳と取り合いになっていた。
今気がついたが、この2人名前が似てるな。何か、サリアという名前に聞き覚えがあるような気がする思っていたら! 大人になる時にあれは見習わないようにな。名前が逆さまだから大丈夫かもしれないが。
翌朝は土曜日だ。今日はダッタブーダに連れて行こうと思う。ヘリも積んでいくか。
「お兄ちゃん、今日は船に行くんでしょ。行ってもいい?」
「いいけど、今日は身内だけにしてくれ。サリアが初めて行くから、ゴタゴタしたくない」
「はーい」
「淳はどうする?」
「えーと、美希ちゃんも一緒でいいかな」
「構わんよ」
「あー、えこひいきー」
「そのうち本当に身内になるかもしれんじゃないか、なあ淳」
「え! あ、ああ、うん」
「あんだよ、その生返事はよ。あの子なら妹になってくれて嬉しいからな。お前ら、あんまり変な奴とかに引っ掛かるなよ。特に亜理紗。わかるだろ?」
大金持ちの身内になりたがって近づいてくる変なのもいるだろうが、「敵方」の奴は絶対にマズイ。命に関わる。
俺が見つけたら問答無用で始末するし、今のところはアメリカが目を光らせているのでないだろうが。どこの国も日本政府みたいにお上品ではない。
自分の不利益になると思えば、アメリカも日本国内での無人攻撃機によるヘルファイア・ミサイルでの攻撃もありうる。
無論、うちにいらんちょっかいをかけてくる奴らが相手なら、俺は諸手を上げて大歓迎だぜ。アホどもは、纏めてくたばりやがれ。
「ちぇー。まあ、わかるけどさ」
「特に某国人な」
2人とも、淳が攫われた時のことを思い出したらしくて、顔を顰めた。
「お兄ちゃんこそ、某国美人のハニトラに引っ掛からないようにね~」
「ぐ。大きなお世話だ。お、俺には異世界の可愛い子ちゃん達がなあ」
「解体場の子達?」
亜理紗がにやにやしながら混ぜっ返す。
「おい!」
「きゃははは。冗談よー。あたしだって、実の兄がそんな変態じゃ困るもんねー。せめて、あたしの友達くらいにしときなよ。お兄ちゃんだってそう捨てたもんじゃないし、大金持ちなんだから靡くかもよ」
「お前の友達って面はいいけど、外面だけいいやつも多いからな」
「酷いなあ」
「類が友を呼んだのだ」
「お兄ちゃんだって、似たようなもんでしょ。真吾ちゃん以外はむくつけき野郎ばっかりじゃないの」
「あいつだって、現役の自衛隊だぜ。しかも精鋭だ」
「だったら全滅じゃないのー」
「おう、悪いかよ!」
開き直るほかないな。言われてみれば、まさにその通りだわ!
「あんた達、身内で不毛な事ばっかり言っていないで。出かけるんなら、さっさと御飯食べなさい」
「「へーい」」
「お母さん、お代わり!」
「サリアちゃんは、いい子ねー」
「えへへへー」
サリアは褒められて嬉しそうだ。朝から、丼飯でお代わりか。まあ、今までかなり栄養が足りなかったみたいだしなあ。食える時に食っておくのは悪い事じゃない。
「サリア、今日はお前の大好きな海に行くぞー」
「海ー!」
俺の新妹サリアはそう叫ぶと、とても嬉しそうに笑った。しっかり両手に丼飯を抱えながら。




