6-36 撤収撤収
「ああ、そういう事ですか。本来なら、そういう事であるならあまり口出ししたくはないのですが、はっきり言ってダメです」
「え、何故」
彼女は、とても悲しそうな顔で俺を見た。うわ、勘弁してよ。
「現在、この世界で日本人女性は大変な危険に晒されています。さきほども20名の敵と交戦し、拉致された日本人女性を救出しました」
「マジ?」
「ええっ」
この人達はこの世界で生きているのに、何故こうも脳内お花畑なままで無事にいられるのだろう。
「こっちのヘリは攻撃魔法で攻撃されましたし、向こうの賊どもは17人を殲滅、3人を捕虜にするという大立ち回りでしたよ」
「うわあ」
「えらい事だな」
「ひええ」
うん、ちょっとは通じたか?
「そいつらの仲間はまだまだおります。特に女性は危険です。他にもそいつらのせいで危険に晒される可能性が高いです。申し訳ありませんが、全員帰国してください。撤収の準備に時間がかかりますか?」
彼らは顔を見合わせて、代表でおじさんがこう言った。
「今まで、こちらで商売して作った資金は引き上げられますか? それを元に日本での生活基盤を再構築したいので」
「わかりました。できない事はないですが、どういう形で?」
「とりあえず、ここにある物を持ち帰り、日本で換金できたらなとか考えております」
「そのへんは個人的に相談に乗りますから、ここは帰国いたしましょう。大丈夫ですよ、私はその方面のスペシャリストで、伝もたくさんございますゆえ。皆さん、収納の能力をお持ちの方はいますか?」
「収納?」
全員が首を捻って、顔を見合わせた。
またか。どうなっているんだろうな、杏の奴は特別なのか? そういや、あいつもアレイラに連れてく約束してたんだっけ。生贄騒ぎで、何もかもがぶっとんだわ。
俺達はまた実演を余儀なくされた。
「おい佐藤。ランクルを仕舞ってバスを出してくれ」
瞬時に消え去るランクルと、ドンっと現れるマイクロバス。さっき目撃した沙紀嬢以外は、全員がもれなく驚愕した。
「いや、なんだいこれ」
「これが収納か。すごいな、俺には無いのか」
「えー、ずるーい」
そんな事言われてもなあ。本当にどうなっているものやら。
「で、お荷物の運搬はお手伝いできます。お帰りになっていただけますか? 今回拉致されていた女性達は早急に帰国させねばなりません。私どもも、すぐに次のダンジョンに移動せねばなりませんので」
「じゃあ、後でもいいんだけど」
黒髪美人の神田さんが、そんな事をおっしゃった。気に入っているのか、こっちの世界が。
「だから、女性が特に危険なのです」
よくわかっていないようだ。もう暢気だな。この街って妙に緩いところがあるんだよな。あの広大なアレイラじゃなくて、なんでこんなとこにいるんだ?
他の場所でも、こういう緩い奴らが異世界で拠点作って、能天気に暮らしているのかと思うと頭が痛いぜ。
まあ正さんもそうなんだけど、あそこは俺の大事な拠点でもある。初期の活動において、マサがあったおかげで凄く助かったのは否めない。
「じゃあ、撤収準備をするから、手伝ってください」
俺は彼らの指示の元、ありとあらゆるものを収納していった。2時間後にようやく出発準備が整った。
この人達、手早く食事を取るようにと思ってお茶とオニギリを出してやったら、「オニギリパーティ」とか始めて、茶飲み話に花咲かせやがった。まったく!
ようやっと出発できたので、俺もバスの中でオニギリを手早く平らげて、元の宿に戻った。
「あ、帰ってきた。おっそいよ、鈴木」
川島が玄関先で騎士さんと一緒に見張っていた。もう仲良くなったらしい。騎士が少しデレているようにも見える。こいつもパッと見には、それなりの美人に見えるからな。
「ああ、悪い。そっちは出られるか?」
「うん。大丈夫だよ~」
中からは城戸さんに付き添われて2人の女性が出て来た。
足取りも、宿に着いた頃に比べれば確かなものといって差し支えは無い。他の人達も次々と乗りこんでいく。
「では、ヨナサン隊長。ハッサーノ副隊長も。我々はこれでアレイラへと向かいます。御世話になりました。その賊ども3人については、宜しくお願いします」
『ああ、任されよ。とにかく貴殿らの任務が成功して良かった事だ。我々も殿下に対して面目も立った。それでは道中、御気をつけて』
『また会いましょう』
俺は、彼ら流の挨拶を決めるとバスに乗り込んだ。
「佐藤、出してくれ」
バスは石畳の上をなだらかに走りぬけ、門へと辿り着く。門までは騎士の1人が先導してくれたので、問題なく通り抜けた。先導の騎士に挙手や手を振って挨拶すると、彼も右手を上げて挨拶してくれた。
「あ~あ、これで日本に帰るのかあ。終わっちゃったな、あたしの異世界生活」
いきなり沙紀嬢がそんな事を口走った。
拉致されていた2人の女性が顔を引き攣らせる。黙らせようと立ち上がった俺を城戸さんが目で制した。
「そんなに楽しかった?」
優しく訊ねる城戸さんの問いに、少し真剣な光を目に湛えて彼女は答えた。
「うーん、それはどうかな。うち、色々あってさ。あんまり、うちに帰りたくないんだ。学校もやめちゃってバイトしてた。ダンジョンって言葉に、なんか希望みたいな、何かがあるんじゃないかって思えて。ダンジョンの仕事には何もなかったんだけどね。でも、ここには大人の人もいて、色んな事が話せたし、相談もできた。それが無くなっちゃうのかなと思って」
あらら、能天気娘にも色々悩みはあったらしい。川島が彼女の頭をくしゃくしゃっとして、彼女も笑いながらやりかえしていた。みんな、それを暖かく見守っている。
街道に出て、しばらくは道中も何も無かったが、なんとラドーが急襲してきた。この国は飛竜隊とかいねえのかよ。うちのバスが狙いではない。お目当ては少し前にいる馬車だ。まったく落ち着かない世界だぜ。
「おい、みんな。ちょっと救援に行ってくるから。このバスは強化済みでイージスも張ってあるから。あいつはジェイクへの土産にでもするかな」
青山がドアを開けてくれたので、俺は後ろ向きにバスのステップから飛んだ。全員が驚いたようだったが、大丈夫だ。
アイテムボックスから、ジェットパックを丁度背負うような形で出した。直接背負えるように結構練習したのだ。高層ビルから突き落とされても生き延びられる。
煙を吹いて飛んでくる変な奴に、ラドーは警戒を示したが俺は構わず空中戦を挑んだ。
おっと、でかい図体して案外と素早いな、こいつ。そしてブレスを吐いてきた。ドルクットには遥かに及ばないが、確かなブレスだ。
ただの炎ではなく、膨らむ火球のようなものだ。念には念を入れて、それはアイテムボックスで収納しておき、大きく弧を描いて跳びながら、奴の背後に何も無い射撃ポジションを取る。
マジックアローをぶちこんで、あっさりと仕留めた。落ちていくそいつを回収して終了だ。
あんなブレスを吐くとは思わなかったな。こいつに会ったら助からないと言われる理由がやっと理解できたぜ。次回は手間取らずに倒そう。
バスが止まって待ってくれていたので、俺は馬車の傍に寄って飛びながら手を振ってから、バスへと戻っていった。
馬車の人達のポカンとした顔が見物だ。無事に着地して、バスに乗り込んだ俺に乗客の反応は様々だった。
「うっわ、映画みたい!」
「じ、自衛隊の新装備ですか?」
「危ないから、いきなり飛び降りないでくださいよ~」
城戸さんが、笑いながら説明する。
「皆さん、こんな危険な真似を平然とやってのけるのは、そこの唐変木だけですので御安心ください。自衛隊は命を大切にする団体ですから」
あ、酷いな姐御。せっかく、絵になるシーンを提供してやったというのに。
「もっと凄い魔物も出てきますからね。日本に帰って正解だと思いますわ」
なんか、みんな頷いてるみたいだからいいか。
今まであまり危ないシーンとかに出合っていなかったみたいだな。ようやくこれで、俺達の奪還作戦は一区切りが付いたようだ。
俺達は、しばらく走らせたバスの前方に見えてきたアレイラへと、ひたすら向かっていた。




