6-20 猫くらいなら
俺はダンジョンまで走って行き、大広間を走り抜けると、通路の中へさっと飛び込んでそっとマダラを呼んだ。帰りは目立ちそうだから、グーパーは呼ばなかった。
「その前に」
ちょっと、肉球を要求してみた。マダラは呆れたような感じだったが、「仕方が無いな」みたいな感じで触らせてくれる。だが俺があまりにしつこいので、しまいに残りの足で引き剥がされた。
「ああ、もうちょっと」
そして、俺は第15ダンジョン(現実)に引き戻された。今回は、もふもふ成分が一杯で嬉しかったな。ケモナーな池田の奴が悔しがるだろう。
「ふああ~あ」
欠伸しながら、ダンジョン入り口から出てくる俺を見て、警備の自衛官が苦笑していた。
いけねえ、さすがに緊張感が無さ過ぎだったか。見て見ぬ振りで挙手の挨拶をしてくれた彼に挙手を返し、俺はバフォメットへと帰還した。
警備兵にマーキュリー大佐への取次ぎを依頼した。
「はっ! 少々お待ちを!」
まるで大統領にでもするような敬礼をし、カツーンと小気味よく踵を鳴らし、見事な回れ右をして伝令が走り去っていった。
こ、こんなに礼儀正しいというか、カチっとしたダンジョン兵なんて見た事がねえ。有事にはズバっと動くが、日頃は少々だれている奴が普通なんだが。
やっぱりヤバイな、ここ。今まで係わり合いになったところでは、群を抜いてヤバイぞ。
それから2分も経たないうちに、大佐が駆け足でやってきた。
あ、マズイ。そう思った時には、飛び込んできた大佐の熱い抱擁を受けていた。避けられない! なんというか、プロレスラーが技を受けねばならない定めであるかの如くに避けられない。
うおおおお~!
俺は吸血昆虫タガメに食いつかれた魚のように身動きが取れなかった。だから、お願い。すりすりはやめて、大佐!
「もおう、ハジメちゃん、なかなか帰ってこないから心配したのよう」
「わかりました、わかりましたから。離して、大佐!」
「まあ、大佐だなんて他人行儀ねえ。キュリーと呼んでちょうだい!」
「はいはい、じゃキュリー、お願いだから離してー」
大佐は最後に、俺の頬にブチュウっと熱いベーゼをくれると、やっと哀れな子羊を開放してくれた。やれやれ、一気にHPが半分まで減ったぜ。
「それにしても、本当に遅かったわねえ」
「ええ、色々ありましてね」
主に、ぬこの御世話に時間がかかりました。
「あ、このダンジョンの向こうでの名前はグニガム。ここは、第15ダンジョン・グニガムが正式な呼び名になります」
「グニガム……」
思わず、自分の管轄であるダンジョンの向こう側に思いを馳せるかのように、キュリーは呟いた。
「そう。グニガム。アーダラ王国王都アマラにある迷宮都市グニガム。そこが、このダンジョンの先に広がる向こうの世界。私は、あの世界の事を、迷宮世界エルダーラと勝手に呼んでいます。エルダーラは、主神同様に向こうの世界共通で【神の社】とでもいうような意味で、その世界の頂点に座りたい奴等が、今回のダンジョン事件を引き起こした黒幕なのでしょう」
「それで、今度は仲間を連れて向こうへ戻るのね?」
「そのつもりです」
俺は頷いて、キュリーに右手を差し出した。
「じゃあ、また待っているわね」
それはいいんですけど、頬ずりはやめてね。俺はとりあえず、守山まで帰らねばならない。電話でヘリを呼んだ。
「あ、神野さん、今から大丈夫でしょうか。ええ、静岡のバフォメット、第15ダンジョンまで戻ってきました」
「そうですか。それでは1時間後には、そちらにいけると思いますので」
うちは特別待遇なので、簡単な手続きでいつでも飛べるようにしてもらってある。それから山崎に電話をかけた。
「よお、久しぶり。ちょっと長引いた。今から戻るわ」
「わかった。報告してから行くんだな」
「ああ、詳しい話は後で」
「じゃあ、ハジメちゃん、中で向こうの話を聞かせてもらえるかしら」
俺は頷いて、キュリーの後を付いていった。
キュリーの淹れてくれた美味いコーヒーを飲みながら、俺は資料を広げて説明していた。
「これを地球の地図に展開すると、日本3大ダンジョンは概ね先進国がある地域になります。こっちでは40個だけど、向こうはもっと多くのダンジョンがあるのかもしれませんね」
「そお。それらのダンジョンが、これからまた日本に沸いてくる可能性はどうなのかしら」
うっわ、それは考えてなかったわあ。向こうでダンジョンが苦しみもがいた挙句に、世界中にダンジョンが沸く可能性とかな。
考えられなくはないが。そして、それがいざという時には強烈なスタンビードを起こすと。それは確実に地球人類の滅亡を意味しないか?
向こうの1ダンジョンあたりのルーツダンジョンの数が増える可能性もあるんだよなあ。
キュリーは、顰めっ面している俺の頭をポンポンと叩いた。
「まあまあ、そんな顔してたら幸せが逃げちゃうわよ。男ならドーンと構えていなさいな」
「そうは言いますがね。あ、そうそう、ここのところは……」
色々説明しているうちに、ドアがノックされた。
「お入りなさい」
「失礼します。スズキさんのお迎えのヘリが来たようです」
お、もうそんな時間か。
「じゃあ、気をつけて」
「ありがとうございます」
よかった、いってらっしゃいの抱擁はなかったぜ!
俺は大佐達に見送られながら、副操縦席からバフォメットが遠ざかるのを眺めていた。道中、操縦の手ほどきを受けながら、一路名古屋へと向かった。この世界では、空中で襲撃してくる魔物はいないんで助かるぜ。
守山の訓練場でヘリを見送りながら、俺は司令部に顔を出した。レポートそのものは、ラオと遊んでいた期間に書き終えていたので、ヘリから送信済みだ。
「帰ったか。向こうは捜索できそうか?」
「今のところ、さっぱりですね。あ、猫なら1匹見つかりました」
「猫?」
「可愛い奴ですよ。今度連れてきていいですか?」
「まあ猫くらいなら」
案外、師団長もちょろいな。よし、言質はとった。ラオに跨って守山駐屯地中を練り歩くぜ。
新作です。
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