6-23 お取り調べ
やがて、最大速度で航行してきたダッタブーダと合流して、船尾にある水遊び用のデッキにボートは乗りつけた。クルーが子供達を毛布ごと抱き上げて連れていってくれた。
「オーナー、お疲れ様です。鮫が出たのは災難でしたね。みんな無事でよかった」
出迎えてくれたキャプテンが労ってくれた。
「なあに、結果から言えば災難だったのは、その件の鮫だけだからな」
子供達は風呂に入れてもらうために、女性クルーによって部屋の方に連れていかれた。
「警察の方に問い合わせたところ、伊勢湾沿いの知多半島の海岸で行方不明になった子供が2人いたそうです。夕べ、捜索願が出ておりました。7歳と3歳の女児で、名前・服装なども一致しております」
名前はクルー達が聞き出してくれていたようだ。俺は、そんな余裕がなかったし。
「そうか。で、どうするって?」
「子供達は休ませたほうがいいでしょうから、このまま船で港へ向かう事にします」
よく見ると、船はゆっくりと旋回して、向きを変えつつある。
「今から50分後には港に接舷できるでしょう」
「わかった。俺もちょっと一風呂浴びさせてください。海に突っ込んだまんまだった。体中がべたべたしますよ」
「わかりました。ごゆっくりどうぞ」
そして、水着から着替えてたまっていた女の子連中に向かって言った。
「おい、亜理紗。オーナールームの風呂を使うからな」
「えー、ちょっと待ってー。みんな、下着とか片付けてあったかな」
むう、何だその言い草は。この兄を下着漁り野郎呼ばわりか! ちょっとカチンときたので、いいものを見せてやることにした。
「おい、亜理紗ちょっと待て」
「なあに?」
不思議そうな、というか不審そうな表情をこちらに向ける。こういう時の兄は禄でもない事をしそうだと、無意識下での警戒心が湧き上がったか。うん、その判断は概ね正しいぜ。
「これだよ、これ」
そう言って、大きなビニールシートを2枚デッキの上にぶち広げた。他のお友達の子も寄ってきた。あ、他の子は寄ってこなくていいんだけれど。まあいいか。
「そおら!」
そう言って出したものは、当然のように、さっきのホオジロ君だ。たっぷりと血塗れだわ。
こうして船上に並べると、改めてでかい。異世界で、でかい魔物ばっかり仕留めているから、気にしてなかったけど、こいつだって充分大物だよな。
「ぎゃあああ、兄ちゃんの馬鹿ー」
亜理紗のおったまげように、俺は満足そうな顔を浮かべるとドヤ顔で言った。
「さっき仕留めたばっかりの、ピチピチ新鮮な鮫ちゃんだぜ」
「これは立派なホオジロですな」
キャプテンも感心したように覗き込む。さすが英国海軍大佐だっただけの事はある。まったく動じていない。
「どのへんが美味いのかな」
俺はちょっと楽しそうに品定めをする。
お友達どもも、きゃあきゃあ言って騒いでいた。スマホで撮ったり、隣に寝転んだり。
「これ、本当にお兄さんが!?」
「自衛隊ってツオイ?」
「これ食べられますかね」
「どっから出したの~」
あれま。みんな、案外といい根性してるのね。亜理紗もいつのまにか、他の子に混ざって鮫をつんつんしている。
「あははは。オーナー、それは魔物ではありませんから、肉が傷みます。仕舞っておきましょう。まあ鮫は腐りにくい魚ではありますが」
じゃあ、一旦仕舞っておくか。そこの水族館で標本とかにいらないかな。一応は地元の海で獲れたものだし。附属する逸話が素敵よ。まるで映画のようなシーンも、ヘリのカメラでバッチリと撮れているし。
「じゃあ、風呂は使うからな~」
俺はオーナーズスイートへ向かった。デッキから20mはある斜めになった壁面を滑り降りるような感じで。階段を下りるのが面倒くさいわ。
豪華な浴槽で、ゆっくりと風呂に浸かって、風呂上りに冷えた牛乳を飲み干した。今日はまだ運転の予定があるので、ビールはお預けだ。
デッキに立つと、もう港が大きく見えていた。シンボルの観覧車もよく見える。今回は特別に、埠頭正面の豪華客船などが泊まる場所に船をつけた。
港にも緊急で許可を取り付けた。タグボートがやってきて、上手に岸壁につけてくれる。お世話様です。バウスラスターも装備しているが、タグボートに任せると楽だ。デッキクルーが接岸準備をしている。
警察のパトカーも止まっていた。デッキクルーが、船側に設けられた可動式の乗降用タラップを出してくれたので、俺は降りていって警官に挨拶する。
「やあ、お疲れ様。私が、この船のオーナーです。あの子達の親御さんは?」
「ああ、どうも。先ほど連絡しましたので、今、こちらに向かっている最中です。もうすぐ来られるのでは。お子様は船内ですか?」
「ええ、多分ゲストルームのベッドで眠っているでしょう。そうですか、では親御さんが来られたら船に連れてきてください。あの子達はお風呂に入れて食事を摂らせておきました。外傷は無かったし、健康な状態だと思いますが、一応お医者様に診せられたほうがいいかもしれませんね」
警官は手帳に書きこみながら、俺に訊いてくる。
「少しお話を宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。上でいいですか?」
「わかりました。おい、ご両親が見えたら、船に連れてきてくれ」
もう1人の警官に指示を出してから、俺と一緒にタラップを上った。そのままメインデッキから外にある階段を登り、セカンドデッキの後部にあるテーブルへと進む。
「それにしても、凄い船ですなあ」
警官はセカンドデッキの、パラソル付きのテーブルに座りながらも、周りを見渡した。
真っ青な空とウォーターフロントの港、遠くには名港トリトンの勇壮な姿が見える。海の上を渡る長い大橋だ。警官の面差しには羨望の眼が煌いていた。
「はは。恐縮です」
「えーと、それでは、最初に子供達を発見した経緯について、お伺いしたいのですが」
ほどなく、デッキクルーが冷えた麦茶を持ってきてくれた。
「ドウゾ」
「あ、こりゃ、どうも」
「ありがとう、ジャック」
「ゴユックリ~」
くったくない笑顔を残し立ち去る、その後姿を見送りながら、俺は麦茶を一口啜り、話し始めた。




