7-3 エブルム
俺は甘えてくるラオの鼻面を撫でながら聞いてみた。
「なあ、バネッサ。このへんで、馬以外の乗用動物っていないのか? 大人しいんなら魔物でもいいが。みんなが使っていて、あまり目立たないタイプがいいんだが」
一緒にラオの頭を撫でながら少し考え込む風にしていたが、彼女は徐に口を開いた。
『そうだなあ。エブルムなんかどうだ? 元々は迷宮で見つかる魔物だったんだが、飼育されるうちによく人に慣れ、迷宮での戦闘にもよく耐える。魔物だからな。敵の攻撃にも馬よりも、かなり持ちこたえる。皮は防具にも使われるくらいだ。足も速めで短期間なら馬よりも早いぞ。持久力も馬並みだろう。その代わりにかなり高価だ。馬10頭分かな。だが、ここでは使っている探索者も多い。腕利きに見られたくて、無理して乗っている奴もいるくらいだ』
なるほどな。エブルムに乗る者は強者扱いか。おかしなちょっかいをかけられる確率も減りそうだ。
「合田。悪くない提案だと思うが」
「そうだな、検討の価値はある。一度見てみたい」
「バネッサ、そいつを売っている店を紹介してくれないか? 馬車も引けるのか?」
『ああ、しかしエブルム馬車なんて目立ち過ぎるぞ。そんな勿体無い使い方をしている奴はいないから、反って目立つんだが。まあ一度見てみろよ。じゃあ、付いて来い』
俺達はバネッサの後に続いてギルドを出た。川島の奴は、ちゃっかりラオに乗っかっている。もう仲良くなったのか、さすがは川島だな。池田が羨ましそうに指を咥えて見ていた。
しかし、このラオを引き連れていて目立つ目立たないを論議するのも半ば空しいのだが、みんなから突っ込みは入らなかった。
もう今更だと思っているのかもしれないな。お前ら、この世界に毒されすぎだぜ。
約5分、バネッサの後について歩くと、その店についた。その間、全員がサイケデリックな町並みに心を奪われていた。川島の落ち着かない様子は特筆物だった。
「ねえねえ、あの建物は何?」とか「あの壁画、なんか意味があるのかしら~」とか、それはもう煩い。
ラオが、「お登りの姉ちゃんさあ、ちっとは落ち着けや」みたいな顔をしていた。
道行く人もパイラオンがのし歩くのを見てギョっとするが、人間と一緒に歩き従魔証となる装具を付けているのを見てホッとしていた。このラオこそ、珍しい生き物なのだ。ヤベエ、目立ち過ぎるかな。
「いや、面白い街だな、肇」
「だろ? 異世界観光なんて始めるんだったら、はずせないスポットだよな」
そんな、のんびりとした雰囲気のまま、店に辿り着いた。
『付いたぞ、ここだ』
そういいながら、店にずんずん入っていく。
「おい、ラオはどうするんだ?」
池田が、俺が一緒にお留守番していてもよくてよオーラを放っていたが、バネッサは無情に言い放った。
『構わん、連れてこい』
川島が勝ち誇り、池田がしょげた。しかし、店の中はラオに乗ったまま通れなかったので、この勝負は痛み分けってところか。
『ようこそ、バネッサ様』
店主らしき人が現れて、恭しく大変丁寧な礼と挨拶をしてくれた。やはり、こいつって身分の高い人間なのだろうか?
『友人が、エブルムを御所望だ。ちょっと見せてやってほしい』
『承知いたしました。では、こちらへどうぞ』
俺達は奥へ通されて、厩舎らしき場所へ通された。
そこには、馬並みの大きさをした「二足獣」がいた。こ、これは。鳥型の魔物だった。
こんなものに御目にかかろうとは。てっきり4本足のトカゲみたいな奴を想像していたんだが。
でかい嘴、そして巨大な足と、その3本爪。後ろ側にももう1本、蹴るために地面に踏ん張るものだろうか。昔の地球にも、こんなタイプの大型鳥類は結構いたよなあ。
『エブルムは、その嘴や爪でよく戦います。それに気も強いので、少々の事では動じません。ほら、そこのパイラオンにも驚いていないでしょう。にも関わらず、人にはよく慣れ、けして人を襲いません。迷宮にいる野生のものは、当然別でございますが。あと盗賊などには容赦せずに戦い、主人を守ります。そのあたりは、人間に忠実な従魔に使われる魔物と同じです』
全員、彼らに目が釘付けだった。ラオがちょっと面白くないのか、少し唸っていた。途端にエブルムどもがガンを飛ばしてくる。なんて強気な連中だ。気に入ったぜ!
「ラオ」
俺が優しく頭を撫で付けると、ラオもすぐ牙を引っ込めたので、鳥どもも静まった。
『ほっほ。あのパイラオンをここまで手なづけるとは、只者ではございませぬな』
『すまない、余計な詮索は無しで頼む』
『わかっておりますよ』
貴女様が連れてこられたのですから、とでも言いたそうな中年の店主の目の奥に浮かんだ光を、俺は見逃さなかった。
店主以外の顔もありそうだなと当たりをつける。合田や山崎も同じ考えのようだ。まあ、味方のうちは反って頼もしいというものだが。
『お値段の方はそれなりにお高くなりますが、ご予算の方は大丈夫でございますか?』
「相場はバネッサから聞いているよ。金の方は大丈夫だ」
『そうでございますか。ではお買い上げになりますか?』
「うーん、俺達に乗りこなせるものなのか、試乗させてもらえないか」
店主は豪快な笑いを上げて、何度も頷いた。
『そうでございましょうな。それでは、こちらへ。パイソル、パイソル』
『なんでございましょう、旦那様』
『こちらの方々が、エブルムの試乗をお望みだ。バネッサ様からの紹介だ。くれぐれも粗相の無いようにな』
『かしこまりました。お客様方、どうぞこちらへ』
店の若者に案内されて、広い場所へ連れてこられた。厩舎から出されたエブルム達が、次々と広場にやってきて文字通り羽根を伸ばした。
この翼は、なんというか安定翼のようなものか。もしかしたら、方向を変える際の手助けもするのかもしれない。もし、そうならばかなりの高速で走るはずだ。落ちたらひとたまりもないな。
『さあ、お好きな鳥をお選びくださいませ』
若者の瞳に少し悪戯っぽい光があったので、これには何かあるなと思い、俺から試すことにした。
うーん、よし。俺はあの体が大きい奴にしよう。一応は、俺がここでは要の人物なのだ。何かあった時には一番目立つ奴に乗っていたほうがいい気がする。
こいつは頭頂の羽毛が冠のように逆立って迫力のあるルックスだ。何よりその眼光には、他の鳥も一目置いているようだ。だが。
だが触った瞬間に、そいつは羽毛を逆立て唸りを上げた。あらあ。
『はっはっは。エブルムは、気に入った相手にしか懐きませぬ。その代わり、その相手には忠誠を尽くしますので、他の人間に使われる事もないのです。馬と違って盗まれる事もないため、旅のお供にはぴったり。馬と違い、魔物の襲撃にも自力でよく耐えますしね』
な、なるほどな。やれやれ。選ばれし者が、選んでいただかないといけないとはなあ。




