7-2 お馬様
まず俺達は拠点の確保から始めた。ここは他と違い、特に俺達を優遇してくれるような強力な伝はない。むしろ異物に対しては排他的なムードが感じられる。
とはいえ、特に危害を加えられる雰囲気ではない。そう、単に俺達が余所者なだけだ。これが普通なのだ。今までが良過ぎただけという事だろう。そんな世界なのだ。地球だって一昔前までは同じようなもんだ。
比較的冒険者ギルドに近く、即ちダンジョンに近い徒歩圏内で、利便性の高い大通りの宿に拠点を構える事にした。3部屋取って、受付を済ませてから部屋に集合して会合を開く。
「それにしても移動がやっかいだな。どうする?」
運転手の佐藤がボヤく。
「とりあえず様子見だな。何しろ、ここも広い街だ。徒歩は辛い。という事でおそらく移動は馬車か馬だ。つまり、わかるよな」
「う、ううむ」
つまり、それを操る技術が必要という事だ。主に操車はいつものコンビになるだろう。防御には気を使わないと、いつぞやの襲撃のような事になりかねないが。
「この中で馬に乗った事がある奴~」
「はい! 観光で馬に乗った事あるよー。大人しい奴に」
嬉々として答える川島。それはただの遊びだよね。
「同じく」と俺。なんて事だ、川島と同じレベルだった。今まで試しておけばよかったなあ。
「子供の頃に乗馬クラブに通ってた事あったな」
さすがはケモナーの池田だ。車長というか馬長かな。実は馬に触りたかっただけだったのに違いない。
「昔、父が馬を所有していまして、乗馬歴は20年になります」
城戸姐さんの言葉に拍手が沸いた。
さすがは姐御だぜ。俺達とは格が違う。ビシっと決めた乗馬服に身を包み、馬を操り軽やかに障害とかを飛び越える姐御の姿が目に浮かぶ。
「山崎、お前は?」
ボンボンに期待してみたが、答えは芳しくない。
「いや、うちは馬には縁がなかったなあ。兄貴は少しやっていたみたいだが」
親父さんは航空マニアでレシプロのセスナも所有しているくらいだしな。乗り物専門のようだ。仕事が忙しいのでジェットの免許は取れなかったらしい。
「競馬なら嗜んだが、俺はデータ派だったから」
合田……。
「かろうじて経験があるのが半分か。馬は生き物だから、予期せぬ事故の起きる可能性もある。あまり使いたくはないが習熟は必要だな。必要なら日本に帰ってから習ってみよう」
荒事の最中だったりすると、更に危険が高まる。速度的なアドバンテージがないので、振り切る事が難しいので戦闘になりやすい。
落馬の危険が懸念される。ただでさえ乗り慣れない物だ。矢など射掛けられたら危険だ。攻撃魔法も体験した。
車と違い、生き物に盾魔法をかけ続けるのは難しいな。人間ならコミュニケーションが自在なので難しくはないが。
「馬車だと遅くなるし、この世界でそれなりの速度で移動となると馬だよなあ」
「たしかに、目立たずに使えるのは利点だが。少し不安定な乗り物だ。相手に対してアドバンテージがないというか、馬に乗り慣れた相手方に利するといってもいい」
「ただ、そうなった場合は、車を出し惜しみする状況ではないよな」
「そう言ってしまえばそうだな。気を付けて馬に乗って移動する形しかないか」
「馬車と併用しよう。馬車の方が目立たない場合もあるだろうし」
死活問題なので、あれこれ議論してみたが、ふっとアイデアが沸いた。突拍子もないものだが当てが無い事はない。まあ頼んでおくだけ頼んでおこう。
俺達は色々話しながら歩いたので、すぐに探索者ギルドに辿り着いた。相変わらず川島がきょろきょろしながら歩いている。この街は色彩やデザインが珍しいからな。
ギルドの建物に入った途端、『黄色い奴』が飛び掛ってきた。他の連中が慌てて銃を取り出して構えたが、俺はそれを手で制した。
「やあ、ラオ。遅くなってゴメンな」
ちゃんと覚えてくれていたらしい。嬉しいな。なんたって、初めて飼う猫なんだから。
「ぐるう、ぐるぐるぐる」
嬉しそうに俺の顔をぺろぺろ舐め回す。ちょっとざりざりして痛いのですが。
「は、肇。そいつは一体」
合田が呆然として聞いてくるので教えてやった。
「あ、これが例のうちの猫だ」
「魔物じゃねえか」
「でかい猫だな」
「ただの魔物だろ!」
「アムール虎サイズだな」
「やれやれ。鈴木さんらしいといえば、それまでなのですが」
「可愛いね、名前はラオっていうの?」
「これは綺麗な生き物だな」
最後の2人は、ラオの美しい毛並みに見惚れているようだ。仕方が無いな。
「おいラオ。すまないけど、他の奴にちょっと触らせてやってくれ」
「ぐる?」
「やったあ~。猫ちゃあん」
飛びつく川島。
「ぐ、ぐるう~!?」
「おいこら川島、優しくな。やさーしく」
思いっきり、もふもふされながら「何なの、この人」みたいな顔をしているラオ。その隙に尻尾を攻めるケモナーの池田。さすが上級者だな。馬の魔物とかだったら、激しく蹴られて美味しく跳ぶシーンだ。
「おいおい、大丈夫なのか?」
合田が心配そうに訊くが、おれは笑って受け流した。
「これは、うちの子だからな。お前らからは俺と同じ匂いがするんだろ」
硝煙の匂い? それとも現代文明の素材の香りとかかな。お魚や、キャットフードの香りかもしれない。
『オッホン!』
咳払いに振り返ると、バネッサが仏頂面で立っていた。
『遅いぞ、鈴木。何をしていたんだ。ラオが煩くて敵わないぞ。今日当たり、お前が来そうだと思ってラオを連れてこっちに来ていたんだ。そいつらが、お前の仲間とやらか?』
仲間達がそちらを見て、男共は連中らしい反応を示した。
「おお、可愛い子ちゃんだな」
「また、こんな美少女と知り合いになったのか」
「さっさと紹介しろや」
女性陣からも感嘆の声が上がった。
「へえ、ピンクの髪の子もいたけれど、また綺麗なものね」
「可愛い、可愛いよ、肇。この子、私にちょうだい」
お前がもらってどうするんだよ、川島。
「こいつはバネッサ。自称腕利きの探索者だ。見た通りの美少女だが、例によって残念美少女だから、あまり期待しないでやってくれ」
俺の、余りといえば余りな紹介にバネッサの顔が引き攣る。
「それは残念ねえ」
からっと言ってのける川島に対して、心の中で突っ込んだ。
(お前も残念美人のうちの1人だからな?)




