7-16 お兄ちゃんと一緒
地下鉄は、駅に付いてドアが開いた。サリアが、今までにない人の群に少しビビっていた。金曜日の朝方なので、まだ人は少ない方なのであるが。
『うわあ、人がいっぱいだあ。こんなに沢山どこにいたの~?』
ちょっと俺の背中に隠れた。
俺も思わず顔に笑みが浮かんでしまう。昔は亜里沙もこんな感じの頃があったのだ。人見知りする美少女に人々は、やや好奇の視線を浴びせた。
あ、通報とかやめてくださいね。たまにいるよな。関係ないのに、そういう余計な事する人。
栄から名古屋の2駅区間は、この名古屋でもっとも利用率が高い区間なので、栄に行く列車にも、それなりの人がいた。
「御嬢ちゃん、お座りなさいな」
声をかけてくれる年配の婦人がいたが、サリアがこちらを見上げた。
「ありがとうございます。次の栄で降りますので」
「あらあら、そうだったの」
『ありがとう、おばさん』
「あらあ、日本語上手ねー」
「ちょと、おぼえた」
念話でなく、たどたどしいが日本語で答えていた。
「うわあ。この子、可愛いなあ」
「ねえ、どこから来たのー」
隣にいた2人組の女子大生風の女の人も、にこにこして話かけてきた。
「グニガム」
「へえ、どこにあるのかな。聞いた事がないなあ」
『ダンジョンの街だよ。とっても大きいの』
サリアが念話で説明するが、相手は気付かない。マジで日本語みたいに感じるんだよな。
「ああ、ゲームの街ねー」
「スマホゲーム好きー」
嬉しそうなサリアの返事もずれている。
ああ! 全然噛み合ってない会話だわ。
「次は栄、栄ー。お降りの方はドアから離れて……」
「じゃあね、御嬢ちゃん」
「さようなら、おばちゃん」
「「バイバーイ」」
「バイバーイ」
栄では、またもや人の流れにビビっていた。それほどの事はないと思うのだが、あの世界でも雑踏はそれなりにあるはずなのだ。
なんというか、列車の中から出てくる怒涛の圧力が迫力らしい。東京のラッシュアワーなんか見たら腰を抜かすかもな。
『ねえ、さようならとバイバイはどう違うの』
「さよなら、さようならは日本語。バイバイは外国語、あるいは和製英語だ。英語になるのかな? 多分、アメリカ英語かな。よくわからないな。多分、バイがさよならで、バイバイで強いさよなら。グッドバイで丁寧な意味のさよなら、じゃないかな。俺もよく知らないなあ。まあ、バイバイは日本では普通に使っているよ。気にした事もないな。意味はさよならと同じだし」
「ふうん。バイバイ、バイバイ。さよなら。さようなら」
ぶつぶつと繰り返している。もう覚えてしまっただろうな。賢い、賢い。
栄に着いて、またしても辺りをキョロキョロしてみていたが、階段を駆け下りていった。
『お兄ちゃん、お店がいっぱい!』
「ああ、栄の地下街だからね」
『ここって、建物の下なんでしょう?』
「そうなるかな。地上を有効に使うために、都市の交通機関を地下に作ったのさ。ちょっと想像してごらん。グニガムや、王都アマラの地下に道を掘って、そこを馬車が往来する姿を。その脇にはお店がいっぱいだ」
そーっと、斜め上を見上げるようにして想像してみたらしいが、突然噴出した。
『だって、お兄ちゃん。それだと、きっとダンジョンとぶつかっちゃう。魔物が出てきちゃうよ』
「はは、あの世界じゃそうかもな」
サリアはあっちこっちの店を見て回って楽しそうにしていたが、やがて地上に出た。催事広場のオアシス21へ向かってみたが、今日は催しとか無しだった。
『ねえ、あのキラキラした綺麗なのは何?』
「ああ、ガラスでできている空中遊歩道みたいなもんだな。登ってみるかい?」
『うん!』
彼女は楽しそうに階段を登り、俺の手を引っ張った。子供の頃、兄弟3人でこんな感じに登ったよな。
それから名古屋テレビ塔へ行って、上に登ってみた。無論エレベーターでだ。昔は常時外階段で上がれたそうだが、今は日曜日の昼間しかスカイウォーキングは解放されていない。
ここは東京タワーの外階段よりもド迫力だと言われている。何せ、階段を通して向こうの景色が丸見えで、細くて急な階段だからな。へたなアトラクションより迫力がある。もはや立派な垂直登山コースだ。
サリアはエレベーター初体験がここになったので、かなり緊張していた。
『な、なんだか体が重いし、下に押し付けられる~』
「あはは。心配ないよ。ちょっとGがかかっているだけだから。えーと、なんて説明してやったらいいのかな」
何せ地上30mから一気に100mくらいの展望台に上るからな。
「ふえ~」
「ははは。見てご覧。いい景色だ」
「おおー」
平日昼間なので空いていたから、望遠鏡に金を入れて見せてやった。
『景色が大きく見えるー。不思議ー』
充分に景色を堪能して、もうエレベーターも慣れたのか、帰りは地上へ降りていくのを楽しんでいるようだった。
それからセントラルパークを下って下まで行き、少し気を変えて家電量販店に足を運んだ。そこに売っていた大型テレビの群にサリアは夢中になった。
『なんかすごーい。なんだか凄いわ、ここ』
まあ、日本人でも通うのが好きな奴はいっぱいいるがな。俺も一時期通っていたっけな。ここでサリアが思い切り嵌っていたので、飯の時間が遅くなってしまった。
サリアがおなか空いていそうなんで、一番近い三越のレストラン街へ行ったら、丁度周辺で働く人の食事時間がずれたのか空いてきたところだった。
「何を食べる?」
『う、うーん。いっぱいあるなあ。迷う~。お兄ちゃん選んでー』
「じゃあ、この洋食屋さんで」
こういうところの和食屋さんだと、食べ慣れない子供の口に合わないかもと思ったのだ。かえって高速のS・Aみたいな所の方がサリアの口に合うかもしれない。無茶苦茶凝った料理とかおいてないからな。
そして、本日はめでたくサリアの好物リストに、エビフライ付きハンバーグ定食が加わった記念日であった。




