6-19 目指せ愛猫家
とりあえず、突然だが、トイレの躾の時間となった。猫のトイレ自体は、そう問題になるものではない。猫という生き物は我々人間が思うよりは賢い生き物だ。それくらいの事はすぐに覚える。それが、飼い主としての理想に近いかどうかは別として。
ただ、その猫のサイズが通常の猫の8倍くらいあるというのが「やや」問題ではあるが。まあ、それほど問題ではない。地球に現存する猫科の生き物の中には、アムール虎のように、こいつとほぼ原寸大な生き物もいたりはするのだ。
その躾の場所が、異世界の探索者ギルドだというのが、また問題だったりするのだろうが、今はあまりそんな余裕はない。なぜなら、こいつ(ラオ)は、明らかに「もよおして」いる。
しかも大きい方とみた。通常の猫の8倍の猫科の生き物は、通常の猫の8倍の○○○をするものと相場は決まっているのだ。体積で考えたら恐ろしいものになる。何かトイレにいいものはと思い、とっさに探し出したのが、あのセメントを捏ねる鉄製の皿というか、あれだ。
俺は当然のように、それも持っていた。そこに砂をたんまり入れて。俺はうまく奴を誘導してきた。砂の入ったそれを見て、奴にも、ぬこの本能が沸き起こってきたのであろうか。その上に跨り、ほかほかな物を誕生させた。
そして、ザッザッっと、砂を激しくかけたのであった。やはりこの世界でも、ぬこは所詮ぬこであった。そして、「それ」をアイテムボックスに収容する。これ、後でどこに捨てようか。
俺は作戦の終了に、ホッと胸を撫で下ろし、安堵した。だが、それでは済まなかった。何しろ出す物は出したのだ。今度は入れる物を要求しだした。
「ふみゃあ~ん」
しかし、そこは人間スーパーなどと呼ばれた、この俺だ。色々試してみようと思い出したのが、どんっと大袋のカリカリお徳用。
一応成猫用を与えてみた。でかい容器に、水も用意する。案外、キャットフードは御気に召したらしい。夢中で食っていた。生まれて初めて食うものだしな。こいつには、ちょっと小粒だが。
「美味しい?」
「ふみゃっ」
「そうかそうか。よしよし」
俺は満足そうに愛猫の頭を撫ぜると、自分もジュースを取り出して飲んだ。
そうこうするうちに、あの女が帰ってきた。父上とやらの所だったか、なんか話はついたのか?
『おい、そのパイラオンだが、ギルドで預かる事になった。お前、しばらくここにいろよ?』
「いいけど、ちょっとしたら出かけるぞ。友達を呼んでこないといけないんでな」
『なんだと?』
「まあ、すぐ帰ってくるからよ」
『むう』
その様子を見ていたラオが、隙を見てのそっとバネッサにのしかかった。
『うわ、こいつ、よせっ』
「みゃ~ん。ごろごろごろ」
おー、媚び媚びだな。自分の事を助けてくれようとする奴の事はわかるのだろうか。バネッサの奴は、玩ばれて髪の毛とかが、ぐちゃぐちゃになっている。
『あ、おい。私の髪の毛を齧るんじゃない! おいスズキ、なんとかしろ』
その間にも、肉球付きの前足でもみもみ攻撃を食らっている。図体がでかいからなあ。肉球が肉球を攻めているのは、見ごたえもある。
「お前も懐かれたもんじゃん。じゃ、俺がいない間は、そいつの事は宜しくな」
可愛い猫に押し倒され、その柔らかな肉の塊を、同じく柔らかな肉の玉で愛撫されながら、女は睨み返してきた。うーんラオ、ちょっとお兄さんに代わってくれない?
女がぷりぷりして帰っていった後、俺はギルドのフロアの真ん中で、愛猫と親睦を深め合っていた。初めこそ拳で語り合った仲ではあったものの、今ではすっかり仲良しだ。山崎達を迎えに行くにあたり、ここに置いていっても大丈夫なように、しっかり慣れさせておかないといけない。
などという大義名分を口実に、俺は愛猫と遊びまくっていた。それそれ、もっふもっふう。いつの間にか、あのピンクイエロー美女も一緒に遊ぶために来るようになった。
ねこじゃらしは、なかなかの使い手に成長したな。猛獣使いの才能があるぜ。ラオの奴も、もう彼女にはすりすりと甘えまくりだ。なんだかんだいって、もうラオはすっかりバネッサに懐いてしまっている。
ハッと気がついたら、1週間も猫と遊んでしまった。いや、美女とも仲良くなったものでさ、わはは。
ギルドに居坐っていたので、さりげなく問題なさそうな日本製品を流してお小遣い稼ぎを試みた。食い物に服、医薬品など。
ギルドマスターには、高価な万年筆を賄賂として贈り、しっかりと仲良くなっておいた。当然のように、イエロー美女のバネッサにも、たっぷり下心を練りこんでプレゼントを贈りまくった。
派手な化学繊維と色使いの世界的な量販店の衣料品とか、アクセサリー的な物とか。サイケデリックなこの街なら、こんなものは流したって、どうって事はない。その素敵な派手さ加減が女達の羨望の的になるくらいだ。そこが狙いよ。
王都の方にも顔を出してみたが、ここと似たようなものだった。文字通り、この国のカラーらしい。さすがに、あれこれ立派なのは、今までと同じだが。
迷宮都市が王都と分割されているのは都合がいい。こちらを拠点にした方が目立たない。連絡通路で繋がった別館のような雰囲気だから。
こちらへ来た日本人も向こうへ流れている可能性はあるが、身分証的にどうだろうな。言葉も通じない奴だと、簡単には作れないはずだが。グニガムから王都への入場はノーチェックではなかった。
『ふん、ハジメ。こんな物で私を釣ろうとは、安く見られたものだな。反吐が出るほど甘いわ』
などとバネッサ先生はおっしゃっておいでだが、色々と品物を見せると目の色を変えて、あれこれ手に取って迷い、結局全部お持ち帰りになられるのだが。
果たして、俺はただの貢ぐ君で終わるのか、多少はいい思いができるのか。しばらくは、ここに通う事に決めた。いや何、ペットの御世話に通うだけだって。日本人行方不明者も探さないとね。ここには他の場所みたいな伝が、まったく無いのでマジにだ。本当に、どうしようか。
一応、王都の具合は確認しておいたので、一旦帰ってあいつらを連れてくるとしよう。
「じゃあ、ラオ。お出掛けしてくるけど、バネッサの言う事を聞いて、大人しくしておいてくれよ」
「グオルゥ」
「じゃ、バネッサお願いね」
『わかった。そういう事なら、うちに連れて帰るぞ。うちは広いし、昔これを飼っていた事もあるんだ。ちょっと預かるくらい、大丈夫だ』
「おう! お前自体が、それ飼いたがってる奴の一味じゃねえかよ!」
彼女は、ラオの顎のあたりを撫でながら、笑って受け流した。
どうりで、そいつに優しいわけだわ。うちが広いっていうから、貴族か大商会の娘かなんかか? それにしては、荒事専門な雰囲気が全開だけどなあ。
「じゃあ、そいつをお世話するのなら、仕度を持って行ってくれ。御飯やトイレ、トイレ用の猫砂に、おっとブラシもつけようか」
ペット用品を山ほど置いていく。これ、バネッサが持って帰れるのか? 疑問に思いつつも、仕方が無いので、置くだけは置いていく。
トイレは、トイレは、えー、「頑張ってくれ、バネッサ」
ギルド゛で首輪と、そこに取り付ける従魔の証のような物を目立つように付けてもらった。ラオは元々が全体的に黄色基調なので、赤系の色でチョイスしてもらった。
「じゃあ、行ってくるからな!」
お出掛け前にラオの首筋をもふもふしてやった。いや単に俺が触りたかっただけなんだが。
新作です。
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