6-28 クヌードへトンボ帰り
俺達は守山指令部に帰還した。通常、駐屯地開放日でも、このような指令部の奥まで一般の人が入る事は無い。
帰還した日本人は珍しそうに見回している。女の子は、また心細くなったのか、城戸さんにしがみ付いている。
姐御は落ち着いたもんだ。手慣れた様子で少女の肩を抱き、優しく髪を撫で付けている。
師団長の部屋まで行くと、電話で知らせておいたので、笑顔の出迎えがあった。
「おお、帰ってこられた方達がいたか。喜ばしい事だ。皆さん、お帰りなさい。お疲れ様でした」
帰還を遂げた皆さんは、ぎこちないような会釈などをする。
まあ慣れない場所と相手だからね。自衛隊の制服とかよく知らない人でも、服についてる飾りとか見れば偉い人なのはよくわかる。師団長は1人1人と握手をして、苦労を労っていた。
当然、この人数が座る場所などはない。師団長は机のインターホンで、待機していた愛知県警の警官に連絡した。会議室を一つ提供しているらしい。
「今、警察が、お話を聞く形になると思いますので。その間に、御家族の方に連絡を。電話は使える状態ですか?」
「あー、バッテリーが切れていまして」
「私は落としてしまいました」
まあ、向こうに行って随分経つから無理も無い。俺みたいにはいかないのだ。
「それでは、会議室の電話を交換手に言って繋いでもらってください。橋本准尉、電話の使い方を教えてさしあげてくれ。あと飲み物の手配を」
「はっ。では、皆さん。こちらへどうぞ」
城戸さんが付き添いながら、准尉の後について皆さんは出て行った。
「お前達は、戻るのだな?」
「はい、今から戻って宿を確保したら、マサへ行き補給を行います。明日にはグラヴァスとマルシェにて捜索で見つかった日本人がいないかを確認します。予定が1日ずれましたが、グニガムの方では日時を約束していませんので」
「わかった。頼むぞ、気をつけてな」
「では、いってきます」
もうこれで何度行き来したかわからない指令部の廊下に、靴音を軽く響かせながら話をしながら歩く。
「女の子が無事でよかったな。クヌードは、女の子があと2人か?」
「ああ、男性は後11人か。全員見つかるといいんだがな」
明さんの件が脳裏をよぎる。杏の会社の人間と入れて、ここまでの犠牲者は2人だ。まだ増えそうな嫌な予感がする。
俺達7人はトンボ帰りで迷宮都市クヌードへと戻り、とりあえず、いつもの宿へ向かった。
『あら、お兄ちゃん、いらっしゃい。もうお見限りなんで、メイリーがぶうぶう言っているわよ。メイリー、メイリー。お兄ちゃんが来たわよう』
どたどた言う足音と共に、疾風の弾丸が山崎に向かって突入してきた。
「もう、お兄ちゃんのバカバカ。ずっと待ってたのよお~」
ひっつき虫のように、くっついて離れない。
「今回は何日いるの?」
上目遣いで可愛く訊いているが、そんな殊勝な玉ではないのは、みんな知っている。
「はは悪いな。今回は明日の朝には立つんだ」
「ええーっ。つまんないー」
もう山崎の腕に抱きついて、ブラブラしている。
『ねえ、お姉ちゃん~』
『しょうがないわねえ。お兄ちゃん、その子を晩御飯に連れていってあげてくれないかしら』
ラーニャは溜め息を吐いて妥協した。多分実らないだろう妹の恋に哀れみをかけたか。
「俺達は構わないけど、忙しいんじゃないのか?」
『今日だけはいいわ』
「そうか。じゃあメイリー、マサで晩御飯な」
「やったあ~。お兄ちゃん、だあいすき!」
メイリーが山崎の首っ玉にかじりついた。
行きは車で出かけた。ここからマサまでは歩いても10分とかからない。帰りに川島が出来上がっていない限りは。
俺達は着替えてきて、マサへと移動した。城戸さんを置いてきたので、メイリーを入れても乗用車1台に収まった。ゆっくりとではあるが、ガラス窓を通して流れる町の風景にメイリーがもう釘付けだ。
「正さん、お久し振りです。今戻りました」
「お久です」
「お変わりないですか?」
ウエイトレスのネコミミ娘に呼ばれて、厨房から出てきてくれた正さんに声をかける。
「久し振りね。みんな忙しいんじゃないの?」
「いやあ。今日もしっかり仕事してきたところですよ。ここクヌードから7名の日本人を日本に連れ帰る事ができました」
「そりゃあ良かった。まだ、こっちにはいるのかい?」
正さんも、その話を聞いて相好を崩した。
「ええ、明日は急遽グラヴィスと王都マルシェには行ってみようかなと。向こうに流れている人が見つかっている可能性がありますので。ついでに情報の収集を兼ねて。あ、後で補給品を渡しますね」
「そうかい、そうかい。おや、そっちの子は?」
「ああ、この子はいつも泊まる宿の娘です。メイリー、ここの店主の正さんだよ。ご挨拶しな」
俺は、ちょっと目配せをした。
「初めまして、メイリーです。よろしくマサさん」
スカートの裾をちょいと摘まんで挨拶をする、メイリーの鮮やかな日本語に目を丸くする正さん。さすがわかっているな、メイリー。
「これはまた、上手な日本語だねえ」
「あはは。子供はすぐ覚えちゃいますので。それにメイリーは『お兄ちゃん命』だから」
金に飽かせた日本語教材と、恋する少女の執念の勝利だ。
「ははは、そりゃいいね。真吾ちゃんも隅に置けないねえ」
「いやあ、あはは」
やや困った感じの山崎を尻目に、さっそく注文に入る。
「じゃあ、正さん。生ビールと、メイリーには何かソフトドリンクをお願いします」
「はいよ」
俺達はお兄ちゃんべったりのメイリーを微笑ましそうに見守る仲間達と、久し振りのマサをとっくりと堪能した。




