6-13 第15ダンジョン
そんなこんなで、俺はのんびりとした休暇を楽しんだ。結局、妹達はあのままずっといて、実はまだいるのだ。まあ、夏休みだからいいんだけどな。
普通だと男の子を連れ込んだりするものなんだろうが、あいつらは女の子同士で遊ぶほうが好きらしい。まあ、あまり男っ気がなくて、行き遅れられても困るのではあるが。頼むから変な男には引っ掛かってくれるなよ。
そして、俺は今静岡へとヘリで向かう最中だ。一体どんなところだ?
噂に聞くと、なんだか不思議なところなのだが。
第15ダンジョン。日本で2番目に大きなダンジョンだ。静岡市から見て、新旧東名高速道路を越えて北西の位置に存在する。新東名高速から2kmといった具合だ。
もし、こいつが東名と新東名が狭い間隔に並んでいる場所を直撃していたら、日本経済に相当な打撃を与えていた事だろう。全国を見回してみても、そんなケースが多過ぎる。
迷宮の意思のようなものを知っている自分としては、「もしかしたら配慮があったのか?」などと思ってしまうが、あながち間違っていないのかもしれない。
「ちょっくら隙間にごめんなさいよ」とでも言っているかのようだ。
俺はヘリを、第15ダンジョンの麓にある愛知商事静岡支店の作業場に降ろしてもらった。ちょっと情報を収集したいなとか思って。前もって小山田さんから連絡してもらっているので、出迎えの人が下で手を振ってくれていた。背広を着ているので、多分ここの責任者の人だろう。
本来は作業用のスペースなのだが、空く時間を教えてもらって強引に降ろしたのだ。俺を降ろすと神野さんは、すぐに飛び立っていった。
「お早うございます。鈴木です。すいません、我儘言ってしまって」
「お早うございます。鈴木君、お噂はかねがね。うちにも、君のような社員が欲しいものです。あ、私はここの支店長で橋本です。こっちは副支店長の山本です」
お二方から名刺をいただいたが、生憎と返すための名刺がない。向こうはそんな事は承知してくれているので、何も問題は無いのだが。そろそろ名刺を作らないといけないかなあ。
「ところで、今日は何の用件で? 第15ダンジョンに関わるお話ですかな?」
「いえ、ここの米軍の話を伺いたくて」
その途端、2人が大爆笑した。え? 俺、なんかいけない事聞いた?
「いや、いや。そうでしたか。うん、うん、そうかもしれないね」
ええ!? その反応は気になるなあ。
「ま、まあ、こんなところではなんだから、中へどうぞ」
2人共笑って、中へと案内してくれる。俺は首を捻りながらついていった。
事務員の女の子が冷えた麦茶を持ってきてくれて、礼を言って受け取ってから話を切り出す。
「ここは、何故米軍が来ても、こんなに治安が維持されているのですか? アメリカも予定に無い兵力を超緊急に送り込んだので、あっちこっちでトラブルが起こっています。私も色々ありましたのでね。しかし、ここだけは別だ。別に静岡県警が超優秀なわけじゃないでしょう。むしろ土地柄、他よりものんびりしていそうな気がする。米兵の質も、ここだけ別というわけではないでしょう。ずっと気にかかっていました。トラブルになる前に事前に話を聞いておきたいと思いまして」
俺は真顔で質問したのだが、2人はまたもや爆笑した。
ええっ!? なんでえ。
「はは、あっはっは。鈴木君、いや、なんというかね、それは。アメリカ軍からも、そのへんは、あまり公言しないでくれと言われていたりするんだがね」
さも可笑しそうに、肩を震わせている。え、トップシークレットなのか?
だが、何故この人達は、こんなにも笑っているのか。困惑しつつも、彼らの次の言葉を待った。
「大佐に会いたまえ。我々から言える事は、それだけだ。なあに、心配はいらんさ。この第15ダンジョン駐留の米軍で、君に危害を加えるような蛮勇の者はおらんよ。私が保証しようじゃないか!」
うお? なんなんだ、このノリは。訳わかんねえよ。でも、うちの会社の偉い人達がこんな反応だからなあ。逆に不安になるぜ。
「わかりました。行ってみます。大佐という事は、ここの地上駐屯地の責任者という事ですよね」
2人は頷いた。その人生経験を刻み込んだ、聡明な瞳の奥にいたずらっぽい光を湛えて。なんなんだろう、気になるなあ。
「じゃあ、いってきたまえ」
「うん、気を確かにもってね」
それ、一体どういう意味ですかあ! どんな魔物がいると? あの中将以上の魔王の住処だとでもいうのか!
2人に見守られて、俺は200m先にある第15ダンジョン米軍地上駐屯地Garrison15、通称バフォメットへと向かった。
バフォメットとは、両性具有の山羊頭の悪魔の事だ。タロットカードの大アルカナ22枚のうちの15番目にあたると言われる。サバトとかにある奴だよな。米軍の奴らも、趣味が悪いぜ。
俺はやや戦々恐々な面持ちで、おっかなびっくりで歩いていった。なんていうか、派手に車で乗り付けたくない気持ちというか。許されるなら匍匐前進で臨みたいくらいの気持ちだ。偉い人に付き添いで来てもらえばよかったぜ。仕事があるから無理なんだけど。
俺が訪問する事は、エバートソン中将から伝えてもらってある。入り口の警備兵に、身分証を提示して取次ぎをお願いした。
まもなく、大尉の階級章をつけた将校が来てくれて、案内してくれた。
「私はフィッツです。やあ、有名な勇者さんが、ついにこの第15ダンジョンにお目見えですか」
彼は流暢な日本語を話した。
「へえ、大尉は上手な日本語を喋りますね」
「はは。大佐殿が煩いのでね」
ほお、まあこの人は色々な連絡事務をやる人みたいだから、それも必要な事なんだろう。
人員が多いため、ブラックジャックよりは広そうな感じのする中を案内され、大佐がおられるだろう部屋へと案内された。
「では、私はここで。鈴木さん、気を確かにね」
え! また?
なんだか気持ち悪いな。帰ってしまってもいいかしら。そう思いつつも、ここまで来て今更だ。諦めて、俺はノックをしようとしたら、その前に「どうぞー」と言われたので、扉を開けた。
「まあ~。英雄さんだというから、どんないかつい御仁が来るかと思えば。これはまた可愛い坊やだ事。もう、よく来たわね~」
は? 俺は名乗ることさえ忘れて、そのセリフの持ち主を見つめた。
だが、そこにいた「オネエさん」は、いかつい顔に満面の笑顔を浮かべながら、ズカズカとこちらへ歩みより、俺を力一杯抱きしめた。
殆ど抱き潰すという表現が正しいかもしれない。人間重機でなかったならば、悲鳴を上げるところだ。いや、悲鳴は上げた。
「うわああああ。なんだあ!?」
両性具有の悪魔だと! そのものじゃねえか~。あいにくと頭に載っているものは、山羊の頭ではなくて、「オネエさま」のモノだったが。
すいません、うっかり更新するのを忘れていました。
年末までは土曜日の17時の更新予定です。




