6-26 そこにいた人々
子供達に御土産を配ってから、山崎隊長の野外料理のお時間になった。
「ロミオ、あれから御膝が痛い子はいるかい?」
『大丈夫だよー、ハジメが野菜とか食べた方がいいって言うから、そうしたら大丈夫になった』
「そうか、それなら良かった」
俺はロミオの頭をぐりぐりしてやって、目一杯労った。この子は、仲間の子供達の面倒を一生懸命に見ているが、この子だってまだ小さな子供なのだ。
俺は、その間にエアホッケーの修理を頼まれた。
『これ壊れちゃった。直して~』
何しろ子供の数が半端ではない。楽しくてガンガン遊ぶので、あっという間にボロボロになって壊れたらしい。置いてあったものもアイテムボックスで復元して、追加で5セット出しておいた。
今日の献立は、特製オムライスにウインナーとブロッコリを添えて。フレンチドレッシングがけのサラダと、ベーコンたっぷりのコンソメスープだ。みんな、お兄ちゃんの御飯に夢中だ。
子供達はお昼寝に入ったので、俺達はまた来ると言って出かける事にした。スクードの用件を確認するところからだ。
ギルドに到着して、スクードを訪ねたが奴は大変厳しい顔で出迎えてくれた。
「どうした?」
『ああ、よく来たな。ついて来い』
い、嫌な予感がする!
ちらと山崎を見たが、緊張気味の顔をしている。逆に引き締まったというか、「普段の顔」をしている木戸さんがいた。
『こっちだ』
そう言ってスクードが案内してくれた部屋には、2人の女性がいた。黒髪の。
う、うおっ。俺達の間に、理由もなく緊張が走った。いやあえて言うのなら、その部屋から醸し出されていた空気に押されたというのか。
「こんにちは」
その微妙な幕間を縫って声をかけたのは、城戸の姐御だった。
「こ、こんにちは、貴女は自衛隊の方?」
ソファの上でもう1人の女性を抱えた、20代前半から半ばくらいと思われる女性が問いを発した。全員、迷彩服だからな。
「いえ、私はこんな格好をしていますが日本政府の者です。日本ダンジョン対策委員会書記長の城戸と申します。他の人は自衛隊のメンバーです。もう安心ですよ。ダンジョンで行方不明になった日本人の方で間違いありませんね?」
俺は自衛隊と違うんだけどね。
「は、はい。そうです。ほ、本当に?」
女性は、抱えていた女の子と一緒にずり落ちるように、床にへたりこんだ。
「よかった、本当によかった、ああっ」
抱えているほうの女の人が、現実に返ったのか、おいおいと泣き出した。なんかヤバイ雰囲気だ。川島も居心地が悪そうだ。こういう時は、女性隊員にお鉢が回ってくるものと相場は決まっている。だが、そうではなかった。
城戸さんは固まった俺達には目もくれずに、間髪入れずに確かな足取りで進み出ると、膝を付き2人を優しく包み込んだ。
「もう大丈夫、大丈夫ですからね」
姐御~、あんた! あんなに優しい声を出せるなんて!
俺にはいつも手厳しいんだけど!?
「お母さんだ、お母さんがいる!」
命知らずに叫んだ女がいた。
「誰が、お母さんですか~」
そのボケと突っ込みに、女の人が泣き笑いの表情を見せた。
だが問題は抱えられていた奴の方だろう。ほぼ死んでいる。こ、こいつに関する話を聞くのが怖い。
ドルクットとの対決だのホオジロザメとやりあっただの、そんな出来事は瑣末な事のように思える。城戸の姉御がいてくれて、こんなに頼りに思った事は初めてだ。
だが、そんな若干和んだ空気に、死んでいた女の眼にも少しは光が戻った気がする。
城戸の姐御は2人を抱きしめたまま、じっとしていた。まるで、その体温を2人の心に染み込ませようとしているかのように。
「あの……」
年嵩の方の、しっかりした口の利ける女性がおずおずと口を開いた。
「なあに?」
城戸さんが優しく訊き返す。
「日本には、ちゃんと帰れるのですか?」
「ええ、今すぐにでも」
そう言って、2人を再び抱きしめた。
「鈴木君。いいですね?」
「はいはい、いつでもOKですよ~」
だがスクードから横槍が入った。
『その前に、他の日本人を紹介しよう』
「え、まだいたの」
多分、あれだ。女の人に配慮して別室においていたな。
『隣の部屋には、男性が5人いる』
俺達、男衆がスクードについていくと、彼らの顔がパッと輝いた。40代と思しき方が叫んだ。
「自衛隊! 来てくれたんですか!?」
「はい、お迎えに上がりました。皆さん、よくご無事で」
俺達は全員整列して敬礼し、山崎が声をかけていた。
「日本には帰れるのです?」
「しかし、ここは一体。いや、言ってもしかたがない」
「家族と連絡が取りたいのですが」
山崎は、逸る人達を手で制した。
「ああ、皆さん。落ち着いて。我々は、ここと日本を行き来する手段を保有しております。無事に日本へは帰る事ができますので、ご安心ください。ただ、通信は途絶しておりますので、連絡は日本に戻ってからになります。あと少し調査にご協力願います」
「調査というと?」
少し不安そうな顔で訊き返してきた30代の男性がいた。
「ああそれはですね、こちらへ来た際に、妙な能力とか身につける人がいますので。それでトラブルに巻き込まれたりする可能性がありますから。おい肇」
「ああ、こんな感じですね~」
俺はアイテムボックスから、ドンっと自転車を取り出した。そして、また仕舞う。
「これがアイテムボックスという能力です。こちらでは収納というそうですが。お持ちの方はいます?」
全員が即座に首を振った。
「あと、念話といって、こちらが日本語を話しても言葉が通じる能力があります」
これも全員が首を振った。
「もし後で判明して、お困りなら日本政府にご相談ください。色々問題がある能力でしてね」




