6-29 遊び竜
翌朝、俺達は宿を出て、ギルドへと向かった。出掛けに山崎が不意討ちを食らって、メイリーからキスされてしまっていたのは余興だ。
「お兄ちゃあん。行ってらっしゃい。チュっ」
首っ玉に抱きついて、そこからちょいと伸び上がって。無論、ギャラリーは爆笑で、冷やかしを食らっていた。
「ヒュウヒュウ、色男ー」
「少女の敵~」
「いいぞおー、山崎。この女殺し~」
敵では無いので、山崎の奴も油断していたらしい。俺達と同じ部屋で寝てるんじゃなかったら、夜這いをかけられていたかもしれん。
「さ、さあ行こうぜ」
やや焦り君の山崎に促されるままに、車は探索者ギルドへと目指した。うむ。そして、あそこにも妹が1人いたよな。キスの件はチクるか。
もう慣れたもので、ギルドの中庭からヘリを出してエンジンスタート。しばらく暖気してから大空へと飛び出した。
そして、お約束のようにお邪魔虫がやってきた。イルクットの群だ!
複数の飛行魔物に出会うのは初めてだ。あまり近寄らせたくないな。面倒だ。
「おのれ、敵わぬと知って数を頼みに来たのか~。卑怯なり~」
「おい肇、ふざけてねえで、さっさと落とせよ。ヤバイぞ」
山崎も、ちょっと焦り気味だ。
「はいはい。何匹いる?」
「レーダーには、6匹だな」
「あいよ。合田、ドアを開けてくれ」
俺はマジックアローを生成し、ファクラの力で奴らに狙いをつけた。そして撃った。魔法の矢は奴らに向かって進むと、6つに別れた。それぞれが青い軌跡を引いて、魔物達を追い命中した。
「全機撃墜、回収終了~」
そう、日本の富士演習場で射撃訓練をしていた時に、複数標的を撃破する訓練をしていたが、それをマジックアローでやってのけたまでだ。
いわばショットガンならぬ、ショットアローとでも言うべきか。
なかなか、狙ったところに当たってはいないが、粉々にもしていないし、いいんじゃないだろうか。
「山崎、他に隠れているのはいないか?」
「ああ、いな……いや、いるぞ。さっきはいなかった。今現れたらしい」
「む、この感覚は。こいつと会った事あるぞ。そして、取り逃がした奴といえば」
あいつだ。「遊んでー」が現れやがった。この野郎、またおちょくりにきやがったのか?
「接近してくる。どうする?」
「どうすると聞かれてもな。今回は、奴も本気で向かってくるかもしれんし。やるしかないだろう」
「気をつけろ。こいつは速い。一瞬にしてレーダーレンジに入ってきやがった」
奴は悠々とヘリの後ろにつけて、空中を遊弋している。動きから、楽しそうにしているのが見てとれる。
「今のうちに、どこかに着陸できないか?」
「厳しいな。あいつは初動が早そうだ。うかつに着陸態勢を見せれば危ないかもしれん」
ちっ。空中でやるしかないか。
あっちへ行けよ。お前と遊んでいる暇はねえんだから。
「おい、つっこんでくるぞ!」
「イージス」
とりあえず、魔法の盾を展開する。ヘリの機体は、始めから強化してある。
奴は突っ込みながら、ヘリの下ギリギリをすり抜けていく。上の回転するローターには、本能的に危険を感じているのだろう。奴は見事なターンを決め、2度3度と繰り返す。やはり遊びたいだけらしい。
「仕方が無い。山崎、少し遊んでやれよ」
「あのなあ。まあ、いいんだけど」
奴が遊び飽きてくれるのを期待して、ヘリに色んな挙動をさせて奴の相手をしてやった。奴は夢中になって遊びに精を出している。このままじゃキリがないな。
面白いので、4本ローターの大型ドローンを出してじゃらしてみた。奴は気に入ったのか、すっかりオモチャに夢中だ。
カメラを数台つけてあったので、色々撮影できた。その間に俺達はグラヴァスへとトンズラした。あれには自動操縦モードがついているので、バッテリーが切れるまでは遊んでいることだろう。これはこれでやっかいな魔物だな。
俺達は、奴が追尾してきていないか確認の上、グラヴァスの辺境伯邸へと降り立った。下で、エルシアちゃんが手を振ってくれている。
ヘリから降りるなり、駆け寄って山崎に抱きついていく。ちょっと山崎がビクっとしているのが失笑物だ。執事のロンソンが一緒に出迎えてくれた。
『お久し振りでございます。皆様』
『みんな久し振り~。忙しかった?』
「まあね。辺境伯は?」
『中にいるよー』
そして歩きながら、ふっと聞いてみた。
「ねえエルシアちゃん。こいつって何かわかる?」
俺はそう言って、例の遊び人ならぬ遊び竜のカメラ映像を見せた。
『あれ? これ……いや、まさかね』
それらを見ながら、エルシアちゃんは少し引き攣った表情をしている。
「ん? 何か知ってる?」
『え、あー、それについては違ってるといけないから、エド叔父様に聞いたほうがいいと思うの』
「へえ?」
何か御大層な奴なのかな? とてもそうは見えないが。俺達はヘリポートから館へ続く庭園の小道をぞろぞろと歩いていった。
もう、ここでは迷彩服は脱いでいる。城戸さんは、居合いを嗜むそうで、日本刀を腰に下げている。俺がミスリルに素材を置換して複製したものだ。思ったより、おっかないお姉さんだな。
館では、知らせを聞いてサロンで待っていてくれる辺境伯の姿があった。
『おお、お前達来たか。まあ座れ』
俺達は勧められるままに腰を下ろし、寛いだ。収納持ちでない城戸さん以外は武器をしまってある。城戸さんも、川島に刀を預けた。メイドさん達が、お茶とお茶菓子を配膳してくれる。
「あれから、こちらで日本人の消息が何かつかめましたでしょうか。クヌードでは7人を連れ帰りました。まだ13人が不明です」
「うむ。捜索はしておるが、こちらでも見つかっておらん。まだ王都でも見つかってはいないようだの」
「そうですか。そうかもしれませんね。我々の機動力をもってしても、クヌード以北に進むには困難がありました。今でも空路では魔物に出会いますからね。あっ、そういえば、この魔物に見覚えはありませんか? エルシアちゃんは何か心当たりがあったようなんですが」
「どれ」
そう言って写真を受け取った辺境伯は驚愕して、お茶のカップを取り落とした。あれ? そんなに驚くようなものだったのかあ。慌ててメイドさんが駆け寄ってくる。
「こ、これはエルクット。神の竜と呼ばれるものじゃ。まさか、この写真とやらとはいえ、その姿を生きて拝めるとはのう」
ええーっ? あいつ、そんなありがたいものだったの?




