6-35 馬に蹴られて
『どうしました』
ヨナサン隊長が、バスが止まってしまったので、馬を反して戻ってきた。
「いえ、実は残りの行方不明者の方が見つかりまして。いや偶然です。先ほどヘリが飛び回っているのを聞きつけたのでしょう。怪我の功名です。この町に立ち寄らずに帰っていたら、とんでもない事でした」
『そうですか、それは良かった』
だが、沙紀嬢はここで爆弾発言を行なった。
「まだ、仲間がいるんだ。呼んできていいかな?」
「え、男性ですよね?」
「ん? 女の子もいるよ。2人」
「何ー!」
警察め、話が違うじゃないかー。他のメンバーも驚いていた。
「ほ、他の人は?」
「んー、男の人が4人ほどー」
「山崎ー」
「おお、なんか予定が狂いっぱなしだな。いや、見つかったのだからいいのか」
「帰ったら、警察にリストを徹底的に洗い直させないと。まったく」
件の沙紀嬢は、両手を頭の後ろに組みながらフーセンガムを噛んでいる。
川島に借りたと思しきスマホのイヤホンを耳にさして、足は軽くステップを踏んでいる。なんだか見ていると眩暈がしてくる。
「とりあえず、近藤さん。一緒に来てください。それから、残りの人のところへ行きましょう」
「はーい」
こいつは面倒を起こしそうなタイプだな。もうヘリの出番はなさそうだ。「お兄ちゃん」を宛がっておくことにした。
「山崎」
「ん?」
俺は目配せをして、沙紀嬢の方へ顎をしゃくった。
「わかった」
任せたぜ。他の2人と一緒にしておくと、何か無神経発言とかをやらかしそうな気がする。
騎士達が先導して、まもなく宿のようなところに着いた。宿の前にバスをつけ、降りるとヨナサン隊長が伝えてくれる。
『ここが、エルリオット殿下がいつもお使いになる宿です。色々と融通が利きますので。さあ、中へどうぞ』
俺は、トレーラーをはずして、中でぐったりしてる連中を摘まみだした。ついでにバスを仕舞ってもらう。データはすでにバックアップ済みだ。
よし、なんとかなったか。こいつが2人と揉めなくて済んだな。
「じゃあ、山崎。後は頼んだ。俺は他の人を迎えに行ってくるから」
「えーっ、お兄ちゃんは行かないの?」
山崎の腕に、ひっついて離れない奴がいる。だから、そいつは巨乳派だというのに。
「護衛に3人残すんですよ。川島と城戸さんは、護衛の勘定に入っていないのだから。ドライバーコンビは、メンバーからはずせないから」
「えー、やだー」
「いいから行くぞ。いつまでたっても帰れないじゃないか」
さすがにイラっとしたので、丁寧語はやめてやった。
「あ、なんか急に乱暴な口の利き方になったー。あなた、本当に自衛隊員?」
「くくっ。残念だったな。俺だけは元自衛隊だよ。今はただの民間人さ」
「あ、騙されたー!」
なんか、その場駆け足の格好でジタバタしている奴がいる。
「やかましい。俺以外に世界を渡る事が出来ないんだから、しょうがないだろ!」
「何それー、サギだー」
俺は無言でそいつの襟首を摘まんで、猫のように引き摺りながら出かける事にした。
「こっちだよー」
沙紀嬢の案内に従って、徐行で町を進んでいく。
とりあえずはランクルで行く。この街はただの宿場町だ。アレイラに近いので、大きめだし活気はあるが。
それでも、道路がマイクロバスの通行に合わせてくれてあるわけではない。やっぱり、普通サイズの馬車に比べればマイクロバスの方がでかいのだ。馬がいない分はいいのだが。
連れていかれた先は何かのお店のようだ。
「おやあ、ランドクルーザーじゃないか。こりゃあ一体!」
眼鏡の縁を右手の人差し指でちょいと上げながら、こちらを見ている猫背の痩せたおじさんがいた。頭には、もうかなり白いものが混じっていて鼠色になっていた。
「あ、おじさーん」
沙紀嬢は窓から手を振っている。
「お、沙紀坊お帰り。その人達は? おお! 迷彩服か。じ、自衛隊なのかね?」
車から降りた俺達を見て、おじさんは驚いたようだった。
「ええ、各地のダンジョンを巡り、こちらに取り残された日本人の救出をしているところです」
「でも、この人だけは、ただの元自衛隊なんだよ」
「うるさいな。いいから、他の人を紹介してくれ」
「あ、ひーちゃーん」
ひーちゃんと呼ばれた若者は肩に担いだ木箱を降ろして、こちらへやってきた。
「なんだよ、沙紀は相変わらずうるせえな。って、ええっ! 自衛隊!?」
「あら、何の騒ぎ……え、自衛隊?」
店の奥から出てきた黒髪美人も、自ら騒ぎに加わった。埒が明かないので、とりあえず全員集まってもらった。全員で7名か。
沙紀嬢、ひーちゃんこと秀樹さん、黒田のおじさん、黒髪美人の神田さん、もう1人の女性で中田さん、30歳くらいの男性で山本さん、そして30代後半の杉山さんで7名だ。女性2名以外は、全員不明者リストに名前がある。
「皆さん、これから日本に向けて帰国いたしますが、異存はありませんね」
「あのう」
さっきの人ではない、20代後半くらいの眼鏡の女性が声の主だ。
「なんでしょう、中田さん」
大変嫌な予感がしたが、一応話は聞いてみる。
「ここに残ってはダメでしょうか」
ほら来たよ。
「それは一体何故でしょう」
「その、私……彼と、ここで商売して暮していけないかと思って」
そう言いながら、そっと傍らの30歳くらいの男性、山本さんに寄り添った。
あはは、なるほどね。これはお邪魔虫だったかな。




