6-17 食後のパイラオン
俺は、宝石店からそう離れていないあたりにある、大通りに面した横丁に店を構えた食い物屋に入った。お洒落な感じの店構えが少し気に入った。
ここの街の作りは、サイズ的にはグラヴァスあたりとそう変わらない。アレイラのスケールが、少しおかしいのだ。デザインが少し凝っているだけだ。
「やあ、こんにちは。今日のお勧めはなんだい?」
『それなら、この本日のセットでどうだい?』
おお、日替わりランチあるのか。そいつに決めた。
「じゃ、それを一つくれ」
『はいよ。前金で銀貨1枚だ。飲み物も付くよ』
俺は頷いて、銀貨を手渡した。店主は陶器と思われる器に、果実水を入れてくれた。
「お、冷たい!」
「はは。いいでしょう。私の魔法ですよ」
店主は少し自慢そうに、そのややいかつい顔立ちで微笑んだ。さては、元探索者だな。飲み物を冷やすような魔道具は案外と高くて、こんな店では普通は置いていない。
水も魔法で出しているのかもしれない。何かこう、無性に美味い。羨ましい。俺は水を作る魔法は持ち合わせていないからな。いいな、この店は覚えておこう。
やがて、出てきた食事も絶品だった。柔らかいパン! どうやら良い小麦から発酵させて作っている感じだ。この世界では、なかなかお眼にかかれない。さすがに王城とかでは、そういうものが出てくるが。これで、この値段で出せるとは。やるな、店主!
シチューもなかなかだ。この蕩けるような肉は美味い。まだ食った事が無いな。この値段ならば、そう高い肉じゃないんだろう。店主が調理の腕で実現しているのだ。薄切り肉も美味いわ。もう、あっというまにペロリと平らげてしまった。
俺は、この界隈にある街中の広場みたいなところで休憩する事にした。なんか、木製のお洒落なベンチが置いてあった。
普通に地球の外国みたいな感じだな。この街は、異世界風味なところと、そういう部分が嫌味でなくミキシングされている感じだ。個人的には、かなり好感が持てる。
街中なので、そう広くはないが、圧迫感を受けるほど狭くはない。下は土ではなくて、石畳になっている。ここは、少し黒っぽい石を使って、道とは差別が図られている。
うっかり寝こけてしまった。ハッと気がついたら、30分が経っていた。異世界の初めて訪れる街で無用心な事だ。いかんな、警戒心が足りないぞ。
俺は、んーっと伸びをして、ダンジョンまで歩こうとした、まさにその時。入り口付近のベンチに座っていたので、そのすぐ近くにある石造りの建物を構成する壁をぶち破って、何かが飛び出してきた。石の破片や構造材を撒き散らしながら。まだ体が寝ていたので、一瞬反応が遅れてしまった。
『伏せろ!』
誰かの声が響いた。だが、俺は少し違う反応を示してしまった。何故だかわからない。寝起きのせいなのかもしれない。
そいつが俺の右手の方向から突っ込んで来た時、その猛々しい咆哮を上げている奴に向き直り、石畳の上で思いっきり踏ん張って、その鼻面にカウンターパンチを強烈に食らわした。
結構もふっとしたぜ。体長約4mはあるのではないかと思われるそいつ、黄色を基調とした派手な色合いの4足獣の魔物らしきモノは、もんどりうって転がっていった。あれま!
目の前には、唖然とした様子のイエローダイヤモンドの髪をした女が唖然とした表情で突っ立っていた。
「なんだ~?」
俺は思わず間抜けな台詞を呟いてしまったが、奴はムクリっと起き上がってきた。そして、そいつは迷わず逃走した。勝負付けは済んでいたようだ。
『あーーっ』
なんなんだよ。さて、迷宮行くか。物騒なものを飼ってるんだな、この女。首輪くらい付けておけよな。
『待てっ! お前のせいだぞ。責任を取れっ』
無茶を言う奴だな。
「何の話だ。俺は向かってきた、あいつを撲り倒しただけだが」
『ふざけるな。どういう神経していやがるんだ。あの獰猛なパイラオンを撲り倒すなんて。とにかく、あれを街に放つなんて絶対に駄目だ』
そんな事は俺の知った事じゃないぞ。無視して歩き出そうとしたが、そいつに手を引っ掴まれた。うわ、また面倒な事を。
そして、俺は奴の手を振り払い、ファストの重ねがけをして早歩きで立ち去ったが、奴も同じ真似をして追いついてきた。
ぐぬぬ、このストーカー女め。かつてない、しつこさだな。俺はその状態で走り出したが、奴も走り出す。うわ、足速いな、こいつ。元陸上部か何かか?
構わずに突っ走る俺。そのスピードは軽く時速120kmを越えただろう。これでも、まだ控えめなほうだ。あまり無闇な事をすると、足元の石畳が砕ける。
そして、さっきのあいつにあっさりと追いついてしまう。俺は勢いで、そのまま奴に飛び乗ってしまった。
「うおおお!?」
俺も驚いたが、後ろから飛び乗られて更に驚いたそいつは、勢いを増して走りだした。
『おい、ちょっと待て、お前~』
だが、奴あの女は息を切らし、立ち止まった。やったぜ。しかし、こいつはどうしたらいいんだ。俺は困惑したが、奴がリズムよく疾走しているため、降りるに降りられない。
石畳の目が凄まじく走っている。人々が逃げ惑う中、どうしたものか非常に困っていたが、やがて魔物は速度を緩めて、走るのをやめて歩き出し、ついには立ち止まった。
そして、首をこちらへ向けて不満そうに俺を見る。
まるで、「降りろ」と言っているかのようだ。
むう、こっちだって好きで乗ったんじゃないわい。俺はスルリっと右足から滑るように降り立った。
なんというか、巨大なトラのようでもある。顔は猫よりは少し長い感じだが、やはり猫科だろうな。耳は尖っていて格好がいい。爪は物凄いし、牙も猫科の猛獣の比ではない。
もふもふで、乗り心地は悪くはなかった。毛並みもなかなかだ。全身の模様が、まるでマダラだ。あいつは毒蜘蛛みたいに派手だからな。
いや、こいつの場合それよりも、もっと激しい彩色か。真っ赤な瞳と、サイケデリックな、まるでオウムのような鬣っぽい感じの冠毛。この街の色合いには合っている気がせんでもない。
こうしてみると、結構可愛いな。思わず、その美しいフォルムに見惚れてしまった。狼じゃないから、長時間走るのはどうなんだろう。実際に足が止まってしまったし。そして、あの女が追いついてきた。
『こいつめー。魔物に乗って逃げるとは、なんて奴だ』
「別に逃げちゃおらんが。なあ?」
俺に話を振られて、こいつも困ったとみえて、軽くグルと唸り声を上げて、のそっと俺の後ろに隠れた。いや、隠れ切れてはいないわけだが。背中に当たる鼻息がなんだかな。
俺は、そいつの頭をもふってやり、喉を摩ってやった。奴は目を細めて、俺の手をペロッと舐めた。
あ、何か懐いた。
新作です。
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