6-21 ファクラたる者
山崎達を呼び出して、打ち合わせを行なった。
「明日、1日休養に当てるから、明後日の朝に現地入りね」
「わかった。じゃあ、その予定で」
本日を補給に当てて、現地に行くのは明後日にする旨を伝えて、指令部をお暇した。主に猫向けの補給だな。何しろ、うちの猫はよく食べるし。普通の猫でいうと数百匹分にあたるからな。体重は1tを楽に越える。あと、バネッサ向けの色々かな。
俺は車を出して、買い物に向かった。道中、俺はあちこちのペットショップを覗き、ショッピングセンターなども立ち寄る。
そしてデパートにも寄っていく。思うところあって、あれこれ仕入れていく。グニガムへ行くより先に、クヌードやアレイラへ寄っていこうかと思ったのだ。
もしかすると、誰か日本人が見つかっているかもしれないというのもある。正さんへの補給や、解体場の子供達の顔もみたい。
なんやかや回って、家路についたのは夕方を回った頃だった。
「ただいま~」
「あら、お帰りー」
丁度、買い物から帰ってきたらしい、母親と家の前でかち合った。真夏の湿潤な空気が、俺の体に染み込むかのようだ。家の庭木や壁で、蝉共が短い夏を謳歌している。
お袋の荷物を持って、家の中に入りながら亜理紗の話題になる。
「え? あいつ、まだ帰ってきてないの?」
「それがね、また友達呼んで毎日遊びまくっているみたいでねえ。1回帰っていらっしゃいって言ってあるんだけど」
やれやれ。まあ、いいんだけれど。クルーに迷惑かけてないだろうな。
「じゃあ、明日見にいってくるよ。明日は休養日で、明後日から迷宮に行くから」
「そうかい? じゃあ、頼んだよ」
とりあえず、キャプテンに電話してみた。
「はい、ロバートです」
しっかりとした日本語で、応えが返ってくる。
「あー、オーナーの鈴木ですが。どうも」
「あー、こんにちは。こちらへいらっしゃるのですか? 実は妹さんのお友達で部屋が一杯になってしまっていまして」
そんなに大人数で居坐っていたのか!
「ああ、いや。妹がずっと、そっちにいるんで、母親が1回帰ってこいと言っていましてね」
「あっはっは。そうでしたか。毎日楽しそうにしていますよ」
携帯電話も陽気に震えるようなニュアンスで報告をもらった。そうだったか。まあ、うちの子は、そんなもんだな。
「あいつらが、何かご迷惑をかけていませんか?」
「いや、特にそういう事はありませんが」
キャプテンも、愉快そうな声を出している。
「じゃあ、明日そっちに行きます。洋上ですよね?」
「はい、そうです。伊勢湾上にいます。1度補給に戻りましたよ。その際に、お友達が増えたようです。ヘリで来られますか?」
「そのつもりです。それでは明日」
俺は神野さんに電話して予定を伝えた。ヘリの置いてある、県営名古屋空港まで朝方に行く予定だ。
「わかりました。では明日、名古屋空港でお待ちしております」
まあ、どうせ日頃は遊ばせている船なんだからいいが。どの道、俺が使わない時でも航行訓練はやらねばならないのだ。いざという時のために。
翌日、俺は飯を食ってから、車で出かける事にした。今日は任務じゃない。ゆったりと音楽に身を任せ、夏の日差しの中で車を滑らせていった。
たった3kmの道のりだ。刹那の時間の後、俺は空港のヘリ運行会社、名古屋第3航空の駐車場に乗り付けていた。
「おはようございます、神野さん」
「おはようございます、オーナー。準備出来ていますよ」
もうローターが回り、エンジンの温まったと思しき自家用機が、猛烈な風を巻き起こしていた。神野さんに連れられてヘリに乗り込むと、瞬く間に飛び上がり、一路伊勢湾へと目指した。俺は手順などをしっかりと反芻しながら、水平飛行に移るまでの一部始終を観察していた。
「向こうでは、ヘリには乗っていますか?」
気になるのか、神野さんが訊いてくれる。
「今のところ、そういう悲劇は避けられていますね。そういう状況というのは、基本的に危険を避けるために逃げ出すという事を意味しますので」
「なるほど、それはいけませんね」
それがどういう事なのか、神野さんならわかってくれる。攻撃してくる戦闘機に真後ろにつけられるようなものだ。たまったものではない。
「それに、俺が操縦していると反撃ができませんので、飛行魔物にヘリが落とされます」
神野さんから、何か物凄い表情の笑顔がいただけた。この世界のヘリパイロットは、軍用機パイロットでも想定しないよな。
ほんの6分ほどの全力飛行で、まもなく前方にダッタブーダの艦影が見えてくる。神野さんが着艦許可を求め、クルーの誘導の元にトップデッキの飛行甲板へと降下していく。
軽い衝撃と共に、タッチダウンする。俺は久し振りに愛艇の上に降りたった。もちろん、そこに妹の出迎えの姿などない。俺も期待していない。
ヘリを降りて伸びを一発。神野さんには、まだエンジンをかけておいてもらった。ヘリはエンジンを切ると、温度が下がるまでエンジンの再スタートができない。少なくとも、うちの機体のようなヘリは駄目だ。すぐアリサを連れて帰る予定だし。
とりあえず、そっちにいるかもと思い、そのまま前方のジャクジースペースに向かう。なにやら笑い声が聞こえたので、そのままプールスペースに入った途端に悲鳴が劈いた。
「きゃあああ」
「えーーっ」
「ヘンターイ」
何故か女の子全員がトップレス状態だった!
みんな、タオルで隠したり、手ブラ状態でジャクジーに飛び込んだり。
ええい、いきなり痴漢扱いか! これは俺の船なんだが。
「お兄ちゃん、信じられない。妹の裸を覗きにくるなんて~」
「待て、待て、待て。来るって言っておいただろう。ヘリが来たのが聞こえなかったのか?」
「そうだけどさあ、いきなり入ってくるとは思わなかったんだもの」
まだ、ブツブツ言ってる亜理紗。
「大体、なんでトップレスなんだよ。男のクルーだって、一杯いるんだぞ」
「えー、ちょっとリゾートのバカンス気分だったの!」
ええい、おつむ緩いな。
「それより、お前は一回うちに帰れ。お袋がブツブツ言ってるぞ。また来ていいから。他の子は大丈夫なのか」
「えー、せっかく楽しいのにー」
そういえば、こいつ。小さい頃、親父の在所に行ったっきりで、一夏帰って来なかった時もあったよな。日焼けして真っ黒になって帰ってきたっけ。
「とにかく、お前は1回帰れ。他の子も、ちゃんと親に連絡入れてくれているかな?」
「どーかなあ」
やれやれ、まったく。
俺は神野さんに声をかけて、お茶でも飲んでもらおうと思ったが、思わず足を止めた。なんというか、その時、子供に呼び止められたかのように感じたのだ。
「お兄ちゃん?」
俺は振り向くなり駆け出して、数メートルあるジャクジープールを一息に飛び越えて、プールの周りにあるマットスペースの先端に立った。手摺に掴まり前を睨んだ。これは……。
子供の気配、解体場の奴らとそう変わらない小さな子供?
ここは伊勢湾のまっただなか。ほどなく太平洋に出んとせんばかりの位置だぞ。この船は、湾から大洋に出るための難所、伊良子水道に差し掛かるはずだ。
巡航速度22ノット毎時(時速40キロ)で進んでいるので、あと40分ちょっとあれば到着してしまうくらいだ。そんな馬鹿な。しかし、異世界の修羅場で鍛え上げられた俺のファクラの能力は、間違いなく子供の気配を指し示した!
俺は携帯で、神野さんを呼び出した。
「神野さん、ヘリはすぐ飛べる?」
前方を睨みながら、気配の跡を辿るようにしながら。
「え、ええ。そのままエンジンはかけっぱなしですが。もう出られますか?」
「いや、人命救助のために捜索活動に入る」
「ええっ?」
俺は有無を言わさずに、歩幅数メートルで飛びまくり、ダッシュでヘリに駆け寄った。
「あっれー、お兄ちゃん。どこに行くのー!」
「亜理紗ー、ちょっと待ってろ。今から人命救助活動に入る」
そう大声で叫びながら、ローターの風をものともせずに、副操縦席に飛び乗った。
「えーーーー!!」
呆然とする妹を船上に残し、俺は再び天空へと舞い上がった。




